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高校戦争  作者: 波島祐一
10/26

第十話:文化祭警備

改訂しました。

 選抜試験の後、長野と岡田は坂ヶ丘高校SSTのアルファ・チーム、孝と葵はブラボー・チームに配属された。アルファ・チーム八名、ブラボー・チーム六名の新生坂ヶ丘高校SSTが誕生した。

 三年の長野は三等学尉、二年の岡田は学曹長、一年の孝と葵は一等学曹の階級が与えられた。これは学年に応じて自動的に付与される。さらに葵は、選抜試験後のSST狙撃手養成課程を修了し、ブラボー・チームのスナイパーとなっていた。

 バディがローテーション制のSDF普通部隊とは違い、SSTは基本的にバディが固定されている。より危険な状況に置かれるSSTでは、バディとの連携行動が非常に重要となるからだ。

 




 九月十八日、午後四時三十分。


「いよいよ明日だな」


 木製の看板にペンキを塗る手を止めて、山崎が口を開いた。その隣で同じ作業をしている孝は手を止めずに「ああ」 と返した。 

 明日から三日間、坂ヶ丘高校の文化祭が開催される。各クラスごとに催し物、模擬店、劇などを行う、一大イベントだ。

 教室内では、ほぼ全員のクラスメイトたちが各自の作業に没頭していた。孝たちのクラスは、お化け屋敷を実施する。明日からの本番に向け、教室の装飾・小道具の準備など、最後の準備に追われているのだ。


「楽しみだぜ」 山崎の声は弾んでいた。

「そんなにお化けの役が好きなのか?」

「違うよ」 調子の外れた声が返した山崎は、「演奏会でバンドやるんだよ」 と続けた。

「へぇ。知らなかった」 そういえば、山崎は中学の時にギターを買って喜んでいたことがあったな、と孝は思い出した。 

「暇があれば見に来いよ。写真よろしく」

「分かった。でもおれ、SDFの仕事もあるから。空き時間だったら見に行くよ」

「仕事?」

「校内の巡回警備」

「面倒臭そうだな。……イベントの日くらい、SDFも休みにすりゃあいいのに」

「バカ言え。行事がある日に限って、浮かれるアホがいるんだ。おれたちが取り締まらないと、一般人にも迷惑がかかる」


 文化祭の日は学校が開放され、一般人も自由に出入りできるようになる。治安が悪化した昨今、暴走族やヤクザまがいの人間が侵入して騒ぎを起こす可能性は高い。実際、一週間前に行われた近くの小架羽(おがわ)高校の文化祭では、敷地内に侵入した不良グループとSDFで武力衝突が起こり、両方に負傷者が出ている。


「そこの男子! 口より手を動かす!」


 修飾班の班長である杏子が怒鳴り、孝と山崎は口を(つぐ)んだ。





 文化祭初日、午後三時。


「屋上観測班よりブラボーリーダー。異常なし」 孝は無線に吹き込んだ。定時連絡だ。

(こちらブラボーリーダー。了解) ブラボー・チーム班長の三年、浦波和樹(うらなみ かずき)一等学尉から返答があった。(暑いから水飲めよー)

「了解。通信終わり」


 坂ヶ丘高校の、グラウンドに面した校舎屋上。孝と葵はグラウンドなど学校の敷地を見下ろしていた。葵はスナイパーで、孝は葵の観測手(スポッター)兼、護衛役だった。スナイパーのバディとなると、必然的にスポッター役が多くなる。


「本当に暑い……」

「見て、気温四十一度」 葵は腕時計を隣の孝に見せた。

「屋上は日陰がないからな……」


 今日は雲ひとつない快晴で、眩い太陽が容赦なく照り付けている。さらに二人はヘルメットにボディアーマーを着用しているのだ。暑さが尋常でなかった。孝の持つM4A1アサルトライフルは、グローブなしで触っていられないほどレシーバーが熱くなっている。


