魔女と竜殺し。
自分が竜殺しであることを最近知った。
知らないままならそれがルークのためだと伏せていた。
両親があえて教えなかったのはなぜなのか。
なぜ知らされないままだったのか。
イディから教えてもらって、やっと腑に落ちた。
きっと両親は、人ではないモノが嫌いな人々と、うんざりした何かがあったのだ。
そしてそれを息子に味あわせたくはなかった。
物語や年寄りの昔話で聞いた、数々の恐ろしい魔女たちの話は『人によく似た人ではないモノ』を嫌った人たちの間から生まれたのか。
こんなにも穏やかに、優しく笑うルハイディを。
大きなことを成し遂げようと、ひとりで旅を続けるコーニエルを。
忌むべき存在にして。
「あの子に初めて会ったのはいつだったっけ……もう覚えてないけど。レイルーク、あなたの二十回分は軽く生きてるからね、あの子も私も」
「にじゅ?! そんなに?」
「それ以上」
「りゅ……竜殺しも長く生きられる?」
人ではないなら、魔女も竜殺しも同じく長生きなのかと、大して考えもせずに単純に口にした。
少しでも長く同じ時間を過ごせるのかもと、ふと湧いた小さな小さな希望は、白く輝いて光って見える。
ふーんと軽く息を吐くと、イディは少し肩を竦める。
「さあね。長く生きた竜殺しなんていたかしら……むしろ普通の人よりも短い印象だけど。だって年端もいかないような小さいうちから竜に挑んでいくんだもの。割とあっけなくぱっと散っ…………っと! ほら! こういうところよ。人と滅多に関わらないから、気を遣ったりするのが下手くそなのよ」
イディは自分の顔を両手で挟んでぐりぐりすると、そのまま頭を掴んで、髪の毛をかき回した。
もしゃくしゃになっていくくるくるの赤毛が、なんだかとて軽そうに見えて、レイルークもふわと気分が軽くなる。
「……イディがそう思ってるだけだよ。あなたはとても優しい人だよ。俺にこんなに正直に話をしてくれるんだから」
「あなたの正直にあてられてるだけよ……毒みたいだわ……」
「毒って……ひどいな!」
ふはと声を上げてレイルークは笑った。
そこそこ重要な話を聞いたのに、それもあまり良くはない内容であったのに、なんだかおかしくレイルークには思える。
それがなぜなのかはレイルークにはまだ分からない。
ルークの様子を見て、イディはぱたりと両手を下ろした。
「知らないままでいた方が楽なんでしょうけどね。知りたいなら覚悟が要るわよ、レイルーク」
「……覚悟?」
「あの子は魔女よ。白い鎧の魔女。ルークがどんなに好きだと、側に居たいと言ったところで、所詮『その程度のこと』なのよ、あの子にとったら」
「……はい」
「でもルークのその気持ちは、単純だけど、とても、とても強い力になる。忘れないで」
「……分かった」
「……いい子ね。いい子ついでに、もうエルを連れて出てってくれない?」
「え? コーニエルは寝てるんでしょ?」
「うちには寝台がひとつしか無いのよ。私ももう疲れてそろそろ限界なんだけど。あなたあの子ひとり抱えられないの?」
「いや、そういう訳じゃ……」
「じゃあ連れてって」
よいしょとイディは作業台から下りた。ついて来いと頭をくいと傾ける。
ううんと心の中だけで唸って、それでもおとなしくルークはその後を追った。
奥の部屋で、寝台に横になっているコーニエルの顔は青白く、瞬時にしてあの日のことを思い出す。
慌てて駆け寄って、息があるのかと確認した。
すうすうと規則正しい寝息、薄っすらと眉間にしわが寄っているのを見て、体から力が抜けていく。
「……運んでいる間に目が覚めたらどうしよう。ここに来る前にすごく怒らせちゃったんだ。勝手なことをしたら、また怒られそうだよ」
「知らないわよそんなこと。まあ三、四日はこのままだし、起きてもしばらくはぼーっとしてるだろうから、その間にぱぱっと謝って許しを得ておきなさい」
「そんなに疲れてるの? ……それだけの対価を支払ったってこと?」
「そういうこと。私もそう。だから出てって、早く」
「あ……あ! ごめんなさい」
渡されたエルの鞄を斜めに掛けて後ろに回し、寝台からコーニエルを抱え上げる。
ルハイディは外套を上から被せると、お腹の上に短刀とベルトをぽんと乗せた。コーニエルにぎゅうぎゅうと靴を履かせる。
「疲れてたのにごめんなさい。色々と親切にしてくれてありがとう。お茶も、美味しかったよ、すごく」
「いいのよ。久々にたくさん話ができて楽しかったわ。またおいで。今度は私が疲れてない時にね」
「うん、ありがとうルハイディ」
「あなた達に良い風が吹きますように」
コーニエルごとレイルークを抱きしめると、ルハイディは一度だけ腕に力をぎゅうと込めるとすぐに離れる。
レイルークの背後に回って背中を二度叩いた。
旅人のための幸運の言葉と願いを込めた振る舞いでふたりを送り出す。
外は暖かな日差しが柔らかく降っている。
草や葉はそれを受け止めようと一心に胸を張るようだ。
森と家とのちょうど真ん中辺りでレイルークは振り返る。
扉の枠に寄りかかっていたルハイディが笑顔で手を振った。
じゃあまた、レイルークは大きな声で返す。
軽く感じるコーニエルの体を抱え直して、来た道を戻っていった。
眠ったままのコーニエルと三、四日も野営地で過ごす訳にもいかない。
ゆっくり休める場所の方が良いに決まっているから、荷物をまとめ、辺りをきれいに片付けて、森を後にする。
最寄りの町で宿を取ることにした。
自分よりも小さな手足。
細くて柔らかな髪、おだやかな寝顔。
人では無いと言われた自分も、ここで眠っているコーニエルも、なんら他の人たちと変わらないように思える。
忌むべき存在にしたがる見も知らない誰かの言葉よりも、自分の目で見て感じたコーニエルやルハイディを信じよう。
確かに自分と違う存在というのは恐ろしいものかもしれない。
知らなければその分、恐ろしさは増す。
あの夜の色をした竜もそうだった。
人よりも何倍、何十倍も長く生きるという魔女。
自分の中にある、抗いがたい感情が渦巻く、竜殺しの血。
『人とは違う、人によく似たもの』
まだ上手く整理できずに、引っ掻き回したぐちゃぐちゃの状態だ。
覚悟が要るとルハイディは言った。
知らないままでいることは、ただ引っ付いているだけの種で終わるということ。
このままだといつか朽ちて無くなって、芽を出すこともなく終わってしまう。
ただ側に居たいと意地を張っているだけでは駄目なんだ。
無責任に支えたいだの、のんきに役に立つだの、そんな考えでは、本当にエルの側に居るということにはならない。
コーニエルと共に居るに相応しい自分になるためには、知るべきことがたくさんあって、知るには覚悟が必要で。
あくびを噛み殺して、小川に釣り糸を垂れ、魚が引っかかるのを待っているのではいけない。
別に釣れなくても良いと、そう思っているような自分のままでは駄目だ。
そんなことでは本当にエルの胃に大穴が開き、ハゲ散らかってしまう。
コーニエルが目を覚ましたら、ぼんやりしている間に謝り倒す。
怒ってしまう前に許しを得ておく。
その後は色んなことを教えてもらって、自分で考えよう。
何度でも好きだと伝えよう。
後ろを付いて行くのではなく、横に立って、並んで、一緒に歩けるように。
またまた短めですみません。
次回は新章になります!!