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高校戦争  作者: 波島祐一
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第一話:SDF

 最初に感じたのは、鼻をつく硝煙の臭いだった。続いて身体のあちこちに激痛が突き抜け、少年は呻きながら両目を開いた。視界に飛び込んできたのは、床に放り出された自分のMP5 短機関銃(サブマシンガン)と、散らばった多数の空薬莢だった。

 少年は痛みに耐えながら体を起こし、周囲を見回した。ひっくり返った机や椅子、散乱したガラス片、無数の弾痕をつけた壁。見慣れた教室とは思えないほど荒廃した光景だった。

 距離は遠いが、まだ複数の銃声が響いている。少年は立ち上がろうとして、右の太腿を襲った激痛に再び転倒した。かなり出血していた。ガラス片で切ったか、銃創か。

 みんなはどこだ。状況はどうなってる……!


(……こちらアルファ・リーダー。誰か応……せよ) 耳を塞がない骨伝導式のイヤホンに通信が入った。


 戦闘で故障したのか、ノイズがひどい。少年はインカムを軽く叩きながら、吹き込んだ。


「こちら緒方(おがた)。アルファ・リーダー聞こえますか!?」

(……ちらアル……ダー。……か応答……)


 ノイズと銃声で聞き取れない。すると、階段を昇ってくる複数の足音が聞こえた。

 統率の取れていない足音は、少年の仲間たちのものではない。少年は舌打ちして、床を這いつくばりながら教室の出入口まで移動した。MP5のセレクターをフルオートに入れ、階段の方に向けて構える。黒い人影が見えた瞬間、少年はトリガーを引いた。フルオートで銃口から吐き出された九ミリ弱装弾が足に命中し、人影は昏倒した。

 倒れた仲間を引きずろうとして視界に入った手に照準をつけ、再びトリガーを引いたが、弾は出なかった。少年は反射的に壁に身を隠す。空になった弾倉を抜くと、反撃の銃弾がすぐそばを通過していった。

 新しい弾倉を装着したMP5を構え直そうとした瞬間、少年は視界に入った黒い物体に身体を硬直させた。

 ゴト、と重い音を立てて目前に転がったそれは、安全ピンの抜かれた破砕手榴弾だった。慌てて物陰に隠れようとしたが、足を負傷した少年にはその時間がなかった。

 死ぬのか。この学校を守るのが任務なのに、それすら果たせずに。

 最後の一瞬、イヤホンに自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。


 (緒方!)


 叫び声を上げる間もなく、少年は圧倒的な力の洗礼を浴びた。




 

 治安が悪化していった日本。未成年者の犯罪を抑止すべく、その日常行動を制限する『未成年非行防止法』が成立した。

 しかし、それに猛反発した未成年者によるデモや暴動が全国で起き、次第にエスカレートしていった。

 ついに、関東地方のとある公立高校が、未成年非行防止法に反対するFDT(Freedom Defense Team)を名乗る在校生三十五名によって占拠されるという前代未聞の事件が起きた。説得に向かった警察官三名が射殺され、しびれを切らした警察は特殊部隊でこれを鎮圧。FDTは大量の武器弾薬を所持して籠城しており、銃撃戦の結果、数十名の死傷者を出す結果となった。

 この事件を皮切りに、FDTは構成員を爆発的に増やし、強力な武器をもって事件を起こすようになった。

 もはや、警察の対処能力を超えていた。FDTは高校生が主な構成員となっていたため、その対抗組織として、高校に治安維持組織・学校防衛隊:SDF(School Defense Force)が設立された。SDFは上級幹部を除いて、志願高校生によって構成される。隊員は準司法警察職員としての権限と武器を与えられ、高校の治安維持任務に就くこととなった。

 そして、学校を守ろうとするSDFと、自由を守ろうとするFDTの学生抗争は激化の一途を辿った。



※ 



「えー、そういうわけでこの直線の方程式1は、この方程式2と四十五度で交わるわけだ。……続いて第二問は、素直に公式を利用して、数値を代入すれば簡単だ。じゃあ解いてみて」