「あ、モヒカンがいる」 孝の横で、M24 SWSスナイパーライフルの照準眼鏡(スコープ)を覗く葵が笑い混じりに言う。


 孝は双眼鏡を覗いた。模擬店の列に並ぶ、赤毛のモヒカン男が見えた。「派手だなぁ」

 二人から微笑が漏れた。どうでもいい話をしていないと、退屈だった。

 葵のM24と孝のM4は、SSTに配属されてから支給された銃で、弾は弱装弾を使用する。これらは主に敵の武装が強力な場合や中・遠距離戦の場合に使われ、それ以外ではSST隊員も九ミリ拳銃弾を使うMP5サブマシンガンを用いる。小銃弾では威力が強すぎるからだ。

 逆に、普通部隊の隊員には九ミリ弱装弾を超える威力の弾を使う銃器は支給されない。殺傷力の高い、高威力の銃を扱う者には、それなり以上の練度が求められる。

 初日と二日目は大きな混乱もなく、無事に終了した。

 そして、坂ヶ丘高校文化祭は最終日、三日目を迎えた。





 九月二十一日、午前十一時。孝と葵のバディは、巡回に出た。

 一般人に威圧感を与えるのを防ぐため、SDF棟の警備と屋上観測班の隊員以外は、制服での巡回を厳命されていた。巡回中の武装は、シグザウアーP226自動拳銃(オートマチック)と特殊警棒。少々頼りない気もするが、この炎天下、重い完全装備で歩き回ることに比べれば、よっぽどマシというものだった。それに、SDF棟には二名のSST隊員を含む、八名のSDF隊員が常時待機している。無線一本で、すぐ完全装備で駆けつけられるようになっていた。

 グラウンドを一通り見回ってから、校舎内に入った。校舎内はクーラーが効いていて、快適だ。

 各教室では、射的やお化け屋敷、迷路などが行われ、生徒や親子連れで賑わっている。

 今のところ目立ったトラブルもなく、文化祭は平穏に進行している。三日間連続の、本日が最終日だ。

 突然、悲鳴が聞こえた。

 前方のフリーマーケットを催している教室から、一人の男が慌てた様子で出てきた。両手で大きな紙袋を抱えている。

 続いて女子生徒が廊下に飛び出し、叫んだ。「万引きよ!」

 さらに、SSTアルファ・チームの岡田清二が出てきた。


「緒方、そいつをとっ捕まえろ!」


 孝は身構えた。

 大学生くらいの青年が突進してくる。「どけ!」

 孝は突進の勢いを利用して、男の手首を掴み、背負い投げで床に叩きつけた。


「ぐはっ!」


 そのまま馬乗りになり、暴れる男を押さえつける。


「中原、手錠!」

「はい」 葵は待ってましたと言わんばかりに、孝にナイロン製の簡易手錠を渡した。

「窃盗の現行犯で逮捕する!」 孝は素早く男の両手を後ろに回し、手錠で固定した。


 すぐ、岡田が駆け寄ってきた。「この野郎!」


「おれのクラスで万引きとは、いい度胸じゃねえか! 警察に突き出してやる」

「ご、ごめんなさい、でも、警察だけは」 岡田の怒鳴りに怯えたのか、青年は震える声で懇願した。

「黙れ!」


 岡田は「サンキューな。緒方、中原」 と言い残すと、青年を連れて行った。


「びっくりした」 葵は冷や汗をハンカチで拭いた。

「まったく」 孝は苦笑して、再び廊下を歩き出した。


 トラブルらしいトラブルといえば、今の万引きが最初だろう。このまま何も起きずに文化祭終了まで持ってくれればいいのだが。


渡瀬(わたせ)よりSST当直各員に通達。グラウンドでコード2発生。SDF棟に集合しろ)


 SSTブラボー・チーム所属、二年の渡瀬智久(ともひさ)三等学尉の声が骨伝導式イヤホンから流れた。骨伝導式イヤホンは耳を直接塞がないイヤホンで、SSTで採用されている物だ。

