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高校戦争  作者: 波島祐一
19/26

第十八話:SDFキラー(後編)

改訂しました。

「強いわね、連中」


  理香は廊下の曲がり角から、生徒玄関のFDTに向けてM4を射撃しながら呟いた。すでに三人ほど倒したが、いま近くにいる構成員は腕が良い。隙を見せず、弾が当たらない。


「ヤバいかも」 合意しながら、友美もM4を撃つ。もはや、フルオートで敵の進撃を抑えるのが精一杯だった。撃退どころか、こちらが押し込まれそうだ。「痛っ!」

「大丈夫、友美!?」

「ちょいと掠ったみたい」 友美の右腕に、銃弾が擦過したようだった。白いシャツの袖が血で赤く染まる。「いってー」


 友美はM4のグリップを左に持ち替え、射撃を再開した。かなり痛むようで、マガジンチェンジをしようとして、右手で持ったマガジンを落とした。

 これではまずい。理香は素早く判断を下した。「正面玄関、一階は放棄!」


「二階に後退するわ。先に行って」


 友美を先に上がらせ、理香は落ちたマガジンを拾った。生徒玄関から、一気にFDTが進んで来る。これはヤバい。理香も階段を駆け上がった。二階から、下に向けてM4を構える。一瞬、一人のFDT構成員と目が合った。

 シューティンググラスをかけていたが、彫りの深い二枚目なのははっきり分かった。こいつだ、と理香は断じた。先ほどから、こいつのせいで押されている。自分たちSSTにも劣らない射撃スキルと、間合いの詰め方。

 トリガーを引く。理香のM4から五・五六ミリ弾が連射され、一階の廊下に弾痕を穿ってゆく。死角に隠れたFDT構成員は、手だけ出して自動拳銃を発砲した。すぐに理香も隠れたが、それがFDTがよく使うトカレフではなく、ドイツ製のH&P USPだと分かった。免許を持った大人は買えるだろうが、そこらの高校生の手に入る代物ではない。いったい何者なんだ。


「渡瀬、そっちの状況は?」

(SDF棟入口で応戦中。すまん、三人ほど窓から一年の教室に侵入した)


 その後の進み方によっては、こちらが挟撃される。SDF棟は防御しやすいから問題ないとして、校舎は敵味方入り乱れての混戦になる危険が高い。「分かったわ」 と返し、理香は撤退を決めた。


「三沢よりオールハンド。本校舎は放棄。繰り返す、本校舎は放棄。全員SDF棟または理科棟に移動すること。各員状況送れ」





 正面玄関から校舎内に侵入し、応戦してきたSDF隊員二人を二階に追いやった凌馬は、廊下を駆けてくる宇田川他二人に気づいた。


「さすがSDFキラー、なかなかやるね」 凌馬は素直に褒めた。

「まぁな、このくらい朝飯前だぜ」 と言いながらも、宇田川は息を切らしていた。「こっちはどうなってんだ?」

「二人いたが、二階に撤退した。M4使ってやがった、SSTだな」 先ほど一瞬だけ目が合ったが、女のSST隊員だった。

「SSTか、望むところじゃねぇか。このままケツを追い回してやるぜ」

「お手並み拝見といくか」


 SDF棟の方から足音がした。二人のSDF隊員が、MP5短機関銃を手に駆けてくるのが見えた。互いに銃を構え、発砲。宇田川は身を隠そうともせず、モーゼルをフルオートで発砲した。「ぎゃっ!」 という悲鳴が聞こえ、SDFの一人が太ももから血を噴き出して転倒した。もう一人が負傷した隊員を引きずろうと姿を晒したので、凌馬はAK-102でそのボディアーマーを撃った。セミオートで二発。叫び声が上がり、もう一人もその場に倒れた。あばらが数本折れたはずだ。


「やったぜ!」


 宇田川の近くにいた構成員が一人、歓喜の声を上げて倒れたSDF隊員に駆け寄った。凌馬が「馬鹿か」 と口にしようとした刹那、足を撃たれて倒れていたSDF隊員がMP5をフルオートで発砲した。廊下に鮮血が散り、顔面を銃弾でぐちゃぐちゃにされた構成員が倒れた。弱装弾とはいえ、あの距離で顔に食らえば即死だろう。

