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最後の竜使い  作者: ヲトオ シゲル
夜の竜と魔女
8/15

本意と不本意。






布で軽くパンを包むと、おばあはレイルークにその包みを放り投げる。


なんとか落とさずに受け取って、食べものを投げるなんて、と顔をしかめておばあを見た。


「ほらほらルーク。ぼんやりしている暇があるのか? 急がないと追い付けなくなるよ」

「え? なん、なに?」

「畑仕事中に、村の囲いの外側を歩いているお嬢さんがいたねぇ。そういえばお前と同じような色のものを着ていたよ。ちょっと違うかね……黒だったかな?」

「おば! どうしてもっと早く言ってくれないんだよ!」


叫びながら、もう足は出入り口の方に向かって走っていた。


扉を開けると奥から行っておいでと大きな声が聞こえてくる。


「行ってきます! またね、おばあ!」


同じ大きさの声で返事をして、レイルークは家の前の石段を飛んで下りた。






ふもとの村からは一本道で次の町に繋がっている。


そこまでなら、村には無いものを手に入れるために何度も行ったことがある。


その町からは道が三つに分かれているから、どうにかその前にコーニエルに追い付かないと、探すことが困難になる。



町を素通りするのだろうか、何かを手に入れるために店に立ち寄るのか。

それとも宿に入るだろうか。


難しく考える割に、レイルークは『こっちにいるような気がする』で行動していた。


町の中で細い路地を見ても、通りに並ぶ店を見ても、そこにコーニエルがいる姿を想像できない。


そんな匂いがしない、といった方が感覚が近い。



町の中心になる広場、そこに続く通りはそれなりに人がいて賑やかだが、ルークはよく見もせずに通り過ぎる。


本当ならば探し回らなくては見付かるはずもないのに、そうしている間にどんどん差が広がっていく気がした。


気分と早まる足に任せて進むと、町の中心から外れた所で、思いの外あっさりと、目的の後ろ姿を見付ける。


「コーニエル!」


一度足をぴたりと止めた後、コーニエルはまた、何も無かった様に歩き出した。


レイルークがその背中まで追い付いて、くるりと前まで回り、コーニエルの顔を見ながら、後ろ向きに歩く。


「良かった! このまま追い付けなかったら大変だなって思ってたんだ」

「何の用だ、竜殺し」

「俺の名前はレイルークだよ」

「知っている」

「じゃあ、名前を呼んでよ」

「何の用か、と聞いたんだ」

「君と一緒に居ると決めて」

「なに?」

「だから、君が行く所へ付いていこうって」

「……放っておいてくれ」

「コーニエルが好きなんだ!」

「……あなたは勘違いしている」

「え?」

「あなたのそれは、執着だ……それを好意に勘違いしている」

「執着って?」

「竜殺しが竜を見て、関わる者を殺したくて」

「関係ない!」


レイルークの勢いに足を止められ、両方の肩に置かれた手に阻まれて、前に進めない。


コーニエルは眉間にしわを寄せ、このどうしようもなく自分を曲げようとしない勝手な男に、人の尊厳を無視する程の魔術を叩き込んでやることにした。


口の中で呪を紡ぎ、外套の中にある手で印を編む。


「関係……なくはないけど、違うんだ。どう説明したらいいのか、思い付かないけど。君を好きな気持ちと、竜殺しなのは別のことなんだ。ごちゃごちゃだけど、混ざり合ってない……っていうか……」

レイルーク(・・・・・)


