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最後の竜使い  作者: ヲトオ シゲル
夜の竜と魔女
4/15

針と糸。






太い梁の影が天井でちらちらと揺れている。


光の元を辿ると、頭の上の場所にランプの端を見付けた。


頭を横に倒すと窓の枠の外側には星、下の方は白を溶かした藍色で、夜明けが近い時間かとその反対側にも頭を倒す。


質素な木の椅子に腰掛けて、一本足の小さな丸い卓に突っ伏している男の姿があった。


腕に囲われて顔は見えないが、枯れ草のような髪の色で、昼間に出会った竜殺しなのだと分かる。



どうしてここにと考える前に、何があったのかを思い出す。



それまでのへらへらした薄ら笑いが抜け落ちたと思ったら、いきなり気を違えたように竜殺しは大声を張り上げて、飛び掛かられ、両手で首を掴まれた。


コーニエルは首に手を持っていく。

そっと触れると鈍く痛んで、撫でると指先には布の感触がした。


殺そうとした相手を運ぶ意味が分からない。


気を失う前になんとか短刀を取り出して、腹の辺りを刺したのは覚えている。

その手応えも確かにあった。


腹に刃を突き立てた、素性の知れない者の手当てをする意味はなお更に分からない。


手探りで腰を探って、短刀も、それを下げていたベルトもないのを確認した。


当たり前に武器は身から離されているかと、腕から力を抜いた。


見回した範囲に目に付くものが無いから、コーニエルはゆっくりと肘を突き、体を起こして座った。


少し離れた扉の横に、自分の黒い外套が壁に引っかかっている。

その横には鞄と、ベルトもぶら下がっていた。

皮の鞘に収まった銀色の短刀の柄も見える。


武器を隠さずに見える場所にぶら下げるなんて、この男はどれだけおめでたいのかとそちらに目を向けた。


音を立てないようにゆっくりと動いて、今いる寝台から脱け出ようと床に足を下ろすと、すぐ側に靴が揃えて置いてある。


靴の中に足を入れ、踵を押し込んで踏んだところで床が鳴った。



男がぴくりと腕を動かして、頭を持ち上げる。


コーニエルの方に顔を向けると、半分しか開いていなかった目を見開いた。


「目が覚めた! ……ほん……あぁぁぁ、本当に良かったぁぁぁぁ……」


情けない顔をさらにぐしゃりと歪めると、ふらふらと椅子から立ち上がって近付いてくる。


近寄るなと声を出そうと口を開いても、掠れた声にもならない音と、息しか出てこない。


男はばっと両方の手のひらを前に突き出して、待っていてと慌てて部屋を飛び出していった。

ぱたぱたと足音が遠退いていき、すぐにまた同じ勢いで近付いてくる。


目の前まで戻ってくると、床に両膝を突いて腰を落とした。


両手にはひとつずつ陶器の器が握られて、その片方を差し出した。


「……水だよ、これ飲んで。大丈夫、何も入ってない。普通の水だから」


殺す気なら自分はとうに死んでいる。

そんなこと言われなくても、この男が危害を加える気が無いのは分かっている。


不安そうな顔で見上げてくる相手から、呆れながら器を受け取った。


貼り付いたような喉に、冷たいものが少しずつ通っていくのが心地良い。

相当に喉が渇いていたのか、水が甘く感じる。


水を飲み干すのをじっと見て、ほうと息を吐き出した。

もう片方の手にある陶器に刺さった木の棒で、中身をぐるぐるとかき混ぜる。

入っていたのは匙で、その上にはとろりとした琥珀色のものが乗っている。


「蜂蜜は好き? 食べられる? 喉に良いから」


こぼれて落ちないように、器と匙が口のすぐ前まで運ばれた。

色々と面倒だなと思いながら口を開けると、匙が入ってくる。顔を後ろに引いて端を自分の手で持った。


「……どう? 中に薬草が漬けてあるから、ちょっと変わった味がするけど、平気?」


鼻に抜けていく香りで、風邪の時に煎じて飲む草がいくつか頭に浮かぶ。

ぴりぴりと喉にしみて、煮出すよりは効果は薄いけど、効き目が無いわけでもなさそうだと頷いた。


咳払いをして声を出してみると、掠れているけど、きちんと音にはなっている。


「……どれくらい寝た、ひと晩か」

「違うよ……ふた晩……本当に……本当にごめんなさい」


項垂れて、膝の上で手を握りしめている男の前に、空の器を差し出した。


「……お水、おかわり」


はと顔を上げて、分かったと部屋を飛び出すと、さっきと同じように走って戻ってくる。

水がいっぱい入った器を受け取った。

今度は一気に飲んで空にする。


「君になんて謝ったらいいのか。……言い訳はしたくないけど、あの時、俺。なんて言うか、自分じゃ何をしているのか分からなくなって……」

「血のせいだ」

「血って?」

「竜殺しの血」