 コード2は、『危険度中の事態』 と事前説明があった。

 孝と葵は顔を見合わせ、廊下を駆け出した。





 大勢の生徒や来場者の中に、ひときわ異彩を放つ集団があった。

 部屋着のようなオーバーサイズの服。髪型は坊主やリーゼント風。周囲に睨みを効かせながら、ずかずかと歩く十人ほどの男たちだ。

 まるで一昔前からタイムスリップしてきたかのような、時代遅れのヤンキーたちだった。周りの生徒や来場者たちは、完全に引いている。時折、近くの人間を「なに見とんじゃコラァ!」 などと怒鳴りつけていた。

 彼らの進行方向を塞ぐように、四人ほどの生徒が現れた。制服の肩と右胸にはSDF章、腰のホルスターには自動拳銃。通報を受け、現場にやってきたSDF隊員たちだった。


「……なんじゃ。文句でもあんのか」


 先頭に立つ、煙草を咥えた角刈りの中年が言った。リーダーのようだ。

 SDFの学曹長が口を開く。この四人の中では最も上位の階級だった。「迷惑です。お引き取り願います」


「なんやと、客に帰れ言うんかこのボケ」 リーダー格の隣に立っていた長身の金髪が吠えた。

「他の来場者の迷惑になることをやめて下さいと言ってるんです。さもなくば、我々は実力であなた方を排除します」 学曹長は、爆発しそうな怒りをなんとか抑えていた。

「あ? なんや、そのチャカ撃とう言うんか。弱装弾とか言ったか、オモチャ同然なんじゃろ」


 リーダー格の男は、学曹長のホルスターに収まったシグザウアーP220を指差した。オモチャと聞いて、連れの男たちがゲラゲラ笑った。


「うぜぇんだよ、帰れよ!」


 思わず、といった様子だった。強い語気で口走った学士長の二年は、慌てて一歩下がる。

 ヤンキーたちの方は、一斉に笑いが消えた。


「んだとコラァ!」 長身の金髪が学士長を突き飛ばした。体格差もあり、学士長は砂にまみれながらグラウンドに転がった。

「何するんだ!」 部下に手を出された学曹長が、金髪の肩を掴んだ。

「あ? やんのかテメェ!」


 金髪は振り向くと同時に学曹長の頰に裏拳を叩き込む。それなりに喧嘩慣れした一撃に、学曹長は地面に倒れこんだ。

 その後ろにいた二人の一年生隊員は、わずかに怯んだ表情でそれぞれP220を引き抜く。


「そのオモチャ、撃てんの?」 青い髪のロン毛がニヤニヤしながら二人の前に立った。その隣に金髪も並び、拳をバキバキと鳴らす。


 リーダー格や他の男たちは、下衆な笑みを浮かべてその様子を見ていた。


「どうせ撃てねぇんだろ!」


 ロン毛の正拳が、二等学士の顔面に向かって伸びる。

 だが、それは届かなかった。横からこめかみを殴打されたロン毛はグラウンドに転がり、激痛にのたうちまわる。ロン毛を殴り倒した男子生徒は、制服の胸にSST徽章をつけていた。階級は一等学尉。SSTブラボー・チーム班長の三年生、浦波和樹だった。


「この野郎!」


 金髪が浦波に殴りかかる。顔面に向かってきた拳を避け、その手首を掴んでスピードを殺した浦波は、金髪の足を払った。砂に顔面からぶち当たった金髪の背中を数回蹴りつけた浦波は、倒れていた学曹長と学士長の手を握って立たせた。「おい、大丈夫か?」 短髪の二枚目は、涼しげな顔だった。近くにいた女子生徒たちが歓声を上げる。


「ちょっとやりすぎじゃないのかー?」 浦波のバディ・高林涼(たかばやしりょう)二等学尉は、苦笑しながら金髪とロン毛に手錠をかけた。高林も三年で、ブラボー・チームの副班長だ。

「ふん、足りないくらいだぜ」 浦波は掌についた砂を払い、残るヤンキーたちを睨みつけた。「次はどいつだ!?」

「舐めやがって!」


 ヤンキーたちは一斉に浦波に飛びかかろうとしたが、さらに現れた新手に動きを封じられた。黒い戦闘服に、ボディアーマー。手には、MP5短機関銃やM4A1自動小銃が握られている。

