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高校戦争  作者: 波島祐一
12/26

第十二話:犬捕獲作戦!

改訂しました。

 青白い月の光と非常灯が、うっすらと廊下を照らしていた。ガラス越しに覗く教室内に人の気配はなく、机と椅子が整然と並んでいる。時折、学校前の県道を自動車が通過していくが、その音以外は、足音が響くだけだった。

 午後十一時。孝は葵と共に校舎内の定時巡回に出ていた。


「不気味だよね、夜の学校って」 教室内に視線を向けながら、葵が呟くように言った。

「もしかして、怖い?」 孝はからかいの一言を放ってみる。殺すわよ、くらいの返しを想像していたが、葵は反論せず、不自然に顔を背けた。意外な反応に、孝は苦笑した。「お化け屋敷は大丈夫だったのに」


 笑い混じりの声音が癪に障ったのか、葵は不機嫌そうな顔になった。「なんかムカツク……」


「お化け屋敷は完全に作り物だけど、こっちは本物が出そうじゃん! 緒方はなんとも思わないわけ?」

「まあ、不気味ではあるけどな……」


 これまで、夜間の巡回は何度も行ってきたが、奇妙な居心地の悪さは消えなかった。幽霊が怖い、というわけではなく、単に不気味なのだ。

 SSTに配属されてから、学校に泊り込む夜間警備の回数は、週二日から三日に増えた。SSTは、SDF普通部隊に比べて人数が少ないせいだ。合わせて十二名のSDF隊員が夜間警備の当直となる。

 急に葵が立ち止まり、孝も足を止めた。「どうした?」


「物音、しない? あっちの方から」

「物音……?」


 葵は渡り廊下の先にある理科棟を指差した。孝は耳を澄まし、そちらに意識を集中する。確かに、わずかだが足音のようなものが聞こえた。


「本当だ。柔道部か?」 今日は、柔道部が学校に泊り込みで合宿を行っていると聞いている。

「柔道部がいるのは体育館でしょ。不自然よ」


 その通りだった。なんにせよ、不審なことがあれば確認しなければならない。孝はMP5のグリップを握り直し、理科棟へ向かい始める。「ちょ、ちょっと待ってよ!」 と慌てた様子の葵があとに続いた。





 理系科目の実験室が並ぶ理科棟の、三階。生物室のドアが、少し開いていた。中から話し声が聞こえる。

 MP5を即時射撃位置で構え、足音を立てないようにしながら、二人は生物室に近づいてゆく。


「巡回〇二よりSST室。生物室に不審者を発見。複数名。これから確保する」 孝はマイクに囁くようにした。

(了解、今からそちらに向かう) すぐに渡瀬の声で返答があった。


 最悪のケースを想定するなら、不法侵入者やFDTの可能性もある。

 葵が右手でMP5を保持しつつ、生物室のドアに手をかけた。孝は突入に備え、MP5のハンドガードにつけられたフラッシュライトの間欠点灯スイッチに指を添えた。室内に突入すると同時に、大光量で相手の視力を奪い、制圧する。

 勢いよくドアが開かれる。孝は室内に踏み込み、ライトを点灯させた。「SDFだ、動くな!」

 眩い光が闇を切り裂き、室内にいたジャージ姿の少年たちを照らす。「うわっ!」 少年二名は暴力的な閃光を浴び、反射的に目を手で覆った。武装したFDTでなかったことに安堵しつつ、孝はMP5のライトを消した。葵が照明灯のスイッチを入れ、室内は蛍光灯に照らされた。


「なんだ、横川じゃないか」 孝は少年の顔を知っていた。クラスメイトだ。

「緒方かよ……」 柔道部の横川(さとし)は、決まり悪そうな顔をした。

「何やってんだ、こんな所で」

「何って……肝試しだよ」

「は?」

 




