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欲しかった力



 客間で紅茶を飲んでいたリリーオブは、神経を尖らせて緊張していた。


「どこへ行ったのかしら、ラベンダーは……」


 母のガーデニアが不安そうに肩をすくめた。

 そして、おどおどと娘を見た。

 リリーオブと目が合うと、すぐに目を逸らす。


 リリーオブは鋭い目で母を睨むと、紅茶をぐっと飲み干した。

 あの女、黒い魔女のメランポードが現れて、彼女が何かを口に押し込んでからリリーオブは変わった。

 今まで自分は妖精であるにも関わらず魔力を持っていなかったが、今は力が溢れている。

 目覚めた時は骨が分解したような頭痛と吐き気で、あまりに苦しく死んだ方がましだと思った。

 しかし、しばらくすると、目の前にかかった靄がすっきりと晴れた時、リリーオブは別の自分に生まれ変わったのだと思った。


 何もかもが自分の思い通りになるなんて。

 こんなに気持ちのいいものだとは。


 この手に力が宿っている。

 手で触れたものから力を奪うこともできるし、他人を操ることだって簡単だ。


 ラベンダーをのぞいて――。


 北の領地へ入り、ラベンダーを見てすぐに気付いた。

 ラベンダーは、白い力に守られている。

 リリーオブは自分の変化を彼女に悟られないよう、力を封じてこの地へやって来た。


 彼女の作った結界はところどころ破られており、そこからぞくぞくと冥界の獣や黒い騎士たちが入りこんでいる。

 おそらく、メランポードの仕業だろう。

 彼女は自分よりも先に北の領地へ入り何か企んでいる。

 そして、メランポードが欲しいのはラベンダーの娘ではない。


「お母さま、ラベンダーが戻って来ないうちにラリーサを探しましょう」

「ラベンダーの赤ちゃんね、どこにいるのかしら」


 ガーデニアが気のない声で呟くと、リリーオブはいらいらした。


「それを今から探すのよ」

「あなた、少し変わったわ」

「へえ、今頃気付いたの」


 リリーオブは、のんきな母親をバカにした目で睨んだ。

 母親を一緒に連れてきたのにはわけがある。

 この先、必要になるからだ。


 子どもを捜すために力を解放すれば、すぐにラベンダーに気づかれるだろう。

 自分の足で子ども部屋を探さなくては。


 リリーオブはさっと立ち上がると座っている母親の手を引いて立たせた。


「どこへ行くの?」

「子ども部屋を探して」

「ここで待っていましょう。じきにラベンダーが戻ってくるはずよ」

「待っている暇なんてないのよ」


 子どもをさらいに来たのに、ラベンダーに聞くなんてそんな愚かな真似をするものか。

 喉まで出かかったが、ぐっと我慢した。


 二人は部屋を出るとリリーオブは母親を前へ押し出した。


「探すのよ」


 リリーオブの気迫に押されてガーデニアは泣きそうな顔で歩き始めた。

 足が震えている。

 後ろからでもよく分かる。

 母親はおびえていた。


 魔法が使えたら楽なのに。

 リリーオブは唇を噛みしめた時、母が振り向いた。


「わたしが子ども部屋に選ぶとしたら、暖かい日の当たる部屋にするわ」


 のんきな母もたまには役立つのね。

 リリーオブは鼻で笑った。


 南向きを目指して探すと、ラリーサの部屋はすぐに分かった。

 部屋の前に立ってリリーオブは、入り口に結界が張ってある事に気付いた。

 しかし、母は何も気づかずに手を伸ばした。


 あっと思ってドキドキしたが、母がドアノブに触れても何も起きなかった。

 リリーオブはにやりとした。

 母にはラベンダーの子どもを見るだけの純粋な気持ちしか持ち得ていなかった。

 ドアを開けて中に入る時もリリーオブは慎重に足を進めたが、母はゆりかごを見るなり駆け寄った。


「まあ、まあっ」


 声を上げてほほ笑んでいる。


「何てかわいらしいの。こんな美しい子ども初めて見たわ」


 リリーオブは駆け寄りたい気持ちを抑えた。

 自分が魔法を使ったらすぐにラベンダーが駆け付ける。

 心を穏やかにしてドアのそばに立ち止った。


「髪の色は?」


 リリーオブが尋ねると、ガーデニアはうっとりと答えた。


「シルクのように滑らかな金色よ。なんて色が白いのでしょう」

「起きているの?」

「よく眠っているわ」


 リリーオブはほっとした。

 目を閉じているのなら話は早い。

 すぐに連れ去ろう。

 リリーオブが近づくと、待って、と母が呟いた。


「どうしたの?」


 どきりとして足を止める。


「ぐずっているわ。今にも泣きそう」

「えっ」


 リリーオブは後ずさりした。


「眠ったわ」


 困った事になった。