 通報を受けて出動した、手の空いているSST隊員たちだった。

 完全武装の六人が、銃口をヤンキーたちに向けて構える。

 高校生とはいえ、戦闘装備は一見して警察や自衛隊の特殊部隊と大差ない。ヤンキーたちは怯んだようだった。


「SDF法に基づき、ただちに本校から退去しない場合、あなた方を拘束します」


 リーダー格に向かってMP5を突きつけた渡瀬が、淡々と告げた。その横では、M4を構える孝や葵の姿もあった。


「はぁ? 拘束やと? そのオモチャでか」 リーダー格は余裕のない嘲笑を作っていた。

「喰らってみますか、弱装弾」 渡瀬はMP5のセレクターを単射に入れた。指はまだトリガーガードに添えている。


 冷静な中に怒りを含んだ渡瀬の声に、ヤンキーたちは一歩あとずさった。

 リーダー格は窮地に立たされた。SSTとまともに戦って勝てる確率はほぼないが、かといってこのまま大人しく退却したのでは子分たちに示しがつかない。

 すると、リーダー格は駆け出し、偶然近くにいた女子生徒の腕を掴んだ。女子が悲鳴を上げる。「きゃ!?」


「どうじゃ、これで撃てんやろ!」


 孝はリーダー格に捕まった生徒を見て、思わず叫んだ。「内田!」

 内田美菜は首に腕を回され、リーダー格に拘束された。


「その生徒を放せ!」 渡瀬がMP5をリーダー格に向けて構える。だが、射線上に美菜が重なり、発砲できない。

「撃てるもんなら撃ってみんかい!」

「この腐れ外道! そんな真似して恥ずかしいと思わないの!」 アルファ・チームの二年、大倉友美(おおくらともみ)学曹長がM4を構えたまま突っ込みを入れるが、リーダー格は吹っ切れている様子だった。

「黙っとけ!」


 突然のリーダーの乱心に、周囲の子分たちは困惑していた。加勢することもせず、ただ目の前で起きていることを傍観している。まさか、無抵抗の女子生徒を人質に取るような情けない真似をするとは予想外だったのだろう。


「どうします? 撃ちます?」 友美は怒りに腕を震わせながら、浦波と高林に向かって問う。

「待て、今おまえが撃ったら人質に当たるぞ」 浦波は友美のM4を手で押さえ、「狙撃は?」 と小声で渡瀬に訊いた。

結城(ゆうき)が向かってます。そろそろ配置につく頃ですね」 渡瀬はMP5を右手で保持したまま、無線のスイッチを入れた。「結城、状況は」

(狙撃位置についた。命令があればいつでも撃てる)

「わかった」 渡瀬はMP5を構え直し、浦波に振り向いて頷いた。「OKです」

「保険はかけた、っと」 浦波はつぶやくと、他のSST隊員たちの間からリーダー格の前に立った。高林は無言でその横に移動した。

「制服じゃ危険です、ここはおれたちが……」 渡瀬が二人に声をかけるが、高林に手で制止されて、しぶしぶ下がった。遅れて到着した六人は、戦闘服にボディアーマー、ヘルメットの完全装備だが、浦波と高林は制服のままこの現場に来ていた。武装は特殊警棒と自動拳銃、防具はない。 

「おいきさまら、何をぶつくさ言っとんじゃ!」 喚くリーダー格が浦波と高林を睨む。

「おい、おっさん。そろそろその生徒を放してくれねぇかな。今ならまだ軽い罪で済むぜ?」 と言いながらも、浦波は両手の拳の骨をバキバキと言わせていた。その隣で、高林もリーダー格取り押さえのフォロー体勢をとる。


 これが、最終通告だろう。美菜が解放されなければ、SSTブラボー・チーム班長と副班長が、実力行使に移る。無関係の美菜が怪我をすることは避けられればいいのだが、と、孝は息を呑んだ。