今までとは違う感じに聞こえた自分の名前に、何かと少しだけ首を傾げた。


返事をしようと口を開きかけたとき、白くて小さな手のひらが、とん、と胸の上に置かれた。


その手を伝って腕から肩を見て、目線はコーニエルの顔にいく。


「……なに? コーニエル」


コーニエルは盛大に舌打ちをして、周りの人々が振り向くほどの大声で悪態を垂れた。



使うのは人でなしにだけだよと教えてもらい、自分の中では禁忌の部類に入っている魔術を打ち込もうとした。

それが自分の手とレイルークの間でふと解けて、煙のように搔き消えるのをつぶさにこの目で見てしまった。


やはり竜殺しには術は効かないのかと奥歯を噛みしめる。


「ダメだよ、女の子がそんな言葉使っちゃ」


困ったような顔で笑っているレイルークに苛立って仕様がない。


「……へらへらするな、腹立たしい」

「だって。コーニエルが俺の名前を呼んでくれたんだ。それに、きれいな人が汚い言葉を使うなんて」

「それがなんだ」

「なんだか……ごほうびをもらったみたいだ」

「さっさと山に帰れ、変態め」

「いやだよ」


刃を突き立てた腹に下から拳を打ち込んで、痛みに体を折り曲げたレイルークの襟元を掴んで、そのまま町の外れまで引っ張って歩いた。


レイルークはコーニエルにされるがままに、体を低くした状態で付いていく。





町を出て、先にはゆるく波打つ草原と、遠く見えているこんもりとした森しかない所まで来ると、エルは放り投げるように手を離した。


そこに座れと、両手を腰に置く。


ルークがその場で膝を着いて腰を下ろしたのを確認してから、ゆっくりと呼吸をして、静かに話を始めた。


「……私は旅をしている」

「はい」

「やらなくてはいけないことがある」


見下ろしている真剣な顔は、話を聴き逃すまいと姿勢を正して頷いた。


「私になんの得がある。足しになるどころか、邪魔にしかならないのに」

「助けになるよ! 何ができるかは、分からないけど……役に立つよ!」

「人にも会う、竜にも」

「竜にも……」

「その度に私は殺されかけないといけないのか? それとも竜を殺そうとするあなたを、私が殺すのか?」



胸を引き毟られる気がした。

絶対にそんな恐ろしいことはしたくないし、二度とあんな思いを味わいたくない。



有り得ないと言い切りたいのに、絶対に無いとはどうしても言えない。



自分が自分で無くなることを止められると、今言えば嘘になるから、どうしたって言えない。


「私が好きだと言った」

「……うん! だから!」

「だったら私のことを考えてくれ。私の為に、引いて下さい。お願いします」

「やめて、止めてよ。頭を下げないで」


小さくなっているコーニエルが、今にも幻みたいにどこかに消えてしまいそうな気がして、気が付いた時には立ち上がり、正面から抱きしめていた。



何も考えずに取った行動が、エルを傷付けなくて良かったと息を吐いた。



そうだ、こんな事すらどうなるか分からないほど、自分を信用できない。



コーニエルは間違ったことはひとつも言っていない。


竜と会ったらどうなるのか、自分でも分からない。


ここまで真摯にお願いをされて、相手を思いやれない奴だと思われたくない。


大事な人の願いは叶えたい。




それでも。

でも、と大きな声で心が叫んでいる。



このまま離れたくない、一緒にいたい。

その気持ちは何と言われても変わらない。

確実にそれだけは、間違いなく在る。



ここで引いてしまえば、自分が自分で無くなってしまう。




それは死んでいるのと同じことだ。






「コーニエルがそこまで言うなら……」

「分かってくれたか」

「コーニエルが人と会っている間や、竜と会っている間は、俺、遠くに離れておくよ!」

「……うん?」

「旅の間だけでも一緒に居させて。護衛になるよ、疲れたら君を抱えて運んだっていい。食事も作るよ、洗濯も得意だし……」

「ま、て……待て。今までの私の話を聞いていなかったのか」

「聞いたよ。それで、たくさん考えた」

「……勝手なことを言っている自覚はあるのか」

「ある! でも、気持ちは変わらない」


コーニエルが離れろともごもご動いたので解放すると、後ろに数歩ほど下がって、額に手を持っていった。


眉間に寄ったしわの形が跡になってしまわないかと、ルークは心配になる。


「コーニエルも俺の気持ちを考えないで、自分を曲げようとしないから、おあいこだと思うんだ」

「……なんなんだ」


心底疲れた様子で、へなへなとその場に座り込んだコーニエルを見て、ついついかわいいなと思ってしまう。


今までとてもしっかりした人だと思っていたのに、違う一面を発見した気がして、レイルークはにこにこしながら捩れていく。




何とか気を取り直して、コーニエルと目が合うように、レイルークも地面に両方の膝を着けた。




「こうしようよ。次に誰かと会うまでの間に、俺が役に立てるかどうか、みてみてよ。それから、先のことを考えることにしよう」

「……なぜ同行が決定で話が進む」

「だって俺も君も折れないよ。……いつまでもここでこうしてるの?」

「どうして私の旅をあなたが左右する」

「そんなつもりはないよ。でもふたりで行くんだ、きちんと決まりを作ろう? 何が良いかな……食事と洗濯は任せて! あと……」

「だから!」


ここでまた意地を張ったら、折れないふたりの話は平行線のまま、本当にいつまでもここでこうしていることになりそうだ。


コーニエルはレイルークに向けて、片方の手のひらを突き出した。


「……ちょっと待て、考えさせてくれ」

「うん。それが良いね、そうして?」



相手の勢いに飲まれない為に、自分を落ち着けようと、コーニエルはまず、座り方を変えた。


胡座をかいて大きく息を吸って吐き出し、足に肘を突いて両手で顔を覆う。


考え事をする時はいつものようにしないと纏まらない。







まず、いくつか妥協しなくてはならないのかと、不本意に不本意と不本意を不本意ながら重ねて考えた。









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