 リリーオブが近づくと、もしかしたら大声を上げて泣き出すかもしれない。

 リリーオブは一歩も動けなくなってしまった。


「あなたが怖い顔をしているからよ」


 母の言葉にいらだちを隠せずにいると、


「あら、泣くわよ」


 と、ガーデニアが言った。

 リリーオブは口に手を当てた。


「どうすればいいのよっ」

「あなたが優しい心を持たない限り無理ね」


 優しい心などローワンに毒を盛った時に捨ててしまったわ。


 リリーオブは心で叫んだ。


「ほら、泣かないのよ」


 ガーデニアが抱こうとした時、リリーオブがそれを遮った。


「誰か来るわ」


 二人でさっとテーブルの下に隠れる。

 母は震えるように小さくうずくまっていた。

 リリーオブは、高鳴る心臓を押さえた。


 誰か入ってきたら、殺してやるわ、と心の中で思った。



※※※



 カスタードタルトのいい匂いが窯から漂ってくる。


 料理本を発見したジュリアンと光の精霊は、すぐさま厨房へ戻り、レシピ通りにタルト作りを始めた。

 光の精霊が窯の扉を開けて木の板でタルトトレーを取り出す。

 カスタード色にこんがりと焼けた生地。

 見ているだけで幸せになってくる。


 アレイスターの目はきらきらと輝いていた。

 光の精霊はそれを見て目を細めた。


 ――ジュリアン様、これでよろしいのでしょうか。


「うん。僕が見た中で一番、おいしそうだ」


 取り出す様を目がじっと追い続けている。

 光の精霊はほほ笑んだ。


 ――よほどお好きなのですね。


「好きじゃない奴なんていないと思うよ」


 アレイスターがうきうきしているので、光の精霊もなんだか嬉しくなった。


 ――あなた様がこんなにお喜びになられるのなら、もっと早く勉強しておくべきでございました。


 テーブルに乗せられたカスタードタルトに目を奪われ、アレイスターは吐息をついた。


「料理ってすごく楽しいんだな」


 ――拝見いたしましたところ、ジュリアン様には素質がございます。きっと、他のお料理も上手に作る事ができるでしょう。


「お前の分量が完璧なんだよ」


 おだてながら、光の精霊が綺麗に切り分けると、アレイスターは今すぐラベンダーと一緒に食べたいと思った。


「これをすぐにラーラの部屋へ持っていこう」


 ――承知いたしました。


 すぐにでも食べたいだろうに。

 アレイスターが我慢している様がほほえましい。


 光の精霊はトレーにカスタードタルトを恭しく乗せると、二人でふわふわと外へ出た。

 しかし外に出た瞬間、アレイスターは顔をしかめた。


「すごく嫌な臭いがする」


 ――わたくしも感じます。


 光の精霊は顔をしかめると、アレイスターの前に立った。


 ――ジュリアン様はどこか安全な場所へ。


「僕は平気だ」


 二人はゆっくりとラリーサの部屋へ向かった。

 部屋をノックして入る。

 部屋にはラベンダーはいなかった。


「どこに行ったんだろう」


 アレイスターがそばに寄り、ゆりかごに手を添えた。


 嫌な気配を感じる。


「この部屋に誰かいた?」


 獣の臭いがする。

 危険な臭いだ。

 光の精霊はタルトをテーブルに乗せると、辺りを窺いながらアレイスターに近寄った。


 ――何者かがこの部屋に入ったのでは。


「うん、僕もそう思う」


 ラリーサは眠っていたが、今にも泣きそうにぐずっていた。


「ラリーサ」


 アレイスターが顔を近づけた時、背後に気配を感じて振り向いた。

 その瞬間、ラリーサが悲鳴のような泣き声を張り上げた。

 泣き声と同時にアレイスターの体に衝撃が走った。

 いつの間にか、真横に黒い魔女が立っており、アレイスターの首をつかんだ。

 息ができなくなり、足が宙に浮く。


 ――ジュリアン様っ。


 光の精霊が手を伸ばすと、黒い魔女が片方の手に持っていた黒い剣で精霊を刺した。

 光の精霊がどっと倒れる。


「何てことをっ」


 声を張り上げ、テーブルの下から老いた女が這い出て来て、黒い魔女の手にしがみついた。


「お母さまっ」


 もう一人、痩せた若い女が飛び出してくる。

 母と呼ばれた女はアレイスターの首に絡んだ指をはがそうと必死で力を込めた時、母に向けて娘が魔法を発した。

 母親が、ばたん、と音を立てて倒れた。

 アレイスターはそれらを大きな瞳で見つめながら、自分も意識が薄らいでいった。





「今のは何っ?」


 ラベンダーは弾かれるようにして体をドアへ向けた。

 腕の中のローワンの体が一瞬、ぴくりと動いた気がした。

 ラベンダーはハッとしたが、そのまま静かにローワンから離れた。

 その時、ラリーサの泣き声が城の中を響き渡った。


 ――ラリーサ様!