 リーダー格は動かないが、眉をぴくぴくさせながら大量の汗をかいていた。腕の力が強まったのか、美菜が苦しそうな表情をしていた。

 クラスメイトをこんな目に遭わせやがって。

 孝は無意識にM4のセレクターを単射に入れ、トリガーに指を添えていた。

 この距離なら、リーダー格の頭だけを狙撃することもできる。だが、故意に頭部を撃って殺してしまえば、SDF法違反で確実に逮捕される上に、ほんの少し射線がずれれば美菜の顔に当たってしまう。やはり無理だ。

 班長と副班長がうまくやってくれることを祈るしかない。

 浦波が地面を蹴ろうとした刹那、リーダー格がポケットから何か取り出した。刃が展開されたそれは、フォールディングナイフだった。浦波が舌打ちする。

 リーダー格はナイフを美菜の首元に突きつけた。


「こ、これで手出しできんやろ!」


 武器の所持、使用の意思を確認。SDF法で規定された、発砲許可の基準を満たした。高林はシグザウアーP226を抜きつつ、無線に早口で言った。「狙撃許可。やれ」


「あ?」


 狙撃という単語にリーダー格が反応した直後、空を切り裂く音とともに鮮血が散り、リーダー格の右手からナイフが落ちた。「ぐあっ!?」 右肩を後方から撃たれたリーダーの全身から力が抜け、美菜が離れる。

 素早く動いた浦波がリーダー格を地面に蹴り倒し、無力化する。痛みに喚くリーダー格はすぐに手錠がかけられ、子分たちは逃げ出そうとしたが、SST隊員たちに銃口を向けられ、全員が拘束された。



※ 



 屋上からリーダーの肩を狙撃したブラボー・チームの二年、結城翔一(しょういち)三等学尉は、M24 SWS狙撃銃のバイポッドをたたみ、騒動の起きたグラウンドを見下ろした。


(人質は無事だった。良くやった) 浦波がグラウンドからこちらを見上げていた。 

「保険が効きましたね、班長」

(ああ。しかし、いつもながら正確な射撃だな)

「自分は狙撃手です。このくらい当然です」

(それもそうだな。撤収だ、元のスケジュール通りの仕事に戻ってくれ)

「了解」


 結城はM24を持って立ち上がり、晴れ渡る空を見上げた。真夏の太陽が照りつけている。時刻は昼過ぎ。メシにしようと思い、結城は足早に校内へと続く階段を下りていった。





 十六時、少し前。来客はほとんど帰り、生徒たちはそろそろ片付けを始める時間だ。チンピラたちを警察に引き渡したSST隊員たちは、それぞれ元の仕事に戻って行ったが、巡回警備の他に、自分のクラスの催しの手伝いなどもあり、なかなか自由な時間は少なかった。

 孝は、自分のクラスのお化け屋敷で、受付についていた。巡回に出たり緊急呼集で呼び出されたりするので、メイクが必要なお化け役は適していないということによる役割だった。