 六月二十九日、午後一時三十分――五時限目、数学。緒方(たかし)は、教師に見えないよう(うつむ)いて 欠伸(あくび)をした。昼休み後、すなわち昼食後の五時限目というのは、最も眠くなる時間だ。孝は最後列の窓際の座席なので、教室をおおむね見渡せるが、すでに机にうずくまっているクラスメイトが数人見える。

 この 坂ヶ丘(さかがおか)高校に入学して、二ヶ月と少しが経った。県内でも有数の進学校だが、生真面目な生徒ばかりではなく、昼寝している生徒、机の影で携帯電話を弄っている生徒、ノートに落書きをしている生徒も当然のようにいる。

 ここ数日、孝は睡眠不足だった。ついさっき眠気覚ましのコーヒーを飲んだが、授業開始からたった三十分でここまで(まぶた)が重いとは。孝は軽くため息をつき、黒板に目を戻した。



「やっと終わったなぁ、緒方」 授業終了を告げるチャイムが鳴った直後、クラスメイトの 山崎(やまざき) 雄二(ゆうじ)が話し掛けてきた。

「山崎、さっき授業中携帯で何してたんだ?」

「ああ、ゲームだよ。野球の」

「おまえらしいな」


 山崎は無類のスポーツ好きで、バスケ部に所属している。小学校・中学校ともに孝と同じで、親友と呼べる間柄だ。山崎の中学時代のアダ名は『怠ける天才』だった。勉強と運動の両方とも優れた成績ながらも、性格が怠け者なためについた、本人曰く「嬉しくもない」アダ名らしい。


「次は古典か。うわ、小テストあるんだった! じゃまた後で」 山崎は足早に自分の机に戻っていった。


 高校に入って一年目から同じクラスとは、いったい何の腐れ縁なのか。孝は机に頬杖をつき、窓の外を眺めた。緑が美しい山々が見える。良い天気だ。


「緒方くん」

「ん?」


 突然声を掛けられ、孝は室内に視線を戻した。すぐ横に、クラス委員長の内田美菜(うちだみな)が立っていた。まだほとんど話したことのない女子生徒。開けた窓から入った風が、肩までの長さの髪を揺らしていた。美人というよりは、愛玩動物のようなイメージの容姿か。自然な笑みで口を開く。「緒方くんって、SDFなんだよね?」


「……制服で、一目瞭然なはずだけど」

「うん。そうだよね」


 SDF隊員は全員、専用の制服を着用することが義務づけられている。基本は白のカッターシャツに紺のスラックスと普通の制服と同じだが、襟の階級章、左胸のSDF章、さらに腰のホルスターに収まった自動拳銃(オートマチック)が、他の生徒との明確な相違点だ。


「緒方くんは、その……戦闘とか怖くないの?」 彼女は微笑みを消して、真顔で訊いてきた。

「そりゃまぁ、怖いけど。でも、撃ち合うのは弱装弾だし、よほどのことが無ければ死にもしないよ」

「どうしてSDFに志願したの?」

「……特に入りたい部活もなかったから、かな」 本当の志願理由は違うが、ほとんど初対面の人間に話す気になれる理由ではなかった。

「そっか……」 美菜は窓に視線を向けた。「ちょっと気になっちゃって」 


 授業開始のチャイムが鳴った。


「じゃあ、またね」 そう言うと、美菜は自分の席に戻っていった。





 放課後。ほとんどの生徒は各々の所属する部活動に向かう。だがグラウンドには、部活動以外の目的で集合している生徒たちがいた。黒色の戦闘服とタクティカルブーツを着用した生徒たちは、全員SDFの隊員だ。学校での暴動や襲撃に備えるSDFの普段の任務は、学校の警備と訓練がほとんどだ。SDF隊員には国から俸給が支払われる。危険な任務や夜勤では手当がつく。不況が続く昨今、家計を助けるためにSDFに入る生徒は少なくない。一般的なアルバイトよりも高額を稼ぐことが可能なため、SDF入隊試験の倍率は年々高くなっているらしい。