「だから俺は、竜殺しなんかじゃ……」

「竜殺しの血は子に受け継がれる……知らないのか」

「そんな、はなし……」


聞いたことが無いと声が小さくなって、最後の方は聞こえない。

床を向いて、自分の内側を見つめているような目は、またコーニエルを見返した。


「どうして逃げずに近付いた。なぜ構ってきた……思い当たるだろう」

「そんな、どうしてかなんて、分からない」

「私を殺そうとした」

「それは!」

「別に責めている訳じゃない、私も同じことをしたしな。……腹は大丈夫か」


思い出したように腹を押さえると、シャツの色が変わる。

手に感触が伝わったのか、持ち上げてみると手のひらが血で濡れていた。


「手当てをしなかったのか」

「いや、布で縛った……」

「見せろ」


レイルークの血に濡れた手を引いて立たせると、場所を入れ替わって寝台に座らせる。


シャツを捲り上げて、その下の清潔そうな布を下げた。


コーニエルは片方だけ眉を跳ね上げる。


「針と糸」

「え?」

「え、じゃない。針と糸を持ってきなさい」

「そんな、大したこと……」


腹の布を元に戻して、そこをまあまあ力強く叩いた。

腹を押さえて体を折り曲げるレイルークの襟元を掴んで、引っ張り上げ、立たせる。


「針と糸」

「う……は、はい」



レイルークは両親の寝室に行って、物入れから母の使っていた道具入れを持ち出した。

それを下げて自分の部屋に戻る。

これから何をするのかと考えると、足取りは自然と重くなる。


部屋に戻るとコーニエルは卓を寝台の脇に運んでいた。

その上にちょうどランプを置いたところだった。


ルークから道具入れを受け取ってそのまま卓の上に置いた。


中を確認して、小さな握り鋏と、糸の束を取り出して並べる。針山にある縫い針の中から、糸が通されているものを抜き取って、針先を見てから元に戻した。


ルークのシャツを剥ぎ取るように脱がせて、ぐるぐるに巻かれた腹の布をコーニエルは外していく。


「寝転んで」


渋々と寝台に上がって横になるルークの腿の上に、コーニエルは跨って膝の上に座った。


きれいに口の端を片方だけ持ち上げて、ふと笑い声を漏らす。


少しだけ首を傾げて自分を見下ろしているコーニエルに、瞳の中に映っているランプの小さな明かりに、レイルークは見惚れていた。


「立場が逆になったな……傷を縫ったことはあるのか」

「な……なう、ぐ?!」


言い切る前にコーニエルはさっき剥ぎ取ったシャツをルーク口の中に押し込んだ。


レイルークも目の前にあるボタンで、それが何なのかが分かる。

舌の上にある固いものもボタンなのかと、もごもご口を動かした。


「それでも噛んでいろ。叫んでもいいが、動くな」


コーニエルが針山から一本だけ針を取って持ち上げるのが、とてもゆっくりに見える。


自分が泣きそうな顔をしている自覚はあるし、情けない唸り声が漏れているけど。

言われた通り、動かないようにしようと体に力を入れた。


「消毒はしない。今さら遅いし、後から考える。まあ、きれいな布で腹を巻いたのは賢かったが……縫おうと思わなかったのは大馬鹿」


今まで何度もケガをしたけど、どの程度で縫わなくてはいけないのか、レイルークは知らない。


覚えている限りでは、そこまでひどい傷を負ったことはない。


それ以前に自分で自分の脇腹の具合を見るのは難しい。


血が止まるまでぎゅうぎゅうに縛っておけば、その内に治ると思っていた。



コーニエルは傷から湧き上がってくる血を、今まで腹を縛っていた布で拭って、傷を開いて深さを確認する。


臓腑までは至っていないように見えた。


刺したような手応えを感じていたけれど、指の長さほどに裂けただけだった。

いくらでも湧いて出てくる血に、太い血の道を断っているのかと考える。

これでこのまま血が止まらなければ、それはこの男の運命だし、自業自得だと、エルはそう思うことにした。



腹の端の方を引っ掛けただけかと眉をしかめる。


これまでと今との差異に修正が必要か、頭の中にある本に、短剣の稽古と書き加えた。


傷に針を通して糸を結ぶ。


レイルークは動くなと言われ、それをきっちりと守っていた。


なんなら声も上げないように我慢しているが、それがコーニエルにはやり難い。


思わず出た舌打ちに、ルークは不安そうに眉の端を下げた。


「力が入り過ぎだ。もう少し柔らかくならないのか」


自分で言った後で、そうかと納得がいく。

力があり、筋肉で覆われているから刃が思ったように通らなかったのだ。


小さく悪態を吐き出す。



コーニエルは拳を作って、傷とは反対側の腹をどんどんと叩いた。







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