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星船爪骨  作者: はじ
4/4

(4)星船爪骨

 次にまぶたを開けた途端、痛いくらい眩しい太陽が襲い掛かる。しばらく待って目をならしてから辺りを見回したが、そこには昼過ぎの住宅地が続いているだけで焼け焦げた人影すらなかった。

 ここで突っ立っていても仕方がないので歩き出す。空に浮かぶ太陽は顔を覗き込むようにしてじりじりと西側へと傾いていく。熱波に煽られて伸びていく影が街を少しずつ夜へと近づける。やがて来るその時刻に抗おうとするかのように街路樹に止まっているセミが騒がしく喚き、居ても立ってもいられなくなったセミが尿を散布しながら宙を飛び回る。大気に散乱するその滴ですら太陽は照らし、光を与える。すべてのものに平等に光を浴びせかけ、暗い夜を越える力を分け与える。

 足を止め、地面に視点を落として自らの影を見る。笑っている、泣いている、あるいは怒っているのだろうか、ゆらゆらと揺れている影は、今日も暗闇だ。自分の影の感情を読み取ることすらできないのに、誰かの思っていることを推察することなんてできはしない。顔を上げて再び住宅地を歩く。そうしていても劇的に改善される訳でもないのに、馬鹿の一つ覚えのようにそうすることしかできない。

 アスファルトから立ち上る熱が大気を歪め、蜃気楼のように景色を捻じ曲げる。道をまっすぐ歩いているはずなのにふらと家垣の方へと寄ってしまい、慌てて進路を修正しようとしても、やはり身体は隅へ隅へと向かっていく。足を道端の側溝に滑らせ、横っ面を塀にぶつける。鈍い頭蓋骨の音が響き、目の前に星が散り、足元の側溝に落ちていって底にたまっていたゴミ屑と混ざり合う。そのゴミ屑がなんだか無性に愛おしくなって、そっと拾い上げて、やっぱりいらなくなって、でも捨てられなくて、やっと手放してその場から遠ざかろうとしたけど、どうしても放っておけなくて引き返したけど、もうそれはどこにも見当たらない。その代わりに胸に宿った喪失感を大事に抱えて進んでいると、十字路の先から公園が現れる。

 一休みしようと思い、頼りない足取りで赴いたそこは、公園というよりは空き地といった方がいいような、何の遊具もない小さな空間だった。

 青い雑草が茫々と繁茂して地面を覆い尽くしているそのなかに進みだす。足が雑草を軽々と踏み付ける。別に哀しいことなどないのに哀しくなって、雑草が少ない方へ、ない方へと向かっていくと、ぽつんと取り残されたベンチに行き着く。

 プラスチック製の青い座面と背もたれを死に掛けたような錆びた鉄の棒がかろうじて繋いでいる。息絶え絶えの鉄棒には、その命脈のように青々とした蔓草が絡み付いている。この蔓草がなければ鉄の棒はもう朽ち果てていて、青色のベンチも二つに分かれてしまっている。ベンチが二つに分かれたならば、そこにあるのは二枚の板切れ、座る板と背をもたせ掛ける板がそこにあるだけになってしまう。

 この蔓草は二枚の板をベンチという形にとどめるための重要な役割を担っている。こんな風に物事を安定した形状で維持するものがすべてにあるのだとしたら、ぼくと言葉を繋いでいたものとは、一体なんだったのだろう。

 ぼくは言葉の代弁者であるが、言葉がなければぼくはただの肉塊に過ぎない。逆にぼくがいなければ言葉は姿かたちのない幻想でしかない。言葉とぼくの間にはなにがあるのだ。それはどのくらいの強度を有してぼくと言葉を繋ぎ、出来上がる小説をどのようにして小説らしく保っていたのだ。

 様々な答えらしきものが頭に浮かんだ。そのどれにも手を伸ばそうとせず消えるまで待ち、そしてまた新たな答えが現れる様子を眺めている。

 そうやっていつまでも答えに行き着くことを避けていたから、何もかもから見放されて独り取り残されてしまったのだ。そして自ら招いた事態だというのに心細くなってその場から走り出す。目標もないから行き先も分からず、それでも目標を定めることを避けて性懲りもなく走り続けている。