 坂ヶ丘高校の場合、総生徒数は約千人のうち、SDF隊員は七十名程度となっている。SSTと呼ばれる特殊部隊がそのうち十名ほどで、残りの六十名は普通部隊と呼ばれる。普通部隊は三つの小隊に分けられ、小隊ごとに訓練及び警備のローテーションを組んでいる。

 孝は普通部隊第二小隊に所属している。階級は二等学士。四月の入隊と同時に三等学士に任官され、二ヶ月間の初期教育を終えると自動的に二等学士に昇進する。その後は各種試験や勤務成績などによりそれぞれ昇進していくことになる。

 今、グラウンドに集合しているのは第二小隊の十九名だった。

 点呼が完了し、三年生で小隊長の 斉木(さいき) 洋介(ようすけ)三等学尉が指示を出す。「グラウンド十周。かかれ!」

 十九名が一斉に走り出す。一周四百メートルのランニングコースが十周で、合計四キロメートルの持久走だ。敵対組織であるFDTとの戦闘には、基礎体力は欠かせない。SDFは訓練が厳しいことでも有名で、どの運動部よりもハードだ。

 体力錬成が終わると、射撃訓練に入る。校舎に隣接しているSDF棟に行き、武器庫で銃と弾を受け取った。

 今回訓練を行う銃は、SDFの 主力火器(メインウェポン)であるMP5-A5サブマシンガン。拳銃だけでは対応できない場合に使用する。弾薬は拳銃と同じ九ミリ弱装弾だが、より精密な射撃が可能で、フルオート射撃もできる。

 十九名は射撃場に移動した。射撃場は、グラウンドの横に設置されており、運動部の部室棟に隣接している。コンクリートに囲まれたシューティングレンジで、標的として鉄製プレートがぶら下がっており、命中すると心地よい音が鳴る。ブースは五名分で、順番に訓練を行う。

 孝は射撃位置に立った。


「マガジン装填!」 斉木が指示する。


 孝はMP5にマガジンを装着した。


「初弾装填」


 コッキングレバーを引き、初弾を 薬室(チャンバー)に送る。


「セレクターをセミオートに入れて、構え」


 安全装置を解除し、銃床ストックを肩に当て、アイアンサイトを覗く。二十メートル先のターゲットプレートに照準をつけた。


()っ!」


 トリガーを引く。

 乾いた発砲音と共に肩に 反動(リコイルショック)が伝わり、空薬莢が宙を舞う。

 セミオートで十発撃ってから、連射に移る。セレクターを 連射(フルオート)に入れて再びトリガーを引いた。

 連続した発砲音が響き、リコイルで銃身が跳ね上がる。

 セミオートではそこそこ命中するようになったが、フルオートではほとんど当たらない。これが上級者になると、フルオートでも弾着を揃えられるらしい。反動の少ない弱装弾ならではの芸当だが。

 数回トリガーを引くと、弾切れになった。孝はマガジンを抜き、チャンバーに残弾がないことを確認して次の隊員と交代した。

 基本的に、一度の訓練で撃つのは三十発のみ。射撃訓練の後はMP5の簡易メンテナンスを行い、その日の訓練は終了した。





 SDF棟で制服に着替え、学校から出たのは午後七時半だった。この時間になると部活も終わり、ほとんどの生徒は帰路についている。

 校門を出て、孝はひとり暮らしをしているマンションへ向かう。歩いて十分ほどの近場だ。夕食を作る気力が残っていなかったので、コンビニで夕食を調達して帰った。

 マンションに帰ると、すぐシャワーを浴びた。その後、コンビニで買ったコロッケ弁当を食べ、宿題と予習を済ませ、ベッドに横たわった。疲れている。すぐ眠れそうだ。

 SDFの警備は二十四時間体制である。週に二、三回は夜間警備の当直勤務があり、学校に泊まり込みで警備にあたらなければならない。SDF棟には仮眠室やシャワー室も完備されている。

 入学して、そろそろ三ヶ月。今の所は、至って平穏な日々が続いていた……。

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