「四時になったら片付け開始だってさ。打ち上げは七時から近くの焼肉屋らしい」 孝と同じ理由で受付についている、SDF第二小隊の友井(ともい)が言った。

「焼肉屋か、楽しみだな」

「お、あれが最後の客かな」 友井が、廊下を歩いてくる二人組の生徒を指差した。


 片方は見知らぬ男子生徒。もう一人の女子生徒は……。


「あれ、緒方?」 葵だった。男子生徒とともに受付前に立った。

「やぁ、いらっしゃい」

「そっか、お化け屋敷は緒方のクラスだったね」

「中原さん、この人は知り合い?」 細面で二枚目の男子生徒が、孝を指差した。

「ええ、同じSSTなの」

「へぇ、この人が! SST!」 男子生徒は孝をまじまじと見た。


 孝が『誰だこいつは』 と思っていると、葵は「この人、同じクラスの坂部(さかべ)くん。一緒に模擬店回ろうって言われて……」 と説明してくれた。


「そ、そうなんだ」 と孝が返すと、坂部は「中原さん、早く行きましょう」 と葵の手を取ってお化け屋敷に入っていった。

「ほう、緒方に強敵現る、か」 横でやりとりを見ていた友井が言う。

「何を言っているんだ」

「だが安心しろ」 友井はニヤリと笑い、携帯のグループメッセージに入力を始めた。「各お化けへ。美男美女のリア充カップルが屋敷に入った。存分にやれ、と。送信」

「おいおい……」

「これで完璧だ」 と友井が満面の笑みでサムズアップをした数秒後、屋敷内から悲鳴が聞こえた。坂部の悲鳴だった。さらに足音が響いたと思うと、坂部が葵の手を引いたまま、屋敷の入口から出てきた。出口は別なので、途中で引き返してきたのだろう。友井は「案外早かったな……。最初のお化けのところで引き返したんだな」 と呟くように言った。

「な、なんだ最近のお化け屋敷は……! 気合い入れすぎだろう」 坂部は顔面蒼白になっているが、対照的に葵は平然としていた。

「ちょっと坂部くん、なんで引き返すのよ、先に進みなさいよ」 と葵は不満そうな顔をしている。

「いや、ちょっとあれは無理です。心臓止まりそう。ヤバい。他のところ行きましょう」

「あたし、お化け屋敷は楽しみにしてたんだけど」

「ちょ、ちょっと僕には無理かも……」 


 そこまで怖がらせるとは、中の連中いったい何をしたんだ、と孝は内心引いた。


「それなら、もういいです」 ときっぱり言うと、葵は坂部の手を振り払い、廊下からお化け屋敷入口に戻ってきた。そのまま一人で入ろうとして、立ち止まり、孝と目を合わせた。「一人で入るのも微妙だし……。緒方、一緒にどうかな?」

「え、でもおれ受付だし……」

「いいから行って来い!」 大声を出した友井に背中を押され、孝は入口の前に立たされた。

「いいよね? 行こう!」 と葵は孝の手を掴んで入口に向かっていった。


 孝は葵の手が震えていることに気づいた。「さっきの、そんなに怖かったのか?」


「うん」 と葵は暗闇を進みながら答えた。「でも、それがいいの。ホラー映画とかも、怖いもの見たさというか、そういうので見ちゃうのよね」

「へ、へぇ」

「でも、緒方は自分のクラスだし、仕掛け知ってるから怖くないでしょ?」

「小道具なんかは作ったけどな。でも、お化けのメイクは見てないな……っておわっ!」

 

 暗闇から女のゾンビが現れた。血まみれ、手には斧。メイクが巧く、クラスメイトの誰か分からない。


「あれ〜見たことある顔だと思ったら、緒方じゃない〜」 ゾンビの声は、宗像杏子だった。斧を振り上げる動作をする。照明とBGMも巧妙で、不気味さが際立っていた。

「こ、こわい!」 葵は足早に順路を進む。


 その後も、メイクの巧いゾンビやクリーチャーに驚かされながら進んでいった。確かに、あのクオリティなら耐性の低い人は逃げ出すかもしれないな、と孝は思った。

 終盤に差し掛かったころ、お化け屋敷に絶叫が響いた。





「いやー、最後のは良かったね!」 杏子は満足そうな笑顔で炭酸を呷る。クラスの打ち上げが、坂ヶ丘高校近くの焼肉屋で行われていた。

「十人以上で同時に襲ってくるとは……」 孝は焼けたカルビを頬張る。

「あれは楽しかったな」 と山崎。

「良い写真も撮れたし」 

「写真なんて撮ってたのか!?」

「そうよ」 杏子はニヤリと笑った。「欲しい人には出口でデータあげてたのよ。緒方のも今送るし、中原さんにも送ってあげてね〜」 杏子からメールで送られてきた写真は、手の込んだゾンビと、泣きそうな顔で驚く葵と、マヌケな表情で驚いている孝の写真だった。孝は無言でその写真を端末に保存した。間違っても葵には送るまい。

 こうして、文化祭は終了した。

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