 数人のFDT構成員はその場で吐いたが、凌馬にとっては何度も見てきている光景だった。ボディアーマーを撃たれた方は激痛に悶えていたが、足を撃たれた方は興奮状態で痛みを感じていないのか、「正当防衛だ……正当防衛だ……」 と繰り返し呟き、焦点の定まらない目でMP5を見ていた。射殺したのは初めてだったのだろう。近く凌馬に気づくとMP5のマガジンを交換しようとしたので、その手を蹴りつけた。絶叫が響き渡り、凌馬は銃と特殊警棒を奪って武装解除した。どちらもSDF普通部隊の隊員で、階級は二士と三曹。 FDT構成員の一人に、止血して拘束しておくよう指示を出してから、凌馬は無線のスイッチを押した。


「岡部さん、状況は?」

(すまない、まだ校舎に入れていない。三、四人のSDFと撃ち合っている状態だ)

「了解。こちらはA班とC班で六人が侵入しました。そちらの援護に向かいます」

「二階に進まないのか?」 と、宇田川が不満そうに訊いた。

「この状況で下手に前進すると、撤退するときに遅れが出る。まずは一階をクリアにしてからだ」

「そうかい」


 宇田川が先陣を切り、廊下を直角に曲がる。視界が開けた奥に、SDF隊員が現れた。一瞬だったが、スカートを履いているように見えた。真っ先に宇田川が発砲し、凌馬もAKを構えた。




 

 階段を一気に駆け下りた葵は、いきなり銃撃を受けて転倒した。反射的に床を蹴り、壁に身を寄せる。幸い、直撃弾はなかったようだ。

 孝と共に、三階から裏門のFDT構成員たちを迎え撃っていた葵は、M24のスコープに被弾したためSDF棟に戻ろうとしていたところだった。敵のいる方向に神経を集中させつつ、P226の撃鉄を起こす。


「出てこい! おれはSDFキラーだ!」


 廊下の突き当たりにいたFDTの一人が、こちらに近づいてくる。葵は眉をひそめた。”SDFキラー”って何よ。「中原より班長。一階、用務員室前で接敵。数は不明」 とだけ無線に告げた。 


「おれさま”SDFキラー”ことジャック・バウアーの恐ろしさは聞いたことがあるだろうが、不運だったな。あんたは病院送りだ」


 機嫌良さそうな少年の声が続ける。

 少し間を空けて、葵はP226を素早く構え、接近しつつあったSDFキラーに向けて発砲した。少し驚いたような顔をした少年は両手に拳銃を持っていたが、その片方に一発が直撃した。「アウチ!」 などと叫んだSDFキラーはもう片方の銃を発砲してきた。マシンピストルらしく、フルオートだった。葵はすぐに隠れる。


「あー、一挺ぶっ壊れちゃったじゃねえかよ。特注品だぜ、いくらすると思ってんだ。手首いってぇし」 SDFキラーの声は、笑い混じりの軽い調子だった。「やるじゃねえか! さてはSSTだな」


 ふざけたやつだ、と葵は思った。この状況を、戦闘を楽しんでいる。

 再びフルオートの銃撃。至近距離の着弾に、葵は一瞬だけ怯んだ。P226を構えようとしたとき、すぐ目の前に、SDFキラーが迫っていた。

 ヤバい。右腕を蹴り上げられ、P226が弾き飛ばされた。倒れそうになるのを堪えながら、葵は後ろ回し蹴りをSDFキラーに繰り出す。戦闘服に着替えていなかったので、制服のスカートが舞い上がったが、気にしていられる状況ではなかった。

 だが、SDFキラーは軽快な身のこなしで蹴りを避けた。口笛を吹く。「女の子とはね」

 続いて正拳突きで顔面を狙うが、手で弾かれ、そのまま足を払って転倒させられた。後頭部と背中に鈍痛が走る。起き上がる前に顔にモーゼルを突きつけられ、葵は抵抗を封じられた。

