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最後の竜使い  作者: ヲトオ シゲル
夜の竜と魔女
5/15

貸しと借り。






レイルークが口に物を詰めたままで、もごもごと何か言ったようだが、今ひとつよく分からない。

きっと無茶を言うなとか、そんな内容だろうと捉えておく。


7回ほど繰り返して、傷の端までを閉じた。

一番端は間隔を少し開けておく。

もし膿んでしまった時に、そこから膿を出す為だと、師匠から随分昔に聞いたことがある。


腕や足なら何度か縫ったことはあった。

が、コーニエルは膿んだことがないので、本当かどうかは知らない。


そもそも殺そうとしてきた相手にここまでしたのだから、これ以上 気を使う必要は無いはずだ。


「新しい布はどこだ、腹を縛れるようなものがいい」


まだ口にシャツを詰めたままで何かを言ったので、引っ張り出してやる。


「部屋を出て右手に行ったら、二番目の扉に……」

「……面倒。取っておいで」


足の上から降りて通りやすいように道を開けると、レイルークは起き上がってふらふらと部屋を出て行った。



窓の外はもう白んで、今にも地上に朝日が顔を出しそうだった。



戻ってこようとするのを扉の前で待ち構えて、そのまま水を使える場所に案内を頼んだ。


流石に他人の家を、案内もなしにあちこち行きたくはない。

家の中で水が勢い良く流れるのは台所だけだと言われたので、食器を洗う場所で手に着いた血をきれいに洗い流した。


コーニエルのすぐ横に立ったレイルークが、何かあまりきれいそうに見えない布で腹の血を落としている。


「それは何に使う布だ」

「机とか、その辺を拭く……」

「……そうか」


この家で何か拭くものを借りるのは止めようと決めて、コーニエルは自分の服に濡れた手を擦り付けて乾かした。


新しい布をきつく腹に巻き付け、ひと仕事終えたと肩から力を抜いた。


「……これで貸し借り無しに」

「それは無理だよ」

「なぜだ」

「だって俺は君を……その、死なせかけた」

「私も殺そうとした」

「でも傷を塗ってくれた」

「こちらも手当てを」

「それは当然だよ!」

「……名前はなんと言った」

「レイルークだよ」

「レイルーク……」

「ルークって呼んで」

レイルーク(・・・・・)


どうにも会話は平行線のような気しかしない。


面倒になったので、名前の中に呪を織り込んで、人差し指の先に印を編んでレイルークの眉間をとんと突いた。


人の意思を少し逸らせる程度の軽い縛り。


貸し借りは無しに(・・・・・・・・)