 住宅地を走り抜けると多摩川の土手に出る。斜面にある階段を上がり、土手上の遊歩道を少し進んでから河川敷へ向かう。草むらをかき分けながら川縁にたどり着き、しゃがみ込んで川草のなかに身を隠す。誰にも見られていないと思うと心から安心できる。筋肉の緊張が解け、安堵で全身が弛緩して地面に座り込む。爪先のすぐ傍まで迫った波が大小の砂利に砕かれて白い泡になり、拡散して、消えていく鳥の鳴き声で地べたを這う虫が飛び上がる魚影、飛沫散る音のそのすべてが川草のなかから見聞きしているぼくを置き去りにして生きている。

 彼らの生命を感じているとき、自分の生を忘れることができて、もっと別の塊でいられる。それはまるで視野が広がったかのように遠くの物事も目前で展開していて、その状態のときに最も自分を強く感じられている。たとえばそう、草で編まれた小さな船が、上流からもうじきここへと流れ着くことも知っている。

 まだ言葉も知らない無邪気な子どもがつくったのか、それとも自らの将来に不安を抱いた中学生が紡いだものか。それを思うとその無垢な感情をぐしゃぐしゃにして上げたくなって、川から摘み上げて力いっぱい引き裂いてやる。草の船はあっけなく半分に裂け、ただの草切れになる。それを放り捨てようと腕を半分ほど振りかぶったところで、瞳が草陰にあるなにかをとらえるのだ。振り上げていた腕を下げて目をやると、そこにはいくつもの雑誌が捨てられている。表紙から鑑みるにほとんどが性的な雑誌のようだが、どうしてかそのなかに一冊だけ辞書があるのだ。

 それを他人事と思うことができず手に取る。何度も雨に晒されては陽射しで干されたページは、乾燥した肌のようにガサガサで、軽くめくるとフケのような粉が周囲に飛んだ。呼吸をしたときにそれも一緒に吸ってしまい、しばらくの間激しく咽せ込む。落ち着いても口内に違和感が残り、それを吐き出そうと口を開くと、そこから《愛別離苦》が落ちてくる。

 こんな言葉、生まれて一度も口にしたことがない!

 もしかしたら、辞書から剥がれ飛ぶこの粉の一粒一粒は言葉なのだろうか。そう思うと、まるで自分から言葉が抜け落ちていくような気になり、足元に散らばったそれらを必死に拾い集めようとしたが、辞書から落ちてしまった言葉たちは、いくら辞書の紙面に押しつけてももう元に戻らなかった。

 諦め切れず言葉を辞書に戻そうと躍起になっているぼくを嘲笑う風が川向うから強く吹き付け、ページをばらばらめくっていってしまう。紙面から剥がれた言葉が辺りに舞い、しばらく宙を浮遊してから地面に落ちていく。風は止むどころか強さを増し、剥がれ落ちる言葉の勢いも止まることを知らない。この流出を止めることはもう無理だと思い、ならばいっそすべてなくしてしまおうと力任せにページをめくっていくことにした。

《半月》《ユーモリスト》《扱き下ろす》《もらい水》といった言葉たちが続々と辞書から抜け落ちていき、足元にたまっていく。それを見下ろし、まるで記憶を失うようなもの哀しさに襲われたが、今更どうしようもないと、自棄的な笑いを顔中に浮かべながら続けざまにページをめくっていく。

 やがて足元の言葉は水たまりほどの大きさになり靴を浸した。それでも雨のように止めどなく言葉はこぼれ続け、水たまりはさらに膨らんでいき、やがて川へと合流する。川に入った言葉たちは、長年の渇きを癒すかのように水を吸いつくし、十分に潤って活力が戻ると言葉同士で結合し合い、《秋冷め、憂凪睨みの降る巣請い》のような解読不能の文章になったり、運良く通読できる文字列になったりして川を満たして、やがて川を言葉で埋め尽くした。