「届け出もせずに、教室内に忍び込むとは何事だ!」


 柔道部の一年生二人を前に、事情を聞いた二年の渡瀬が怒鳴る。


「すみませんでした」 横川が頭を下げた。

「謝って済むか……! いいか、こっちは遊びで夜間警備やってる訳じゃないんだ」 渡瀬は、今にも二人に殴りかかりそうな勢いだ。

「渡瀬さん。こいつら、悪気は無かったんですし……」 クラスメイトが言い詰められているのを見て、孝は口を挟んだ。

「おまえは黙っていろ」 孝に怒鳴ってから、やがて渡瀬は少しきまり悪そうな顔をした。

「……分かった。これ以上は言わない。ただし、柔道部には厳重注意を言い渡す。いいな」


 渡瀬は再び二人を睨み付けてから、「お前らは巡回に戻れ」と言い残し、柔道部員二人を連れて行った。





「そうだったの。渡瀬らしいわね」


 午後十一時十八分、SST室。怒った渡瀬の様子を話すと、SSTアルファ・チーム所属、二年の三沢理香(みさわりか)三等学尉が笑いながら言った。渡瀬と同じ学年で、校内では容姿が端麗なSST隊員で有名だが、柔道に堪能で、男子が馴れ馴れしく声を掛けようものなら、半殺しにされるという噂もある。

 いま、SST室には理香、孝、葵の三人しかいなかった。理香のバディは本来、同じアルファの大倉友美だが、風邪をひいたらしく、変則バディでの夜間警備となっていた。


「あんなに怒ってる渡瀬さん、初めて見ましたよ」

「そっか。あたし、去年あいつと同じクラスだったんだけど、なんて言うのかな、正義感が強すぎる、というか」

「正義感が強すぎる、ですか」 葵が首を(かし)げる。

「うん。あたしたちがSSTに配属された頃……ちょうど一年前ね。登校時間にFDTが襲撃を掛けてきたことがあったんだけど、そのとき、一人のクラスメイトに銃弾が当たったのよね。もちろんFDT隊員が撃った弾で、足を掠めただけだったんだけど。気づいた渡瀬は、撃ったFDT隊員に銃も持たずに突っ込んで行った」

