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高校戦争  作者: 波島祐一
13/26

第十三話:敵は FDTに非ず

改訂しました。

 午前七時五十四分。孝は他の生徒たちに混じり、坂ヶ丘高校の正門をくぐった。そのまま正面玄関へ向かう生徒の群れと別れ、野球部やサッカー部の朝練を横目に眺めつつ、グラウンド脇の道を歩く。SDF棟に入り、SST室に足を踏み入れた。いつも通りの登校だ。

 だが、一歩SST室に入った光景は、いつも通りではなかった。


「おはよう、テツ」


 柴犬のテツは、孝が入室すると同時に駆け寄ってきて、尻尾を振りながら足元をクルクル回った。孝はその頭をそっと撫で、バッグを下ろす。


「あら、緒方」 武器庫から出てきた三沢理香は、慣れた手つきでスカートのベルトに特殊警棒とシグザウアーP226のホルスターを装着していく。

「三沢さん、おはようございます」

「おはよ。……にしても、あんたによく(なつ)いてるわねぇ、テツ」

「そうですか?」

「そうよ。だってあたしが入ってきた時と反応違うし」 不満そうに言った理香は、自分のバッグを持ち上げた。「じゃ、テツに朝ごはんあげといてねー」

「え?」


 理香は片手を振り、素早くSST室から出ていった。

 まったく、あの人は。孝は棚からドッグフードを皿に出し、おすわりするテツの前に置いた。テツが食べている間に武器庫に入り、P226とマガジン、警棒を持ち出す。ソファに腰掛け、朝食を摂るテツの様子を眺めていると、SST室に誰かが入ってきた。

 テツは食事を中断し、入口のドアに向かって疾走する。


「あ、テツ! おはよう」 葵はそう言って、しゃがんだ。テツは葵に飛びつくようにして、頬を舐めた。心なしか、孝のときより元気よく尻尾を振っている。「くすぐったい!」  嬉しそうに笑った葵は顔を上げ、そこで初めて孝と視線を合わせた。「緒方くん。おはよう」

「中原、今までおれに気づいてなかったろ」


 葵は首をぶんぶん横に振った。


「そ、そんなことないよ! 気づいてたけど、テツが駆け寄ってきたし、みたいな……」 いまいち意味を把握できない葵の言葉を聞いてから、「ま、いいけど」 と孝はソファから立ち上がり、バッグを持った。「もう行くの?」 という葵の声を背中に聞きつつ、「ああ」 と言って孝はSST室を後にした。

 テツが一番懐いてるのは、葵だな。そう心中に呟き、孝は教室に向かって廊下を歩き出した。





「じゃあ、このセンテンスの訳。青木(あおき)


 英語の教師に指名され、クラスメイトの青木貴仁(たかひと)が立ち上がったのを、孝は目だけ動かして見た。青木は成績がいい。余裕だろう……。


「……すみません、分かりません」


 教師は青木を軽く睨んだ。「ボーっとしてたろ。ちゃんと集中しろ」


「はい……」 消え入るような返事をして、青木は座った。


 優等生タイプの青木にしては珍しいな、と孝は思ったが、それほど気にも掛けなかった。部活や勉強に忙しい高校生なのだから、寝不足や体調不良の日もあるものだ。





 四時間目の体育が終わり、残暑のグラウンドから涼しい教室に戻った孝たちは、文字通り生き返る気分を味わった。「暑かったー」「クーラー弱くないか」「やっとメシだな」


「こんな日に五キロ走なんて、頭おかしいんじゃねぇのか筋肉教師め」


 席に座った山崎が、ぶつぶつ悪態をつきながら惣菜パンのビニール袋を破った。孝は自分の弁当箱を開けつつ苦笑した。

 二人の横を通った杏子が立ち止まり、首を傾げる。「そういえば、緒方って独り暮らしなんでしょ?」 孝は座ったまま「そうだけど」 と杏子の顔を見上げた。


「じゃあ、なんで弁当持ってるのよ」

「なんでって……」 孝が返答に詰まっていると、杏子の隣に美菜もやってきた。

「もしかして、彼女に作ってもらってるの?」 杏子はいたずらな笑みを浮かべて言った。

「はぁ?」 孝が間の抜けた声を上げると、美菜が問う視線を向けてきた。孝は「自分で作ってるよ」 と言い、二人から視線を逸らした。

「ホントに?」

「悪いか。一人暮らししてれば、料理くらいできても不思議じゃないだろ」

「ふーん」 と言い残し、杏子は去っていった。美菜も「そうだよね」 と微笑してそのあとに続いた。


 その様子を見ていた山崎が、パンを頬張りながら 「あの二人、なにかしら理由つけてちょっかい出してくるよな」 と言った。孝は「ああ」 と返し、弁当の焼き魚に箸をつけた。





