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六、

 

「とてもお綺麗ですよ、ルイーナ様」


 うっとりするようなサリーの声に、悠里はハッとして瞳を開いた。

 ここ二晩は徹夜だったため、気を抜くとすぐに睡魔が襲ってくるのだ。

 悠里は今日何度目か分からない欠伸を噛み殺した。


「ルイーナ様、前へどうぞ」


 サリーの誘導のもと鏡の前に立つと、目の前には綺麗に着飾ったルイーナの姿が映っており、そのあまりの美しさに思わず感嘆が漏れた。


「うわ~すごーい。まるで童話にでてくるお姫様みたいね。んーでもちょっとこれ気合入りすぎじゃない?」


 姿見にルイーナの全身を写しながら、ドレスの滑らかな生地を手で確める。

 その上質な肌触りと色合いは、凛としたルイーナの雰囲気にぴったりだった。


 けれど元々目立つことがあまり得意ではない悠里の目にはどうしても派手に映ってしまう。

 それに、あまり気合いが入っているとも思われたくない。

 できれば「晩餐会なんて余裕ですから」くらいの姿勢で挑みたい。実際は吐きそうなほど緊張していたとしても、余裕の笑みで乗り気って見せたいのだ。それが女としての意地というもの。


(力を貸してね、ルイーナ)


 悠里は気合いを入れ直すために肩で息を吐いた。

 するとそれを後ろ向きなため息と捉えたらしいサリーが、励ますように声をかけてきた。

 背後で腰のリボンを整えていたサリーと鏡越しに目が合う。


「弱気になどなってはいけませんわ、ルイーナ様。 ルイーナ様は陛下の正式な婚約者として、いいえ次期王妃殿下となる覚悟をもって、堂々となさっておられたらよいのです」

「え? ……あ、そっか。あの王と結婚するということは、王の妻だから、王妃ということになっちゃうのか……」

「何を他人事のようにおっしゃってるのですか! ルイーナ様ご自身のことですのに」

「そう、なんだけど……」

「この際誰にも何も言わせないくらいにアピールなされたらいいのですわ! もうこの国にはルイーナ様以外に、王妃様に相応しい女性などいないのですから!」


 サリーが鼻息を荒くしながら熱弁する。

 変なプレッシャーで余計な不安を煽らないでほしいのだが、今のサリーには何も言えやしない。


 何故だか今日のサリーはピリピリとしていて、とても話しかけづらいのだ。もしかしたら緊張しているのかもしれないが、悠里だって朝食のスープが喉を通らない程度には緊張していた。

 けれどこうも傍でピリピリされると見ている方としては逆に落ち着くもので、今となっては半分開き直っていたりする。

 二夜漬けではあるけれど、ある程度資料はまとめられたし、なるべく恥をかかないようにとマナー本にも目を通し、食事のとり方もバッチリ予習済みだ。事前に手に入れた席次表によればルイーナの席は王や主賓とは離れた末席であったことも、悠里の心に余裕を持たせていた。


 鏡の前でくるりと回転しながら再度全身をチェックし、改めて気を引き締め直した。

 華奢な身を包むドレスは空を映したような淡い水色。

 細い腕を隠すようなレース遣いは上品で清楚感があった。

 腰近くまで伸びていた蜂蜜色の髪は細かく編み込まれ、全体的な印象としては十八のルイーナよりも少し大人に見せているだろうか。

 普段は顔色を変えない女官たちも、今日ばかりは少し浮き足だった表情でルイーナを遠巻きに眺めていた。


 そこへドアを叩く音が響き、ざわついていた空気が一瞬にして張りつめる。

 いよいよこの時が来たのだ。


 悠里は覚悟を決めると、足を前へと踏み出した。





 ◇


 その日の夕刻、オレンジの陽がその姿を半分程隠した頃、晩餐会は予定通り開始されようとしていた。

 楽団の優雅な演奏が流れる中、レイアード王にエスコートされながら広間に入ってくるルイーナに、そこにある全ての視線が集中する。

 そしてその反応の多くは、信じられないといった驚愕の表情だった。


 一時は命の危機にまで陥った一人の若い娘が、奇跡的に命を取り留めただけでなく、それ以前よりも美しくなって現れたのだ。しかも、国賓を招いての晩餐会に、王のエスコートを受けながら、だ。

 ルイーナの席は末席だったが、その扱いは顔を連ねる大臣たちと同等、いやそれ以上の待遇だったと言える。

 誰も大っぴらには口にしなかったが、これで次期王妃はこのルイーナで決まったな、とそこにいる誰もが思ったに違いない。

 臣の一人であるサイザックもまた、そう思った中の一人だった。


 若き王が即位して早三年、ずっと空席だった王の隣がやっと埋まる。

 このルイーナには腑に落ちない点がいくつか存在するのは確かだが、当面はこのまま様子見でいくつもりだ。

 本来なら記憶喪失の件も含めて、全てハッキリした上でルイーナとの婚約を発表したいところではあるが、今は一刻も早く王に妃を娶ってもらい、一日でも早く世嗣ぎをもうけてもらいたいというのがサイザックの本音であったりする。

 王家の血は絶やしてはならないものだし、正統な血筋は国の安寧にも繋がる。


 無駄な争いは極力避けたいものだが、そう言っている間も王妃の座をめぐる貴族間の派閥闘争は終りをみない。

 もうこれ以上、若い娘を犠牲にしないためにも、ここで終止符を打ちたいところである。


 サイザックは過去を振り払うように意識を戻すと、ちょうど王の挨拶が終わったところのようだった。その後アーサー王子殿下がそれに応えるように挨拶をし、再び王が互いの国の平和と繁栄を願う言葉を紡ぐ。


「乾杯」


 皆がグラスを掲げた。

 その時だった。


 突如、穏やかに流れていた空気は一変する。

 バリンというガラスの砕ける音が楽団の優雅な旋律を掻き消した。

 誰かがルイーナの名を口にする。


「ルイーナ殿が……?」


 状況を把握できないまま、サイザックがいち早く動きその場に駆け寄ると、そこには顔色を失くしたルイーナが椅子から崩れ落ちたように倒れていた。



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