「銃なしで……?」

「うん。あいつも登校した直後で、丸腰状態。で、あたしたちが駆け付けたときには、FDT隊員に馬乗りになって、ボコボコにしちゃってたのよ」

「丸腰で、武装したFDT相手に?」

「すご……」

「でしょ? いったん火がつくと、手を付けられなくなる人なのよ、渡瀬は」


 普段は冷静沈着な態度をしている渡瀬なので、この話は孝にとって意外だった。


「その点、緒方、あんた渡瀬に似てるんじゃない?」

「おれがですか」

「うん。聞いたわよ、この前のあたしたちが訓練に行ってた時の戦闘。あんた、一人でRPK潰しに突撃したんだって?」


 いきなりその話題を出されて、孝は動揺した。「三沢さん、なんでそれを……」


「そうなんですよ。あたしが狙撃支援しなかったら、緒方は今ごろ天国です」 葵が口を挟む。

「中原……!」


 理香は声を出して笑った。「そうなんだ、じゃあ緒方、葵はあんたの命の恩人ってことじゃない」

 孝は返す言葉が思いつかなかった。すると、渡瀬がSST室に戻ってきた。


「おかえり」 理香が言った。

「ああ……。なんか、盛り上がってるみたいだな」 熱いコーヒーをカップに注ぎながら、渡瀬が言った。

「渡瀬、あんたの話をしてたのよ」 理香が笑い混じりに言う。

「おれの……?」 一瞬、きょとんとしてから、渡瀬は孝の方を見た。

「緒方、おまえ」

「あ、いや、その……」

「また余計なことしやがって。三沢に話すと、話がややこしくなるんだよ」

「何よ、その言い方。まるであたしが話を誇張するみたいな言い方じゃない」

「事実だ。おまえ、この前も……」


 渡瀬がニヤリとして言う。理香は慌てて渡瀬の口に(てのひら)を当てた。


「ストップ! 無垢な一年生の前で何言おうとしてるのよ、あんた」


 渡瀬は理香の手をどかしつつ、「口を塞ぐな……!」と言って、さらに続けた。


「だいたいおまえは、自分の思うようにならないとすぐ柔道技に持ち込むところが駄目なんだ」

「駄目ってなによ。それを言うならあんたも……!」


 理香はそこで言葉を切った。

 葵が、クスクス笑い始めたからだ。


「……どうしたの、葵?」 理香が不思議そうに問う。

「いえ……。お二人とも、仲いいなぁって思って」 葵が笑いの残る声で言った。


 渡瀬と理香は一瞬だけ目を合わせたが、すぐ顔を逸らした。二人とも、わずかに顔を赤らめている。

 こうして、夜間警備の夜は更けていった。





 午前三時三十二分。

 三時間の仮眠を終えた孝と葵は、再び巡回に出発した。


「眠いね……」 目を擦りながら、隣を歩く葵が言う。

「ああ。……これ、眠気覚めるぞ」 孝はそう言って、ミント味のタブレットを葵に渡した。

「ありがとう。……辛っ! なにこれ!」

「ドライハード味。眠くなくなったろ?」

「うん……。でも刺激が……」

「バディが寝ボケてると困るからな」

「もう大丈夫。……ふう」


 本当に(から)かったようだ。しばらく歩いていると、葵が言った。「あのね、緒方」


「屋上、行ってみない?」

「……なんで?」

「いいから、いいから!」


 葵に手を引っ張られ、孝はしぶしぶ屋上に向かった。


 屋上に出る。明るい月が出ているので、顔くらいは判別できる明るさだった。

 今日は、雲がほとんど無かった。無数の星の輝きが、漆黒の空に映えている。


「きれい……」


 葵が、空を見上げていった。視線を下げれば、駅の方の中心街の明かりが煌々(こうこう)としていた。坂ヶ丘高校は、文字通り丘の上にあり、中心街の方はよく見渡せる。

 二人はしばらく、無言で夜の景色を眺めていた。


「あのさ」 沈黙を破ったのは、孝だった。

「ん?」

「景色を見るために屋上に来たのか?」


 葵は数秒、間を置いて答えた。


「うん……って言ったら怒るよね、緒方。職務中だろ!って」

「別に……怒らないけど。たまには息抜きも必要だ」


 そう返すと、葵は意外そうな顔で孝を見た。


「好きなんだよね、空を見るの。昼でも、夜でも」


 そう言って星空を見上げる葵の横顔は、綺麗だった。数秒間見つめていた孝は、葵と視線を合わせそうになり、慌てて再び空を見上げた。


「おれも、空は好きだな」


 それから、何分くらい空を見ていただろうか。


「そろそろ、戻りましょ」 葵が沈黙を破った。 

「そうだな」



 SST室に戻ると、渡瀬と理香がテレビを見ていた。世界遺産ドキュメントの番組だ。


「……お帰り。遅かったじゃない」 理香が言った。

「ええ、ちょっと」

「もしかして、寄り道とかしてた?」 理香がニヤつきながら問うた。


 なんて勘のいい人なんだ。孝は内心に呟いた。


「してませんよ、そんなこと」ヘルメットを脱ぎつつ、葵が答える。

「そう。つまんないの」 本当につまらなさそうな声で、理香が言う。


 すると、無線が入った。


(こちら、巡回中の第三小隊、細川です! 待機中の方、誰か応答願います)


 渡瀬が素早く受話器を取った。


「こちらSST室。どうした」

(一階で犬を発見しました! 今追いかけています)

 

 犬? なぜ? SST室にいた四人は顔を見合わせた。


(指示願います!)

「今からそちらに向かう。 場所はどこだ」

(生徒玄関前の廊下です!)