 午後三時二十六分。七時間目、公民の授業だ。担当教師の会川慎次郎(あいかわしんじろう)が、黒板にチョークで重要事項を書き込んでいく。

 孝はノートをとりながら、あと二十五分で今日の授業は終わりか、と頭の中で呟いた。今日の訓練メニューは、持久走、筋トレ、ラペリング降下、そのあとは……。

 ガタン、と突然響いた音に、孝は教室内に意識を向けて、目を見開いた。

 立ち上がった青木が、黒板に書く会川の背中に向かって黒い拳銃を構えている光景が、そこにあった。


「こ、この野郎!」


 孝や友井が動く間もなく、青木は両手保持したグロック17自動拳銃のトリガーを引いた。手が震えていたためか、弾は会川の数センチ横を通過して黒板に当たった。会川が驚いて振り向いた瞬間、再び発砲音が響いた。発射された九ミリ・パラベラム弾は会川の左肩を撃ち抜き、背後の黒板に血しぶきが飛んだ。「ぐあっ!」

 そこで、女子生徒の甲高い悲鳴が上がった。孝はP226を抜き、青木に照準を合わせた。「銃を捨てろ!」

 友井もP220を青木に向けて構える。「おまえ、何やってんだ!」

 青木はSDFの二人を無視して教卓に近づき、呻き声をあげる会川の首に左腕を回し、右手でグロックを会川のこめかみに突きつけた。「てめぇ、殺してやる!」


「青木、先生を放せ!」 孝はP226を構えたまま怒鳴った。

「うるせぇ! おまえらこそ、銃を捨てろ」


 そのとき、銃声と悲鳴を聞いた他クラスの教師たちが教室内に入ってきたが、会川にグロックを突きつける青木の姿を見るや、ぎょっとして足を止めた。「やめなさい、青木!」


「入ってくるな! おまえらも殺すぞ!」 わめく青木にグロックを向けられ、他の教師たちは廊下へと後ずさる。


 友井はP220を構えたまま、「てめぇ、FDTか」 と低い声で問うた。青木は鼻で笑い、「違うね」 と呟いた。


「じゃあこれは何の真似だ!」

「おれは、この教師に恨みがあるんだ。ようは復讐さ」 表情に深い怒りの色を滲ませた青木は、淡々と話し始めた。「おれの姉さんは、こいつのせいで死んだんだ。もう三年も前の話さ。高校一年だった姉さんは、クラスでいじめに遭っていた。それで担任だったこいつに相談した。なのにこいつは、それを無視し続けたんだ……!

 姉さんは無視されても、必死にいじめをこいつに訴え続けた。それをこいつは半年間無視し、いじめを見過ごした。そして、姉さんは自分で自分を殺した」


 孝たちクラスメイトや教室の入口まで来ている教師たちは、それを聞いて唖然となった。


「だからって、先生を殺してどうする!」 孝は怒鳴った。「そんなことしても、おまえは……」

「黙れ! おまえに何が分かる。……こいつは、死んで当然なんだ。なのに、司法はその判断を下さなかった。おれは許さない。絶対に許さん!」


 孝は青木から視線をずらし、会川を見た。「先生、いまの話は本当ですか」

 会川は恐怖でかすれる声で「そんなはずはない。こいつがでっちあげた濡れ衣だ……」 と絞り出した。青木はグロックの銃口を下げ、トリガーを引き絞った。左の手首を撃ち抜かれた会川が絶叫し、正面にいたクラスメイトの机に血が飛び散った。「うあっ!」「きゃあ!」

 青木はグロックを会川のこめかみに戻し、「ざけんなよ」 と耳元で言った。会川の左手から、血が滴り落ちる。


「やめろ、撃つぞ!」 

「撃てるんなら撃てよ。ただしこいつも地獄に付き合ってもらう」


 孝は青木の顔面に照準をつけ、ハーフコック位置に戻されていたP226の撃鉄を起こした。だが、撃てない。この状況で、SDF隊員が敵を殺すことは法的に認められない。ましてや、クラスメイト全員が見ている中で射殺することなどできない。だが、何があっても、青木にトリガーを引かせるわけにはいかなかった。

 どうすればいい。いったい、どうすれば……。

 次の瞬間、教室に灰色の筒状の物体が投げ込まれた。青木の足元で転がったそれは、白い煙を吐き出し、それを吸い込んだ青木が咳き込んだ刹那、教室内にSST隊員が突入してきた。

 催涙ガスではなく、ただの発煙筒だったが、十分な効果だった。


「確保!」

「教師一名負傷、銃創あり。救急車を要請しろ」


 青木は手錠を掛けられ、その後警察に引き渡された。


 事件の捜査は警察の管轄となり、青木がクラスに帰ってくることはなかった。ただ、会川がいじめを発見しながら見過ごしていたのは事実のようで、彼も責任を追及されることとなりそうだった。

 グロックは、市販されていた物を青木が年齢を偽って購入していた物であることも判明した。しばらく暗い空気に包まれていたクラスだったが、一ヶ月も経てば、徐々にその活気を取り戻した。

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