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最後の竜使い  作者: ヲトオ シゲル
魔女と竜殺し
12/15

見えた光と見えない柵。







ひとりでいることがこんなにも精神を荒ませるものかと、時々正気(・・・・)に戻る。


両親が王城に上がって行った後でも、ここまで淋しいと思ったことはなかった。


独り言が確実に増えた。

独り言というよりは、自分がこう言えばコーニエルはきっとこう返すだろう、という気持ちの悪い遊びを繰り返していた。


森の中を走ってもやもやを発散させたり、野営地を居心地良く整えて気を紛らわせたりして、どうにかやり過ごす。



今日で三日目。


コーニエルが向かった先に顔を向けて、目を閉じて集中する。


離れていく感じも、近付いてくる感じもしない。


ずっと同じ場所にいるんだと、一日に何度もする確認を、ついさっきもしたのに、またしてしまう。





ざわと身体中の血が蠢いた。


首筋が寒くなって、背中から痺れが広がって、手足の先まで伝わっていく。


初めて竜を見たときの感覚だと思い至って、辺りを見回して、空を見上げる。

自分が今いる場所からでは、木と草しか見えない。


近くにある大きな木に手をかけて、登れる場所までするすると一気に上がっていく。


久しぶりの何にも遮られていない空。

周りを見回してもそれらしい影は無い。


それでも何かが来る感覚に、そちらの方に目をやる。


青白い光の半球が瞬きをする間もない速さで広がって、森を覆い尽くそうと、その輪がどんどん広がってくる。


向かってくる光はあっという間に自分をすり抜けて後方にいき、もう光の端がどこまで広がったのか、先が見えない。


泡の玉が膨らみ過ぎて消えるように、光はふわと解けてすぐに消えて無くなった。



ルークには突風を受けたような衝撃があったのに、周りの木々はいつも通り変わりなく、それどころか葉の一枚も揺れていない。


青白いその光が、コーニエルの作っていたアレだとすぐに分かった。

半球の中心がコーニエルのいる場所なんだとすぐに分かった。

滑る速さで木から下りて、レイルークはその場所に向かって走り出す。




どれだけ走ったのか、胸が痛くて、喉は熱く、息を吸うたびに変な音が聞こえる。

腿も腫れたように感じて、持ち上げるのが辛い。


それでも進んでいると、木々が無くなって、森にぽかりとできたような広場に走り出た。



広場の真ん中には、丸太でできた家がひとつ。


遮られずに降り注ぐ太陽の光に照らされている。


正面の上り口の階段も、小さな露台の手すりも、全てが木で造られている。

軒下には花や草が束になって、いくつも逆さに吊るされていた。


周囲はきれいに草が刈られて、小さな畑も見える。


ひと時自分の家を思い出す。

様子は変わりないだろうかと、少しだけ心配な気持ちが生まれた。


人の手できちんと整えられたこの環境に、とても恐ろしい魔術師が住んでいるとは思えない。



待っていると約束したのにも関わらず、思わずここまで来てしまった。


ぽたぽた顎の先から落ちる汗と、額にいくらでも浮き上がってくる汗を袖で拭って、荒い息を整える。


今さらながらどうするべきか、コーニエルに見つかる前にこっそり引き返そうか。

そう考えていると、正面の扉が開いて、家の中から女性が現れた。


「いつまでそこでぼんやりしてるの? 来るなら来なさい」


その女性は扉を大きく開いて、身を引くと、通り道を作って待っていた。


レイルークは言われるまま歩み寄り、家の中へと足を踏み入れる。



外から見るよりも、中はとても広く感じる。

というよりも確実に広い。別の場所に来たような気がする。


真ん中には大きな机、簡素でちょっとした引き出しが付いた作業台がある。

本や紙の束、透明な瓶がいくつも並んで、からからに乾いた草や、小さなすり鉢が積み上がっていた。


高い天井からも、外にあったのと同じような草の束がたくさんぶら下がっている。


蔦草のように細くうねっている金属の棒や、光を受けてきらきらしている小さな玻璃の板がいくつもある。


何に使うのかよく分からない様々なものが、天井や梁から吊るされていた。


奥の壁一面の棚には、蓋つきの陶器の入れ物が大小並んで、沢山の本の間にぎゅうぎゅうに詰め込まれている。