「了解。そのまま追跡してくれ」


 渡瀬は受話器を置いた。


「犬の捕獲に行くんですか?」 孝は渡瀬に訊いた。

「仕方ないだろ。おまえたちも来い!」

「え!」

「つべこべ言うな! 行くぞ!」


 渡瀬はSST室に常備してあるハンディライトを掴むと、SST室を飛び出した。

 そして、SDF隊員による犬捕獲作戦が始まった。


 孝は、一階に向かって階段を下りていた。すると、下の方から一匹の柴犬が駆け上ってくるのが見えた。孝が捕まえようと身構える。

 暗くて、足元がよく見えなかったというのもある。その柴犬は孝の足元をするりと駆け抜けた。


「こちら緒方、犬は三階、図書室方面に移動中!」


 孝は柴犬を追いかけながら無線に吹き込んだ。


(了解。すぐ向かう) 渡瀬の声だ。

(緒方、どんな犬だった? かわいい?) 理香の楽しそうな声がイヤホンから流れる。

(三沢! SST無線を私語に使うな!) 渡瀬が怒鳴った。

(いいじゃんケチ)

(ケチだと……!)

「柴犬です! 見えた限り」 思わず答えてしまった。

(緒方、おまえ……!)

(柴犬!? やった、あたし柴犬好きなのよね)


 渡瀬の声は、嬉しそうな理香の声に消されて聞こえなかった。


(あたしも好きです! かわいいですよね、柴) とうとう葵まで参加してきた。

(中原……!)

「捕まえたらSST室で飼えますかね?」 孝はさらに言ってしまっていた。

(賛成ー!) 理香と葵が、ほぼ同時に答える。

(おまえら人の話を聞けぇー!) 渡瀬の怒鳴り声が、半分ほど直接聞こえていた。





 午前五時九分。


「確保!」


 三階、三年教室前の廊下。渡瀬が柴犬に飛びついた。約一時間かかって、ようやく作戦は終了した。


「くそ、てこずらせやがって」 渡瀬は捕まえた柴犬を抱き上げた。そこに、捕獲に加わったSDF隊員らが集まった。

「かわいい!」 理香が素早く渡瀬から柴犬を奪い、抱き上げる。


 やはり、柴犬だった。かなり小さい。おそらくまめ柴だろう。


「首輪ないな。野良犬ですかね?」 孝が問う。

「さぁな……。で、これからどうするんだ。この犬」 渡瀬が言うと、その場は沈黙した。



 午前五時二十四分、SST室。


「とりあえず、牛乳あげてみますね」 と言いつつ、葵が牛乳を注いだ紙製の皿を柴犬の近くに置く。喉が渇いていたようで、ごくごくと飲み始めた。「この子、どうするんです?」

「あとで、倉田一佐に報告してみる」 渡瀬は困った表情で腕を組んだ。

「黙ってここで飼っちゃえば良くない?」 と理香。

「絶対バレますよ……」 孝は呟くように言った。

「そうかなぁ……。いい案だと思ったんだけど」

「とりあえず名前だけでも決めとくか」 そう提案したのは、意外にも渡瀬だった。

「あら、乗り気じゃない」 理香はニヤリと笑う。

「……そんなことはない」

「小さいからチビ、てのは」 孝は適当に言ってみた。

「そのままだろ」

「黒いからクロ」

「模様は白だ」

「ポチ」

「ありきたり過ぎるだろ……」


 三人が名前を挙げ、渡瀬が一蹴した。


「文句ばっかり言わないでよ」

「おまえらがテキトーな名前ばっか言うからだろうが!」


 渡瀬が怒鳴った数秒後、葵が口を開いた。


「じゃあ、渡瀬さんは何かいい案あるんですか?」





 午前六時二十一分。


「テツ、こっちおいで!」 葵と理香が、テツと名づけられた柴犬と遊んでいる。無論、雄だ。

「結局、普通の名前ですね」

「いいだろ、日本犬っぽくて」 名付け親の渡瀬が言う。どことなく満足げだった。


 その後、事情を倉田に話したところ「世話さえちゃんと出来るのなら、いいんじゃないか」と、あっさり飼うことを許可された。

 そうして、テツはSST室に住み始めたのだった。

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