⑦わたしと甘えとはにかみと
「よ、よかったら先輩、あの、口を開けてください」
「うん」
甘い物を食べるわたしと甘えの成希先輩。和菓子屋さんの子どもということもあって、先輩はあんみつをわたしに作ってくれた。それはいいけど、先輩に食べさせているのがふつうになっているなんて、いいのかなぁ。この関係がずっと続いて、その先はどうなるんだろ? いつまでもこのままってわけにはいかないよね。そんなことを何となく思っていたら、急に真面目な感じに先輩が話しだした。
「桜月さん、あの……いつもありがとう。俺、いつも桜月さんと一緒に一緒にいられてすごく幸せで、それでその……良かったら俺と――」
――え? これって、もしかして? もしかしたら、なんて思ってたら突然、誰かに話しかけられちゃった。
「なるちゃん! もうすぐお茶の時間じゃないの? どうしてまだお店にいるの。あら? 女の子と一緒なのね。しかも常連の子じゃない! あなたのお名前は?」
「あ、わたしは一之瀬桜月です。こ、こんにちは」
「桜月ちゃん、いつもウチの三家の和菓子をひいきしてくれてありがとね。なるちゃんもスミにおけないなぁ。よかったらずっとウチのなるちゃんともども仲良く付き合ってあげてね。新作の試食も桜月ちゃんになら、させてあげるからね」
び、びっくりしたー。先輩のお母さんが声かけてくるなんて思わなかった。しかも先輩のことを「なるちゃん」だなんて、何だか可愛いな。普段は俺だなんて言ってくるけど、ホントは甘えん坊なのかな。だからわたしに甘えて来てたのかな?
「お、お母さん、何で急に声なんてかけてきたの? い、今は俺、桜月さんと」
「珍しいね、お母さんだなんて普段はママ~って呼ぶのに、それに俺って格好つけて。ふふっ、そっか~」
「い、いいから、お茶の稽古はちゃんと行くからあっちに行っててよ!」
「はいはい、桜月ちゃん。なるきをよろしくね~」
「あ、はい」
成希先輩のお母さんはそそくさと奥へ戻って行っちゃった。んん、それにしても「なるちゃん」って、ちょっとだけびっくり。
「さ、桜月さん、あの……ごめん」
「先輩が謝ることじゃないですよ~」
「でも、がっかりさせたよね? 俺、君の前や学校じゃ先輩ぶってるけど、自分の家じゃこうなんだ。俺なんて使わないし、家じゃちゃん付けで呼ばれてるし親に甘えてるんだ。最近じゃ、桜月さんにも甘えてしまってたし、それが僕の姿なんだ。僕は甘えん坊なんだ。嫌いになった?」
わたしもヒトのこと、言えないなぁ。だって、この前小学生だったんだよ? 一年や二年の違いはあるけれど、急に変わるなんてそんなの無理だよ。わたしも先輩も周りから見たら、まだ子どもだよね。ケーキ屋さんの食べさせ合いも、ポテチのあ~んも、誰もおかしいなんて思わないだろうしきっとまだ子どもがしていることなんだよ。
「わたしもそうです。だって、中学って子どもからちょっとだけ気持ちが変わっていく学校なんですよ? だから、成希先輩はそのままでいいんじゃないかなぁって思います。わたし、先輩が甘えて来るの、好きでしたし……ちっとも嫌じゃなくて、先輩のはずなのにわたしがお姉さんになった気がして、それがすごくドキドキしたんです。嫌いになんてなれないですよ」
これがもっと年の離れた年上の先輩とかだったらもしかしたら、無理かなって思ったけど、成希先輩優しいし、わたしが甘い物を食べてる時に褒めてくれるし、だからわたしは先輩と一緒がいいなぁ。
「先輩はそのままでいいと思います。せんぱい、わたしがどんなに甘い物を口にしててもいつも笑顔だし、喜んでくれてて、それがなんだか嬉しくて安心して、他の男子なんかはわたしがおはぎを頬張ってるだけで引いてるんですよ? それって、わたしは悲しい気持ちになるんです。だけど、せんぱいはそうじゃなくて、えっと……もっともっと甘えてください~」
「はは、あ、いや……」
「そ、それにその、せんぱいのその、はにかんだ笑顔がいいなぁっていつも思ってて……」
「桜月ちゃん……」
「あ、そうだ」
ガサゴソと自分のカバンの中を探して取り出したのは、後で食べようとしてたマシュマロ。
「それは?」
「せんぱい、口開けてください」
「ん~……んん? ふわふわしてて甘いけど、これ、マシュマロ?」
「ですです! 美味しいですよね。わたしも先輩がこうやって食べてるの見るの、いいなぁって思います。だから、これからも一緒に甘い物を食べたり、食べさせてもらったり……いいですか~?」
「そ……そうだね、うん。喜んで! と言うか、桜月ちゃんと仲良くなれて嬉しいよ」
「わたしもです」
甘い物好きでお店に通ってたら出会えた成希先輩。ここまで仲良くなれたのも、先輩がわたしに優しく照れくさそうに笑顔を見せてくれたからなんだよね。この気持ちは、まだよく分からないけれど、でも多分もっと長くいられて学年も上がったら、これが恋の始まりなんだって分かるかもしれない。
だからもっと、先輩と一緒に甘い物を食べたい。そうしたら、わたしもきちんと言葉で伝えられるかもしれない。
「成希先輩、これからもわたしと一緒に甘い物を食べてもらっていいですか?」
「うん、もちろん。僕は桜月ちゃんとだからいいんだ。そしたらいつかきっと――」
何となく先輩も出かかってる言葉と気持ちかもしれないけど、まだ今はこのままで。甘い物の甘さと恋って比例しないって言うし、そんなことないですって言えたらその時はわたしから伝えますね、せんぱい。