 SDFキラーの後ろから数人のFDT構成員が駆け寄り、葵にAKを向けた。スリングで背負っていたM24と特殊警棒を奪われ、抗弾ヘルメットは剥ぎ取られ、両手は後ろで拘束された。





 SSTの少女を拘束してからすぐ、裏門に回っていた岡部たちB班も合流した。どうやら、裏門に回っていたSDFも後退したらしい。挟撃されるのを避けるための、戦略的撤退か。向こうのリーダーは頭が良いと、凌馬は感心した。 


「一階は制圧完了だ。二階に乗り込もう」 岡部が興奮した様子で言った。


 確かに、FDTにとってこれは快挙だろう。だが……、と凌馬は腕時計を見た。午前十時五分。もう少しで、近隣校のSDFが救援に駆けつけてもおかしくない時間だ。


「駄目です。撤退しましょう」

「賛成」 と、SDFキラーこと宇田川も同意した。「おれも手首いてえんだよ。マジで腫れてきてるしちくしょう」

「だが……」

「昨日話したでしょう? 今回は引いて、態勢を……」


 鈍い打撃音と悲鳴を聞き、凌馬は言葉を途中で切った。数メートル離れて拘束されているSSTの少女が、大柄な構成員に胸ぐらを掴まれていた。たったいま殴打されたらしい頰が赤くなり、唇の端から血が垂れていた。


「SSTだ? 虫唾が走るんだよ!」


 大柄な少年は再び少女を殴りつけた。小柄な身体が廊下に転がる。少年はAK-102を構え、銃口を少女の首筋に押し付ける。少女の顔に恐怖が滲み、涙が溢れた。


「おまえたちのせいで、仲間が何人も大怪我してるんだ。ボディアーマーの上から撃ってやろうか」 と言った大柄な少年は、近づいてきた凌馬に気づくと、愛想笑いを浮かべた。「あ、瀬戸さん。良かったら先に撃ちますか?」


 少年は倒れた少女の正面からどいた。凌馬は無表情のまま、無言でUSPの撃鉄を起こす。少女はきつく両目を閉じたようだった。

 一発の銃声が響く。廊下の床に大量の血が弾けた。

 どさりと音を立てて、大柄な少年が倒れた。額から血を流し、即死していた。凌馬は、スライドに返り血のついたUSPを下ろした。「馬鹿か?」


「瀬戸くん……!」 岡部が思わず声を上げた。

「拘束した相手を(なぶ)ろうとしたんです。死んで当然のクズだ」 凌馬は毅然と言い切った。「こんなことのために、スポンサーはFDTに武器弾薬を供給しているわけではないですよ」

「だからって、殺さなくても」

「このクズは、無抵抗の生徒を撃とうとした。緊急対処として発砲したまでです」


 凌馬はポケットから出したハンカチで、自分の顔とUSPについた返り血を拭き、放り捨てた。「それに……」


「個人的な考えですが、ぼくは凶悪人の更正には否定的なんだ」


 押し黙った一同に「裏口から撤退です。行きましょう」 と声をかけ、走りだろうとした凌馬は、駆け足の音を聞いた。幸運なことに、裏口の反対側の廊下からだ。姿が見える前に、USPで牽制の弾幕を張る。宇田川もモーゼルを撃ち始めた。


「先に行って」 と岡部に声をかけつつ、USPを速射。姿の見えないSDFに、発砲の隙を与えない。


 USPのスライドがホールドオープン。運悪く、同時に宇田川のモーゼルも弾切れになった。近づいてきていたSDF隊員が見え、ほぼ同時にマズルフラッシュが閃く。M4だ。SSTか、と舌打ちしながら、凌馬はUSPのマガジンを交換した。身を寄せた壁が銃声とともに抉られてゆく。


「撤退、撤退だ!」


 わざとSST隊員にも聞こえるよう大声で怒鳴ってから、凌馬は裏口に向かって駆け出した。宇田川は「楽しめたぜ、また会おう!」 などと叫びながら後に続いた。

 撤収中のFDTに対しての発砲は禁ずる。SDFの交戦規定を逆手に取った策だったが、うまく機能したようだ。追ってくる銃撃はなく、凌馬と宇田川はまっすぐ裏口に向かった。