 光の精霊の驚いた声と同時に、ラベンダーは体を起こすなり光の精霊の手首をつかんだ。

 瞬間移動でラリーサの部屋の中へ飛び込む。

 部屋の中はいたるところが破壊され、めちゃくちゃになっている。


「あっ」


 悲鳴を上げた先に、穢れた剣が落ちており、料理頭の光の精霊と床に倒れたアレイスター、そして、泣きわめくラリーサがあった。

 ラリーサのそばにはリリーオブが立っている。


 リリーオブの腕の中にはラリーサが泣きわめいていた。

 執事バトラーの光の精霊は倒れているアレイスターに近づくと、突然、窓の方から閃光が発せられ、執事バトラーの体が吹き飛んだ。

 見ると、窓の外から黒いドレスの女が現れ、意識のないアレイスターを抱きかかえた。


「やめて…。お願い」


 愛する子ども二人の危機に、ラベンダーは恐ろしさで体が震えた。


「子どもたちを傷つけないで」


 リリーオブの顔は奇妙に歪め、感じた事もない強い力を発していた。

 床にはガーデニアが倒れていたが、彼女は土色の顔をしている。

 明らかに事切れていた。


「お継母様は?」

「邪魔をするので力を奪っただけよ」


 力を奪ったとはどういう事だろうか。いや、それよりも…。


「リリーオブ、ラリーサを返して」

「嫌よ」


 顔を歪ませたリリーオブは、ラベンダーに目がけて白いせん光を発してきた。

 威力があり、素早く避けたラベンダーの背後の壁が粉々に砕けた。


 ラベンダーは目を見張った。

 リリーオブには魔法を操る力はなかったはずだ。

 茫然としている間に、アレイスターを抱えた女が窓の外へ出て行こうとする。

 ラベンダーは力を奮い起した。

 だが、攻撃をすればアレイスターを傷つけてしまう。

 ためらっているうちに女がふわりと浮かんで飛び出そうとした。その時、大きな黒い物体が飛び込んできた。


「ローワンっ」


 傷だらけのローワンが飛び込んできて女のドレスに噛みつくと、中へと引きずり込んだ。

 女は悲鳴を上げて床へと転がった。

 同時にアレイスターも床に叩きつけられる。


「ジュリアンっ」


 ローワンは再び女に向かって飛びかかった。

 女は手首を噛まれたが、無傷な手の方から魔法を発してローワンの肩をえぐった。


「やめてっ」


 ラベンダーが悲鳴を上げると、リリーオブが怪訝な顔をした。


「ローワンがどこにいるのよっ」


 そう言って、ラリーサを抱き直した。


「この子は渡さない」

「何が目的なの? ラリーサをどうするつもり?」


 ラベンダーは、リリーオブに隙がないか探りながら相手をじっと見つめた。

 彼女を操ることができるならと思ったが、リリーオブには心がなかった。


「これはわたしのものよ」


 無機質な声で告げると、リリーオブはラリーサの首に手をかけた。

 ラベンダーは悲鳴のような声を上げると、無我夢中で呪文を唱えた。


 ――アガ・アニロ・アフケ・テレス・タイン・レオ。


 呪文がラリーサへと向かってかけられる。

 ラリーサにかけられた呪文はすぐさま発動して、リリーオブの体を弾き飛ばした。

 その時、戦っているローワンたちの背後でアレイスターが目をぱっちりと見開いた。


 ――守りの場所へ飛べ。


 アレイスターのか細い声がラリーサへ届くと二重の呪文が彼女を取り囲んだ。


 ――ラリーサさまっ。


 叫んだ執事バトラーがラリーサを包み込んだのと同時に、二人の姿がふっとかき消えた。


「ラリーサっ」


 ラベンダーの悲鳴が轟いた。


「メランポードっ」


 リリーオブがわめいて、黒い魔女の名を呼んだ。


「赤ちゃんが消えたわっ。どこへ消えたのよっ」


 ローワンに手首を噛み切られ、血が止まらないメランポードは青白い顔でローワンを睨みつけた。


「おのれ…、よくもわたしに傷をつけたな」


 ローワンは唸り声を上げると、メランポードに飛びかかった。

