SS32 「週明けのゲーム」
サイコロなら1から6。トランプなら1から13が4セット。ルーレットのヨーロピアンスタイルなら37区分。賭け事とはそれらの数字に賭けることであり、当てることだ。
道具に金を賭ける必要はない。象牙のサイコロが手に入るならば、それはいいことだが、賭ける金がなければ、それを売って賭ければいい。立方体に数字さえ書けば立派なサイコロだ。昔はさいころ型の箱に入ったキャラメルがあった。小学校の頃に良く買った。そして、中身を友達と賭けた。
田所から電話が来たのは、何もかも最悪な月曜日の通勤途中だった。お互いに車で30分。同じ工場に勤めてはいるが仕事中は会話をしない。仕事が終わった後や休みの日も、一緒に飲んだりしない。ただ、同じ所でよく出会うだけだ。組んでゲームをすることは多いが、初対面同士を装っている。その方が勝てるし、会話をする必要もない。
ただ、何故だか月曜日の朝に電話を賭けて来る。
「最悪だ」
「負けたのか?」
そのとおりだが、それを口に出すとないツキが更に逃げる。俺は車の外に目を向けた。
ちょうど信号待ちの交差点横の茂みに黒い影があった。
「ちげえよ。タヌキが死んでいるんだよ」
「車に轢かれたのか。最近多いな」
それからしばらく無言だった。いつだってそうだ。田所が賭けてきて、俺が受ける。でも、何かを交わすわけじゃない。するとすれば・・・・・・。
「賭けないか?」
「何を?」
「こっちも動物が死んでいるのを見た。イタチだ。やけに死んでいるな」
「・・・・・・で?」
「賭けないか? 何匹死んでいるか。お互いに一匹ずつ見たから2匹目からだ」
警察署前の交差点から工場に着くまでだ、と田所。そこからは工場まで一本道。そこからは田所も同じ道を通る。どうやら、田所のほうが先を走っているらしい。
「でもなあ」
「負けたほうが昼飯をおごる・・・・・・どうだ?」
少し驚いた。昼飯をおごるってことは、一緒に工場の食堂に行くってことだ。職場での接触はお互いに避けてきたのに。
「・・・・・・2匹」
交差点から工場までは山道で15分程度。多く見積もっても、これくらいだろう。普通なら一匹死んでいても多いくらいだ。
「なるほど。じゃあ、俺は5匹だ」
「流石に、そんなに死んでねえだろう」
「どうかな?」
田所が猫が喉を鳴らすように楽しげに笑う。こいつがこんな風に笑うって知っているのは俺だけだろう。
「負けたらA定食だ」
「それより、幾つか決めておいていいか?」
「何をだ?」
「二人とも外れた場合は無効か? それとも近い方が勝ちなのか?」
「相変わらず、細かいな・・・・・・3匹以下なら、お前。4匹以上なら俺の勝ち」
「そんなところだろうな」
こういう時の判断は早い男だ。だが、違和感があった。大体、どうしてこんな賭けをしなければならないんだ? ・・・・・・ひょっとして。
「お前、もう工場に着いているんじゃないだろうな? もう結果を知っているとか?」
だとすれば不自然な5匹という数も納得がいく。
「お前、よくそんなことを思いつくなあ。言っておくが、俺も交差点を越したばかりだ」
警察署前だから、電話を切る、と田所は言った。捕まったら困るからな、と。
「お、その前に早速一匹死んでいるぞ。これでお前が有利だな」
「・・・・・・なあ、逆にしないか?」
「あ?」
「俺が5匹。お前2匹だ」
お前も仕方のない奴だな。田所は小さく笑って同意し、電話を切った。
・・・・・・考えすぎだったか? 確かに警察署横の交差点ではヘビが轢かれて死んでいた。このままいけば、田所の勝ちだ。だが、このままで終わるとは思えなかった。案の定、しばらく行くとカラスの死体があった。これで3匹。もう一匹死んでいれば、俺の勝ちだ。
しかし、工場近くまで来ても、死んだ動物はそれ以上見つからなかった。
・・・・・・オイ、本当に何もないのか?
田所は本当に他愛のない賭けをしたのか? 負けても勝ってもどうでもいい賭けを?
軽く話のネタでも作って、一緒に昼飯でも食おうっていうのか? 友人同士みたいに?
車は工場の駐車場に入った。混乱していても、いつもと同じ経路を辿る。
角に田所の車があり、その横に田所が立っていた。何やら上機嫌で俺に手を振っている。
「A定食、おごれよ」
田所は言った。昔からの友達かのように。
俺はハンドルを切り、アクセルを踏んだ。
・・・・・・これで4匹だ。