 その場に残された葵は、すぐに駆け寄ってきた孝と理香に声を掛けられた。「大丈夫か!?」

 殴られた頬の痛みに耐えながら頷いた葵は、理香に手首の拘束を解かれて立ち上がると、廊下を駆け出した。「ちょっと、葵!?」 と驚いた理香の声は、ほとんど聞こえていなかった。

 途中でSDFキラーとの白兵戦で落とした自分のP226を拾い上げ、撃鉄が起きていることを確認する。殴打時に打ち付けた背中や腕も痛むが、全速で裏口に向かった。

 開け放たれた裏口から外に出て、雪を蹴り上げながら裏門の方へ。破壊した裏門から校外へ出ようとしていた、その後ろ姿が見え、葵は両手保持したP226のトリガーを引いた。

 銃声が空気を震わせ、裏門に着弾の火花が散った。

 足を止め、こちらを振り返った二人は、SDFキラーと、葵を嬲ろうとしたFDT構成員を射殺した少年だった。


「なぜ助けたの!?」


 一言だけだったが、葵の意図は伝わったらしい。少年はSDFキラーに「先に行け」 と言い、こちらに向き直った。SDFキラーは「おう!」 と踵を返し、裏門から消えて行った。


「それを訊くために、交戦規定を破ってわざわざ追ってきたのか?」 少年は右手に持ったUSPをこちらに向けようともせず、淡々とした口調で言った。

「そうよ!」


 冬の風が吹き、葵の痛む頬を冷やした。少年は数秒間、無表情に葵と視線を合わせてから、口を開いた。


「それが、正しいと思ったからだ」


 単純明快な答え。それが葵の期待していた答えなのかは、自分でも分からなかった。学校を守るSDFが正義なら、その敵、FDTは悪だ。暴力に支配された、破壊集団だ。そう思っていた。それが、違うというのか? 未知の感情が溢れ出し、葵は泣いていた。「それなら、なんでFDTなんかに……!」

 質問には答えた、満足かとでも言いたげな黒い瞳が葵を一瞥し、少年は再び背を向けた。


「待ちなさい、逃げるなら撃つ……!」

「好きにしろ」 こちらが撃てないと確信している声に聞こえた。


 そのまま、少年は裏門から駆けて行った。全身の力が抜け、葵はその場に膝をついた。視界にあるのは、積もった白い雪と、自分の両手、そしてP226だけだった。「なんで……」 ぽたぽたと目から落ちた雫が、雪を少しだけ溶かした。

 

 



 午後三時、SST室。

 午前中の戦闘のあと、警察とSDF管理局の現場検証、事情聴取に付き合ったSST隊員たちは、ようやく校内の簡易修繕まで済ませ、使用した銃器のメンテナンスに取り掛かった。


「このバレルはもう交換だな……」

「ガスチューブも駄目だ。スペアどこだっけ?」

「ああ、それなら……」


 そんな会話を聞きつつ、孝は自分のM4を整備していた。ボルトキャリアを引き抜き、汚れを落とす。バレルの内部にもクリーニングブラシを突っ込む。

 今回の戦闘で、SDF側は友美と葵を含む四人が病院に搬送された。友美と葵は軽傷だが、普通部隊の二人は命に別状なさそうなものの、重傷だという。FDT側には死人も出た。

 裏口の外で崩れ落ちていた葵は、泣いていた。何も話さないまま理香に抱きしめられ、そのまま救急車で搬送されていったので、FDTに拘束されてから何が起きたのか、孝は知らない。

 単に、恐怖から涙を流しているようには見えなかった。わざわざ撤退する連中を追いかけていったのだから、何か理由があったはずだ。なんなんだ、一体。心に(もや)がかかっているようで、他の思考がシャットアウトされていた。

 グリスアップしたボルトを機関部に戻し、ロック・ピンで固定。上下左右にオプション装着用のレールが設けられたハンドガードを、バレルとガスチューブに被せるように装着する。孝は、半ば無意識にM4を組み上げていた。

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