「……だからそんなの無理だよ、あと……ルークって呼んで欲しい」


にこにこくねくねレイルークは捩れている。


効いていないのはレイルークに流れる血の所為なのかも知れない。

でもそれをいちいち試すのも面倒なので、コーニエルは早々に宗旨替えすることにした。


「じゃあもう借りでいい」


さらににこにこと機嫌良さそうにレイルークは頷いて、コーニエルはさっさとこの借りを消化しようと頭を働かせた。


「……レイルーク、さっきの蜂蜜に入っていた草はあるか」

「うん、あると思う」

「取っておいで、私の為に」

「わかったよ!」


くるりと方向を変えると、レイルークは台所を出て行った。

いつまでもばたばたと足音が聞こえ、それは止まることはなくそのまま戻ってくる。


棒を投げたら拾ってくる犬のようだと思う。

まぁなんて賢い犬かしらと、籠を受け取って中を覗く。


うまく乾燥させた薬草が、束になって何種類も入っていた。


「あとシャツを着てきなさい、私の為だと思って」

「待っていて、すぐ着てくるから!」


レイルークの後ろ姿を見送って、食卓の上に使えそうなものを並べていく。


宣言通りすぐにシャツを着て戻ってきたルークにあれこれ指示を出しながら、熱冷ましの煎じ薬と、化膿止めの塗り薬を作った。


使い道をひと通り説明する。





窓の外に見える空は紗のかかったような薄い水色。




働き者ならひと仕事を終えたような太陽の高さだった。


「外套と荷物を持ってきて、お願いですから」

「はい!」



目の前に並べられた自分の荷物が揃っているかを確かめて、ひとつずつ身に付けていき、最後に外套を羽織った。


コーニエルはきちんと向き合えるようにレイルークに体を向ける。


「……じゃあ、これで」

「え?」

「さようなら」

「どうして、俺まだ……」

「私の望みをたくさん叶えた。借りは無くなった。もう気にするな」

「でもそれは、薬を作る為だったから……むしろ俺に借りが増えた」

「私が作りたくて満足する為に作った。あなたの為ではない」

「君は! なんて……素敵な心の持ち主なんだ!」


コーニエルは目を閉じて、思い切り顔を顰める。


同じ言葉を話しているはずなのに、ひとつも通じている気がしない。


「もういい。借りだと思っているのならそのままでも構わない。さようなら」

「待って!」


出入り口へ向かう背に向けて、咄嗟に出かけた手を止める。


思わず出た手が彼女に危害を加えるのではないかと、レイルークは急に恐ろしくなった。


手のひらの中にはまだ、首を締め上げた時の生々しい感触が残っている。


それでも自分のものより小さな手や、柔らかそうな長い髪に触れてみたい。


光の加減で変わる瞳の色をいつまでも見つめていたい。


麓の村にもかわいいなと思う女の子はいたけれど、心の底からきれいだと思ったのは、コーニエルが始めてだった。


このままさようならなんて、考えられない。


「ね……もう少し休んでいきなよ」

「充分休んだ」

「二日も眠ったままだったんだよ、お腹も空いてるでしょ?」

「平気」

「いつ目が覚めても大丈夫なように、スープを作ったんだ。美味しいから」

「話を聞いているか、私は要らないと言ったんだ」

「責任を取りたいんだ!」

「軽々しくその言葉を口にするな」

「軽々しくなんて言ってない。君が眠っている間ずっと考えてたんだ。こんな事をしてしまった俺を許してもらえるまで、何でもしようって」

「許す……これで責任は無くなった」

「それじゃあ俺の気が済まない」

「あなたの気分なんて知ったことか。自分の気を済ませたいなら私を言い訳にしないでくれ、巻き込まれるのは迷惑だ」

「君をこのまま行かせたくないんだ」

「それは、私を殺したいからだろう」

「違う!!」


そう大きな声で否定はしたが、レイルークには間違いなくその気持ちがあった。


体中を駆け巡る血が、見失うな、離れるな、敵を屠れと叫びを上げている。


弱い者は守れと、父から何度も聞かされた。


自分より小さなコーニエルの体、儚げで朝露のように消えてしまいそうな彼女を守りたい。


女性は大切にしろと、母から何度も教えられた。


自分よりもしなやかで柔らかいコーニエルを傷付けたりしないように、大切に扱った。


やるべき時には立ち上がり、相手が何であろうと戦えと、ふたりは言った。


これまではよく分からなかったけど、今はもうはっきりと解る。


相手は自分だ。

戦うべき相手は自分の中の竜殺しの血。



相反する思いがレイルークの中で混ざり合わないまま渦を巻いている。


喉に詰まったようになっているのは心臓だと思う。そのまま吐き出してしまえば楽になれる気がする。

それほどに苦しくて、熱い。


喉も胸も引き毟って暴いてみせれば、そうすれば、コーニエルにこの気持ちが伝わるだろうか。


自分でもどうしていいのかよく分からない。


言うことを聞くかどうかも定かではない体も、ぐちゃぐちゃの心も、何もかもが正反対のことを同時に喧しく叫び声を浴びせてくる。


全部を黙らせる為に、レイルークも叫ぶ。


「俺と結婚して下さい!!」

「……………………は?」


生まれて初めての求婚は、ひと言にも満たない返事で終わった。


「何を言っているんだ俺は!!」

「それは私の言うことだ」


どこからやってくるのか知れない力が、体中、指の先の先にまでこもる。


レイルークは思うようにならない自分の言動を抑えようと、床に倒れてその辺りをごろごろと転がった。


顔に熱が集まっているから、赤くなっているはずだ。コーニエルに見られないように両手で顔を押さえる。


「違うんだ! いや、違わないけど! 今はそういう話がしたいんじゃないんだ! どうしたら君に分かってもらえるかって考えてたら、何でか!」

「……いいから落ち着け、動くな」


ぴたりと動きを止めて、コーニエルを指の間からそっと見上げる。


黒い外套から出た白い手が、すっとレイルークを指差した。


脇腹に血がじわじわと染み出して、シャツが赤く染まっていく。


「縫えば治ると思ったら大間違い」

「……はい。ごめんなさい」


ゆっくりと上半身を起こして、コーニエルの手を、壊れないように気を付けて、そっと下からすくうように自分の手に乗せる。


「お願いだから、俺の作ったごはんを食べて下さい」

「……どうかしてる」

「俺もそう思う。……でも、お願い」

「私はそのお願いを聞かなくてはならない謂れはない」

「借りを返させて」



真っ直ぐ見上げてくる目から、コーニエルは顔を逸らして舌打ちをした。


これ以上ごねたって平行線なのはきっと変わらない。


食事を出すと言っているだけ。


それで気が済むのなら、それぐらいは聞いて構わない。

あと少しだけ我慢すれば、それでさようならだ。


「まず着替えろ。血塗れの人から食事を出されたくない」

「……!! 分かったよ! 待っていて!!」


勢い良く立ち上がると、レイルークはボタンを外す手間も惜しんで、襟の後ろを掴むと、引っこ抜くようにシャツを脱いだ。


腹にあった布も解いて、後で洗濯しようと水を張っていた桶の中に放り込んで、今いる台所から、自分の部屋に走り出す。




コーニエルはゆっくり静かにため息を吐き出した。








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