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9/9

九、

 

 その日は朝から慌ただしかった。

 晩餐会の夜から二日が過ぎていたが、王宮内は専ら王とルイーナの話題で持ちきりで、二人の婚約が正式に決まったわけでもないのに、なんとなくお祝いムードが漂っていた。それはルイーナの住む離宮でも同じことが言え、寧ろこちらの方が普段よりも人の出入りが激しく、騒々しかった。


 というのもこうなった原因はやはり、しばらく公の場に姿をみせなかったルイーナが晩餐会に出席したことにある。

 手にしたグラスの中に毒が仕込まれて以降、公の場から姿を消したルイーナは、その命が消えるのも時間の問題であると囁かれていた。

 この時婚約者候補はルイーナ一人だったため、また新たに婚約者候補の選出を一からやり直さなければならず、その選考が行われ始めたところだったが、その矢先にルイーナが奇跡的な回復を見せたことでこの件は一度たち消えになった。

 しかし目覚めたルイーナは記憶を失っており、本人の希望にもより公の場に出ることはなかったのだが、それがまた新たな噂を生んでいたらしい。


『意識を取り戻したと聞いているが、誰一人としてその姿を見たという話は聞かない。瀕死だと聞いていただけに、どうにも信じがたい話だ』

『もしかしたら、回復したというのは偽りで、すでに死んでいるのではないか』

『死んでいるとしたら、王宮にいるのは偽物か』

『どちらにせよ、新しく王妃候補を立てるべきだ』


 そんな噂が王都で流れているのだとサリーが耳にしたのは、晩餐会が開かれる前日のことだった。

 ルイーナの晩餐会への出席が急に決まったことに、どうしても腑に落ちなかったサリーは女官長を訪ね、その経緯を聞いた。

 ルイーナの体調に関しては何ら不安はなかったが、まだ記憶においては全くと言っていいほど戻っておらず、ルイーナ本人もそのことを気にしてか、肉親である侯爵にすらも会いたがらなかった。そんなルイーナに他国の王子を招いた晩餐会出席など、精神的な負担が大きすぎではないかとサリーは思った。

 本人はなぜだかやる気満々で届けられた資料に没頭しているが、一番近くで見ているサリーは心配でならなかった。

 それは女官長も同じ気持ちだったらしく、もっと時間をかけて、ゆっくり記憶を戻してもらった上でルイーナを送り出したかったと女官長は厳しい目元を細めた。

 そしてサリーはこの時初めて、王都に広まっている噂の数々を聞かされたのだ。


 要するに此度開かれた晩餐会は隣国の王子を歓迎する宴席であるということは当然ながら、それと同時にルイーナに対する噂の数々を払拭するためのものでもあったのである。


「はぁ……」


 サリーは両手に抱えた荷を見つめて、溜息を吐いた。

 ほんとに現金なものだとしみじみと思う。

 散々無責任な噂を流し、好き勝手なことばかり云ってはルイーナの存在を軽視してきたくせに、いざルイーナが健在だと分かればその手を返したかのように見舞いの品と称して大層な品々を送り付けてくる。

 なんと下品な人達だろう。

 そのあまりの変わりように、怒りを通り越して呆れてしまう。


 そしてこの贈り物合戦を引き起こしているもう一つの理由は、晩餐会の夜に王がルイーナの元へ渡ったことにある。

 これまでどんなに美麗な女性にも見向きもしなかった王が、初めて女性の元に足を向けたとあれば、おのずと期待が高まってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。しかもその相手が婚約者のルイーナであるとなれば、何の問題があるだろうか。

 王宮内はここしばらく不幸続きだったこともあり、この明るい話題は一気に広まったようだ。

 こうしてたくさんの品々がルイーナの元に届いている中でも、見舞いの品というより婚姻祝いとして贈られてきているものの方が多いのもそのせいだろう。まだ正式な発表もされていないのに、随分と気の早いことである。


「また花が増えましたね。今ので八つ目ですよ。昨日も三つ」

「それ、花束だけの数でしょ。確か他にいくつか鉢植えもあったはずだから、それ全部運んでいたらルイーナ様のお部屋はすぐにお花で埋まってしまうわ」

「でも今のルイーナ様なら、それも喜びそうだけどね」


 ふふふ、と女官達の忍び笑いが聞こえてくる。


「こっちは結構重いんですけど、一体何が入ってるんでしょう」

「中は後で纏めて確認するとして、とりあえず今は運べるだけ運んでしまいましょう。どなたからの頂き物であるかは女官長がチェックして下さってるようですし」

「はい」


 手にした荷を床に下ろしながら、サリーは女官たちと頷きあう。

 本来なら、これらの作業は全て女官たちの仕事であったが、人手不足なためにサリーも手伝っていた。

 ルイーナも今は部屋に届けられた花々がどんな種類の花なのか、そっちの方にばかり興味が湧いていて、なぜ花が増えていくのかまでは深く考えていないらしい。しまいには花を調べたいとまで言い出す始末で、サリーが書庫から借りてきた植物図鑑を手渡すと、それはもう大層な喜びようだった。