 辞書からの言葉の流出が終わると、手元には白紙の束だけが残る。そうなってからようやく気付く。

 ずっと、言葉になりたかった。

 言葉のようにどこにでもいて、どこにもいないように形なんてなく、探したって見つからないけど、探さなくたってそこにいるような、そんな言葉のようになりたかったけど、言葉を失ったぼくにはもう無理なのだ。それを実感して悔しくなり拳を握りしめると、手のひらにこびり付いていた草の船の残骸が潰れる音がした。

 小枝を折るような矮小な音だったが、それは決心を与えるには有り余るほどで、じりじりとその場から後退し、助走をつけて目の前を流れる言葉に飛び込んだ。

 いくつもの言葉に揉まれ、流され、溺れ、巻かれ、沈み沈み、もがき、ようやく浮き上がった水面で、静かに息をするその視界には、同じように夜空に浮かんでいる星々。それらを眺め、彼らのように海を空を漂流しながらいくつもの夜を渡り、いくつもの言葉を交わす。

《いつの日かぼくもあなたたちのように輝けるでしょうか》《どうでしょうこの輝きもあなたの目に届いたときにはもう化石》《そんなものに価値はありますか》《それでもやっぱり眩しくて》《うらやましくて》《どうしようもないんです》

 寡黙な夜空にいる星たちは言葉よりも雄弁に光立ち、その輝きを見上げる瞳から体内になだれ込む。人々は脳内で光を言葉に変換し、物語を想い、語らい、継ぎ繋げ、光年先の子孫へと託す。言葉は光であり、光は言葉だ。言葉を話す人は星であり、光を放つ星は人だ。言葉を失くしたぼくは星でなく、ましてや人ですらない。人ですらないのなら、ないのならぼくは一体なんですか? 捨て犬ですか、ノラ猫ですか、空き缶無色の星屑ですか? なにを名乗ればいいだろう。なにか名乗らなければいけないのだろうか。所属も肩書も年齢も性別も病名も自分さえもすべて重荷にしか感じられず、その荷物を持つことを辞めてしまえれば、もっと生きやすくなるだろうか? 星は相変わらず光を放ってばかりで、人は言葉ばかりを話している。そうしなければ、存在できなくなるからだろう。それならば、光ることもできず言葉も失ったぼくは存在していない。それは不思議と嫌じゃない。決して死にたいわけじゃないが、無理して生きていたくもない。可能ならば誰からも話しかけられず、光も見ずに生きていていたいのに、人はいつまでも言葉を話し続け、星は光を放っている。それを受け止めるこっちの身にもなってほしい。人の言葉は眩しくて、星の光はうるさい。昼の街を歩けば人々は多くの言葉を放ち、夜に逃げても星が光で話しかけてくる。どこにいれば放っておいてくれるのだ。逃げれば逃げるほど追ってくる星と人を避けるようにしてぼくは暗闇に潜む。そこはこの世で唯一心休まる場所だが、暗所にいればいるほど、星の光は強く輝いて見え、人の言葉はより胸に響いてぼくを揺さぶる。それを知ってか知らずか、星は群れてさらに強固な光りを放ち、人の言葉はそのせせらぎとなって周辺に響き渡り、どんなに離れようとしてもぼくを追い、やがてのみ込んでゆく。その流れに取り込まれたぼくはなす術なく流され、岩や砂利に身を削られながら流れていき、流されていき、海を目前にした砂浜に流れ着く。

 果ての見えない大海を臨むその砂浜には、モーターボートからカヌー、木製の手漕ぎ船まで数百にも及ぶ多種多様な船が舳先を揃えて並び、各々の船には、その持ち主らしい人が着き、近くの人と雑談していたり、目前に広がる大海を睨んだりしながら出航のときを待っている。

 船のない自分以上に場違いな人物はいないだろうとぼくは思う。思うが自分もそこに紛れてみたいという想いを抑えることができず、そろそろと砂浜を歩き出す。雁首を揃えて並ぶ船に圧巻され、壮観ともいえるその光景に気を取られたぼくは転がっていた流木に躓き、顔面から砂浜に転倒してしまう。その物音を聞いてぼくに気付いた数人がクスクスと笑い声を立てる。なかなか起き上がらないぼくを心配して声をかけた人もいたが、船から下りてぼくのもとへと駈け寄ろうとはしなかった。

