気に入らない
煙草の吸い方が気に入らない、と言われた。
しかし日本酒に浸った目元は緩み、薄い笑みを浮かべた口元には猪口が運ばれていた。
「それじゃ素人丸出しだ」
愉快といった調子で大きく開かれた口から言葉が漏れる。
「煙草に素人も玄人もあるものか」
“気に入らない”と言われたことよりもその言い方が癇に障り、ふてくされるように煙を吐きかける。
そんな様子を気にも留めず、「違いねぇ」と彼は豪快に笑った。
彼とは知人だ。
“友人”という程親しい訳でもないが、酒と煙草が好きだ、という処だけ気が合った。
人並み以上に丸く大きな図体と妙に老け込んだ風貌はまるで学生には見えず、童顔の私と並ぶと親子の様に思われることもあった。
「気に入らない、と言うならあんただって酒の飲み方が汚いんだ。猪口を傾ける様にまるで風情がない」
「はっ!“お子様”にそんなこと言われたかぁないね」
大きく肉厚な手は猪口を抓むように持ち上げ、空のそれを振ってみせる。
軽口を言わせればキリがない。
とことん人をからかうのが彼の楽しみであり、欠点でもあった。
お陰で人に嫌われやすい。
彼自身は気にしている様子はないが。
座敷で胡座をかきながら刺身を口に運ぶさまは、道に入っているといった様相である。
「そもそも煙草なんか吸うんじゃねぇよ」
口に刺身を放り込み、片眉を釣り上げる。
「なんで?」
「顔に似合わねぇんだよ」
僅かに顔を私から逸らし、咀嚼の隙間から言葉を発した。
「なんであんたなんかに指図されなきゃいけないんだ」
馬鹿にするつもりでもう一本、煙草を咥え、火を付ける。
甘ったるい香りが口の中に広がり、白濁した煙が口の隙間から漏れ出る。
「けっ、気に食わねぇ」
私が煙を天井に向けて吐き出している様子を見、酒を猪口に注ぎながら吐き捨てた。
彼らしくない、子供が不貞腐れたかのような物言いだ。
「おっさん面で不貞腐れたって、可愛くないよ」
「お前がそのお口から煙出すのに比べればマシだろうが」
何かを吹っ切るように私に目線を戻し、再び酒浸りの緩んだ顔を私に向けた。
口元には諦めのような寂しさが笑みを作っていた。
ふと、彼の煙草の箱が空になっているのを見た。
分厚い手が、見えない煙草を捕まえようと虚しく空を掴む。
「吸いすぎ」
自分の煙草の箱を開け、一本差し出す。
「お前のなんかいらねぇ。甘ったるくて刺身に合わねぇ」
のっそりと重たげに腰が持ち上げられ、ずんぐりとした背中から「買ってくる」という低い声が響いた。
年齢に似合わぬ寂しさが、大きな背中に張り付いていた。