部屋は影の中に入ったような明るさで、外よりも涼しい感じがした。

喉をすうと通る少し甘いような、爽やかな草の香りで、余計にそう感じるのかなと思う。


「思ったよりも早く来たわね。まだお湯も沸いてない」


ふふと笑い声がする方向に顔を向けると、部屋の端は台所だった。

石で組まれた竃の前に、ここに招き入れてくれた女性が立っている。


「コーニエルは?」

「疲れて奥の部屋で寝ているわ」

「あなたは魔術師……魔女ですか?」

「そうね」


にこりと笑っている横顔は、子どもを頭からばりばりと食べるようには見えない。

どろどろに何かを煮溶かした大きな鍋をかき混ぜてはいないし、恐ろしい呪文で人々を苦しめようとする人にも見えない。


朝焼けのように赤い髪の毛はくるくるとして派手に見えるが、服装はコーニエルと同じように、質素であまり飾りは付いていない。


村にいる女性と変わらない格好をしている。


「俺が来るって、どうして分かったんですか?」

「あの子から色々聞いてたしね。そしたら簡単に柵をすり抜けて来るでしょ?」

「柵?」


そんなものあっただろうかと思っていると、女性が側まで歩み寄ってきて、人差し指を向け、そのままルークの額をとんと突いた。


『レイルーク』

「……なんですか?」


なぜこんなことをされたのか。

首を傾げて、突かれた額を撫でていると、女性はぶはと吹き出して笑い声を上げる。


「本当に効かないのね」

「え?」

「普通の人は私の家まで辿り着けないようになってるの。簡単に言うとね、見えない柵を立てて、向こうからはこっちが分からないようにしてあるのよ?」


見えない柵はもちろん見えなかったし、すり抜けたと言われても、何かそれらしい場所を通ってきた感覚もない。


レイルークは今度は反対側に頭を傾けた。


「竜殺しだから術が効かないのかしら。それとも、あなたが特別なのかしら。興味深いわね。いつか他の竜殺しに会ったら試してみようかしら」

「俺には魔術が効かないってことですか?」

「そうみたいね……面白いわ……今だって軽く失神させようとしたんだけど」

「ええ?! さっきの指でつついたやつ? ヒドいな!!」

「かからなかったからいいじゃない」


笑いを堪えながら竃の前に戻り、踏み台のようなものに腰掛けた。


「ああ……ごめんなさいね、気が付かなくて。適当にその辺に座って?」

「あ、じゃあこれに……」


作業台の下に入り込んでいた、丸太の輪切りに足だけ付いた、何の飾り気もない椅子を引っ張り出して、レイルークはそれに座った。


「うちにはお客なんて滅多に来ないから、ろくな椅子もないのよ」

「いえ、こちらこそ、勝手に来てしまって、すみません」

「本当ねぇ……まぁ、柵を越えられちゃうんだから、仕方ないわよねぇ」


もう一度詫びを入れると、別に気を悪くしている訳じゃないと笑って答える。


この女性もやはり物語で読んだり、年寄りから話に聞くような怪物には見えない。


「魔女さんは……ずっとここにひとりで住んでいるんですか?」

「魔女さんて……そうね。名前も言ってなかったわね。ルハイディよ。イディと呼んでも良いし、別に魔女さんでも構わないわ、レイルーク」


レイルークは頷いて、今聞いた名前を忘れないように口の中でつぶやいた。



さっき見たコーニエルの青白い光の半球と、その感覚を思い出す。

ルハイディに出会ったことから遡って、コーニエルと竜に出会った日のことを連鎖的に思い出していた。


ルハイディは立ち上がって、鉄瓶から陶器のポットにお湯を移し替えている。


蓋を閉じると、吊り戸棚から器を取り出して並べて置いた。


「イディさん……は、夜の色の竜が話していた、石の魔女ですか?」

「そうね、石の魔女は私のことね」

「コーニエルは竜から光る糸を受け取って、何かを作っていました。……イディさんがあれを? ……さっき、すごく大きく膨らんでいく光を見たんですけど」





イディは少しだけ口の端を持ち上げて、それでも視線はポットに向けたまま、寝物語を話すように優しい口調で話し始める。















姐さん気質の魔女、ルハイディ。


やっと新キャラ登場。






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