 メランポードは顔を守るのに必死で抵抗をしたが、ローワンの鋭い牙は腕をえぐっていく。


「赤ちゃんが消えたわっ」


 リリーオブが悲鳴を上げている。

 メランポードはいらいらとそちらを見た。


「早く追うんだっ」

「どうやってよ、どこへ消えたのっ」


 わめくリリーオブの後ろでアレイスターが起き上がろうとしたが、力が入らないのか再び倒れ込んだ。


「ジュリアンっ」


 ラベンダーが、アレイスターに駆け寄り抱き起こした。


「ジュリアンっ、しっかりして」


 ラベンダーが声をかけたが反応がない。


「そいつをよこせっ」


 メランポードの鋭い声がすると、噛み切られた片手が宙を飛んで、ラベンダーの肩を貫いた。


「ああっ」


 アレイスターが手から離れる。

 メランポードの片手がアレイスターの手首をつかんだ。

 アレイスターの顔色が青ざめていく。


「だめっ」


 ラベンダーは魔法でメランポードの片手に火を熾した。瞬く間に手が燃えて消えた。


「ジュリアンっ」


 再び倒れ込んだアレイスターを抱きしめた。


「ぎゃあっ」


 背後で悲鳴が上がり、振り向くと、ローワンがメランポードの首筋に牙を立てていた。

 魔女の首筋から血が溢れだしたが、メランポードは必死の形相でローワンを払いのけた。

 ローワンが、ギャンっと鳴いて壁に叩きつけられ横たわる。


「ローワンっ」


 アレイスターを抱えたままラベンダーは駆け寄った。

 ローワンの体に触れる。


 よかった、息はある。かすかだが胸が上下している。

 その間、メランポードは残った手を伸ばして、恐怖におののくリリーオブの手首をつかんだ。

 ぐいっと自分に引き寄せると、茫然とする彼女の心臓に手を伸ばした。

 メランポードはためらいもせず、胸にぐっと手を入れて心臓をわしづかみにして引き出した。

 ラベンダーは、恐ろしさに目を逸らした。


 くちゃくちゃとものを噛み砕く音がしたかと思うと、ガラスが敗れる音がして、ハッとするとメランポードの姿は消えていた。


 外から粉雪が舞い込み、部屋の中が白くなる。

 ラベンダーは、アレイスターとローワンを抱き寄せた。


「ああ、アニス…。助けて」



 何が起きているのか…。


 部屋に残されたリリーオブとガーデニアの死体。

 死にかけたローワンと意識のないアレイスター。

 消えてしまったラリーサ。


 ラベンダーは目頭が熱くなり、涙があふれた。

 コロコロと宝石となった涙がこぼれ落ちる。


 北の領地は安全ではなくなった。

 妖精の国からリリーオブが娘を。

 そして、黒い魔女はジュリアン・アレイスターをさらいに来た。


 子どもたちが成長するのを悠長に待っている暇などないのだ。

 すぐにでも扉を閉じないと大変な事になる。

 ラベンダーはふらりと立ち上がった。ただ、座っているのではなんの解決もならない。

 ただちにこの城の一部分に強い守りの魔法をかけて、皆をそこに集める。


 ――そして。


 ラリーサっ。


 ラベンダーは顔を覆った。

 ラリーサはどこへ行ってしまったのだろう。

 今すぐにでもこの場を飛び出して、ラリーサを探しに行きたい。

 けれど、それはできなかった。


 大丈夫よ。

 ラリーサには光の精霊が一緒だから、すぐに見つかるはずだ。


 ラベンダーは大きく深呼吸をした。そして、二人の遺体を見た。

 ガーデニアとリリーオブを埋葬しなくてはならない。


「ラベンダー様…?」


 小さな声がして顔を上げると、ドアを開けて赤い髪の妖精が入ってきた。


「シスルだったわね」


 力のない声で聞くと、妖精はお辞儀をした。


「王女様、お怪我をされています」


 ラベンダーの肩はえぐれたままだ。しかし、ラベンダーは首を振った。


「シスル、手伝ってもらってもいいかしら」

「はい。もちろんでございます」


 城に残っている光の妖精が次々と現れる。