 立ち上がる気力もわかずそのまま平伏していると、まるでそれを見越したかのように海の果てから大きな音が鳴り響く。その途端、船人たちの目つきががらりと変貌し、さっきまで楽しげに話していた相手にすら殴り飛ばすような鋭い空気がピンと張りつめる。一斉に船を発進させる支度をし、次のなにかが現れる瞬間をぼく以外の誰もが瞬きも忘れて待っている。

 海の小波も沈黙し、辺りは完全な静寂に包まれる。倒れ伏していた砂浜から顔を上げたぼくはその光景を見て、あまりの緊張にのどが乾き、それを潤すために何度も唾を飲み込む。

 限りなく長いときが経ったように感じるのは、沈黙が続いた所為だろう。長すぎるその間に、人々は多くの言葉を忘れてしまったが、水平線の奥底から響き渡ったその言葉だけは、誰も忘れていなかった。

 静寂の膜を突き破るようにして人々は同時に動き出した。あるものはエンジンを素早く駆動させ、あるものは船体を押して海面に乗り出しオールで漕ぎだした。

 そのなかでも一際豪奢なモーターボートが轟音を鳴らし、波を左右に蹴散らしながら海原へと突進していく。その様子を砂まみれの顔で眺めながらぼくは思う。秀でたものを持っている人を見てしまうと激しく嫉妬してしまう。ごめん。本当はそのエンジンだって、自分で設計し、駈けずり回って部品を集め、苦労して組み立てたものなのかもしれないのに、ぼくはあなたたちが持っているその能力を、たぶん一生、悔しくて評価することができない。

 次々と出航する船をただ見送ることしかできないぼくは焦っていた。このままでは一人砂浜に取り残されてしまう。爆発しそうな焦燥を抱えても、それをどうすることもできずに倒れ続け、最後の一艘が海へと乗り出したとき、ぼくはついに堪えることができず、這うようにして波打ち際まで全力で駈けた。

 冷たい波が靴先に当たり、じっくりと時間をかけて靴を濡らしていく。今すぐにでも泳ぎ出して彼らを追いかけたかった。一人残されてしまうことがこんなにも苦しいとは知らなかった。すぐに海へ飛び込みたかったが、言葉から逃げていたぼくが他愛ない日常の言葉だけでなく暴言や甘言、揶揄、嘲弄、ありとあらゆる言葉で満たされた海を果たして泳いでいけるだろうか?

 その疑念に答えてくれる言葉はどこにもおらず、途方に暮れて立ち竦むぼくのもとへ小さな船が流れ着く。それは黒ずんで薄汚く、虫食いで空いた穴から海水が浸水して今にも沈没しそうな草の船だった。

 こんなものに乗ったところで、数メートル進めるのがやっとだろう。しかし、これに乗れば進めるのだ。たとえ一センチでも前に進めるのならば乗るしかない。乗らなければいつまでも後れを取ったままだ。緻密な設計図をつくることのできる賢明なやつらに。良質な材料を集めることができる人望のあるやつらに。上手に船を操縦することができる器用なやつらに。