 王宮内は今ルイーナの話題で持ちきりだというのに、本人は何も知らないという不思議。

 部屋に届けられた花束の数々も、単に見舞いの花だと思っているようだ。


 ふと壁掛けの時計を見上げると、時間は思ったよりも早く経過しており、そろそろ昼の準備もしなければない時刻だった。ルイーナにもちゃんと声をかけないと、また本に夢中になりすぎて食事をおろそかにしかねないので心配だ。それでまた貧血を起こされては、またへんな噂の元になりかねない。


「ちゃんと食べてもらわなくちゃ。──私、ルイーナ様のところに行ってきます」


 サリーは近くにいた女官たちに声をかけると、ルイーナの部屋へと足を向けた。が、その必要はすぐになくなった。なぜなら、部屋の入り口でルイーナがこちらをこっそりと覗くようにして立っていたのだから。

 サリーは驚きの声を上げると同時に、ルイーナの側へと駆け寄った。


「ルイーナ様! こんなところで何をなさっているのですか!? というか、お一人で部屋を出てこられたのですか!?」

「そうだけど?」

「いけませんわルイーナ様。もしルイーナ様の身に何かあったらどうなさいます!」

「何かあったらって、すぐ隣じゃないの」


 不安を前面に繰り出すサリーとは対照的に、ルイーナはあっけらかんとして全く危機感がない。いくら記憶がないとはいえ、ルイーナは一度命を狙われている身なのだ。それも一人の時ではなく、多くの来客や厳重な警備、そしておそらくはすぐ近くに王の存在もあったはず。それでも犯人はそれら全ての目を掻い潜ってルイーナに近づいている。しかも本人に気付かれることなく毒まで仕込む周到さ。

 その犯人も未だ捕まっておらず、犯人のメボシもついていないと聞く。

 いくらここが安全な場所だとはいっても、そんな事件があっただけに絶対大丈夫とは言い切れない。

 だからたとえ一瞬でもルイーナには一人で歩いてほしくないと思うのは過保護でも何でもないと思うのだけれど、ルイーナはそんなサリーに心配しすぎだといつも言う。

 サリーとしてはもう少し危機感を持ってほしいけれど、毒を盛られたことを忘れているルイーナに、あの日を思い出させるようなことを言うのも躊躇われて、結局何も言えないのだった。


「それで、どうなさったのですか?」

「ん? うん、なんか部屋に閉じこもってるのもよくないかなーと思って来てみただけなんだけど。でもさっきから見てたら皆忙しそうだね。それにすごい量の荷物だし、誰か引っ越してくるの?」


 キョロキョロと物珍しそうに部屋を見渡しながら、そんな事を溢すルイーナに、たまたま横を通った女官がぎょっとしてこちらを見た。

 サリーもこの発言にはぎょっとしたし、前々から薄々気づいていたことだったが、やっぱりルイーナには王妃となる自覚が少し足りないと思う。

 ここに誰かが引っ越してくるということは、その人も王妃候補者なわけで、つまりはルイーナのライバルになる存在なのだ。

 今の発言はまるで、それを受け入れているかのような発言で、こんなことが外に漏れでもしたらまた議員たちが何を言い出すやら分かったもんじゃない。

 ルイーナも何を思ってそんなことを言っているのか。王宮は今、二人のお祝いムードで盛り上がっているというのに、暢気すぎるというか無関心すぎるというか。

 サリーの口から溜息が漏れた。


「いいえ。これらは全て、ルイーナ様宛ての贈品ですわ。それに、ここにはどなたもいらっしゃいませんし、これからもいらっしゃることはございません!」

「え……どうしたのサリー……なんか目が怖いよ?」

「別に、なんでもございません。さぁさぁ、ルイーナ様は部屋へお戻りになりましょうか」

「えー! 私も何か手伝うよ? 力は……ないかもしれないけど、軽いものなら運べるし」

「そのようなこと、ルイーナ様にしていただくわけに参りません。さぁさぁ、戻りましょう、そうしましょう」


 まだ何か言っているルイーナの話を聞き流すことに徹したサリーは、往生際悪く居残ろうとするルイーナの背中をグイグイと押して部屋へと帰すのだった。


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