 ぼくにはもう、こんなおんぼろの船しかない。

 それで乗り出すしか、あいつらに対抗する術はないのだ。

 ぼくは草の船に手をかけ、勢いよく飛び乗る。その衝撃で船は大きく傾ぎ、飛び散った海水で全身がずぶ濡れになったが、なりふりなど構っていられない。先頭を切った船はもう姿も形も見えないが、死に物狂いで漕げば最後尾くらいなら追いつくことができるだろうか。足の裏で船底の穴を封じて海水の流入を防ぎ、オール代わりに手を海に突き入れてとにかく渾身の力で船を漕いだ。海のどこかからは、いつか誰かが吐き出した言葉が波音のように聞こえてくる。《あれ見て》《ガソリン》《うわっ》《帰れ》それらすべてが自分だけに向けられているように思えてきて、後ろめたさなどないのに前に進むことが申し訳なくなって力が抜ける。それでもどうにか自分を肯定して意識を繋ぎとめ、船を漕ぎ進める。ちょっとした事ですぐめげる。少しの悪口で引き返したくなる。誰も何も言っていないのに聞こえてくる言葉でずっと部屋にこもっていたくなる。暖かい布団で眠ってずっと夢だけを見ていたいけれど、現実を見ないぼくは夢など見られない。そもそも眠くもならない。ずっと起きている。夜も昼も起きている。起きていて、小説に書くことばかり考えている。考えたところで前には進めないことは分かっているが、あれこれ考えてしまう。考えているときは、言葉もない場所に深く沈んで沈黙を保つ。静かに、息を止めて、まるで果てるのを待つかのように、静かに目を閉じ、気配を消し、存在を失ったその瞬間にだけ現れる空っぽの自分と向き合い、それまでにため込んだ言葉を口にする。それでようやく自分を確かめられる。今ここにいる自分を実感することができる。

 途切れかけてはたぐり寄せ、曖昧になっては奮い立ちながら、なんとか前進していると、集団の最後尾がけし粒ほどの大きさで視界に映った。喜んだ。努力は決して無駄ではなかった。しかしそこで力尽き、全身の力が抜けたぼくは船から滑り落ちて言葉の海に落ちていった。

 辺りに《晩秋》や《七の段》《償い》《芋が無い》といったしぶきが散る。衣服の隙間から《楡の珠》《川端由紀夫》《役満》が入り込んで身体中に染み着いてくる。脂肪の少ない身体には浮力がなく、海上に口を出すだけで精一杯だった。しかしその口にも《染料》《ふ》《8》《満更でもない》《滓》がどうどうと流れ込む。ぼくは溺れまいとして必死にもがいた。恥ずかしげもなく手足を振り乱し、打ち寄せる言葉に抗うその姿を、光る星と話す人が見て口々に言葉と光を吐き出した。

《あんなふうになるくらいなら》《さっさと諦めて沈むね》《いいや》《彼の必死な姿はとても美しい》《あれこそが生を表した芸術だ》《自分じゃなくてよかった》《惨めだね》《生にしがみつくその姿はとても素晴らしい》《なにかに必死な姿はなかなか人には見せられないからな》

 抵抗する姿を美的感覚で批評するその言葉も口から体内へ流入し、ぼくを沈めていく。次第に意識は遠のき、もがき暴れていた疲労で眠気がやってくる。ゆっくりとまぶたが落ち、その速度よりもやや速くぼくは海へと沈んでいくが、不思議と息は苦しくなく、どこまで沈もうとも息絶えることはないようだった。

 それならば、ぼくはいつも通り目を瞑り想像をする。

 

 海上にある雲一つない晴れ渡った夜空で

 幾億もの輝きを灯した星が光を放ち

 海面に映写されるそれらの光を求めて

 ひしめき合う言葉

 群れて、戯れて

 互いをほめそやすその輝きの

 擦れ擦れを

 かすめるように

 擦れて擦れて

 かすめるように

 名前のない《 》が前進していく

 

 かつては憧れ

 言葉の囁きに弄ばれ

 光の瞬きに唆され

 ときには指針を見失い

 波のまにまに浮き沈む


 自らの存在を閃いては書き進め

 ようやく埋まったかと思えば

 突き放すように広がっていく

 その膨縮に翻弄される戸惑いすらも生き甲斐にして

 かつては欠損だと思っていたその空白は

 いつまでも書き続けるためにあったのだと

 そう思わなければのみ込まれてしまいそうになる


 当てのないそんな船旅を

 星よ、

 人よ、

 冷静に眺めることしかできないのなら

 その曇り切った二つの輝きで、いつまでも見ていればいい


 だから《 》よ、

 彼らの取るに足らない戯言など背負う必要はない

 お前は、ぼくだけを乗せて前に進め


 人の言葉に耳を貸すな

 星の光に目をやるな

 お前はただ

《ぼく》だけを乗せて前に進めばいい




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