 皆、何も言わずに動き始めたが、誰も遺体には触れることができないでいた。


「リリーオブたちは埋葬してあげたいの」

「ですが王女様、この者たちは穢れています」

「浄化するわ」

「いいえ、燃やすべきだと思います」


 シスルがきっぱりと言った。

 シスルの言葉にラベンダーは息を呑んだが、二人の遺体を見て首を振った。


「いいえ、彼女たちに罪はないわ。二人は魔法も使えない妖精だった。きっと、何者かに操られていたに違いないわ」


 シスルはキッと目を上げると、首を振った。


「王女様、この者はあなたに毒を盛っていたのでございます。あなた様と王様との関係を壊すために、幻覚を見せていたのですよ」

「そうだったの……」


 ローワンとリリーオブの関係に嫉妬の気持ちを抱いていた頃が、遠い昔の事のような気がする。

 リリーオブとガーデニアが手を組んで毒を盛っていたことに気付かない自分が愚かだったのだ。

 そして、ローワンを信じなかった自分も悪いのだ。


「もうすんだことだもの。憎むにも二人はもう死んでしまったわ。冥界に操られた者を全て焼き尽くしてもこの世は破壊へと進むだけ。彼らと同じだわ。これから私たちがすべきことは、操られた人、妖精たちを浄化し、元の正常な状態へ戻す事だと思うわ」


 シスルは、ハッとした顔で頷いた。


「王女様の言うとおりのような気がします。わたしもこんなに美しい世界を焼き尽くすなんてしたくありませんもの」

「ありがとう」


 ラベンダーは礼を言うと、シスルは泣きそうな顔になった。


「ローワン様はあなたの事だけを思ってずっと走り続けていました。休むこともせず、わたしを背中に乗せて守ってくださったのです」

「そうだったの。あなたも彼を守ってくれたのね」


 シスルは涙をこらえた。


「すぐに動きましょう。アレイスター様とローワン様のお加減も早く見なくては」

「そうね」


 シスルと話をしたことでラベンダーはだいぶ落ち着いていた。


 戦いは始まっているのだ。

 ここで足を止めるわけにはいかない。



 リリーオブとガーデニアを埋葬してから、ラベンダーは城の中で一番安全と思われる場所に、光の精霊たちを集めた。

 地下の隠し部屋だったが、そこに強力な結界をかけると、シスルにローワンとアレイスターを頼んだ。


 シスルが険しい顔でラベンダーを見た。


「ラベンダー様はどこへ行かれるのですか?」

「ラリーサを探しに行かせて」

「ラリーサ様?」

「娘がどこかへ消えてしまったの」

「そんな…」


 シスルは青ざめて口をおさえた。


「わたし、何もお手伝いできなくてごめんなさい」


 シスルはぽろぽろと涙を流した。


「いいのよ。あなたが危険な目に遭わなくてよかったわ」


 ラベンダーは優しくシスルの肩を撫でた。


「さあ、あなたはわたしの代わりにこの城を守って欲しいの」


 シスルは不安そうな顔をしたが、ラベンダーの気持ちを変える事はできないと思ったのか、黙って頷いた。

 その時、動けるはずのないローワンが顔を上げて、よたよたとラベンダーの元へ歩いてきた。


「ローワンっ」


 ラベンダーは倒れかけるローワンを抱きとめた。

 彼は茶色の瞳でラベンダーをじっと見つめ、彼女のスカートを噛んだ。


「ああ、ローワン、わたしは行かなきゃいけないのよ」


 ローワンは唸って、がっちりとスカートを噛みしめた。

 ラベンダーは、ローワンの首にしがみついた。

 ローワンの体は温かかった。

 彼の心の声が聞こえたような気がして、ラベンダーは顔を上げた。

 ローワンを見つめる。


「あなたも一緒に探しに行ってくれるの?」


 泣きそうになりながら、ラベンダーはさらにローワンを抱きしめた。


「いいわ。当然よね、あなたの娘だもの」


 ラベンダーの言葉に、ローワンは体を震わせたような気がした。

 本当は、ローワンを置いて行きたかったが、彼は絶対について来るだろう。

 ラベンダーは、シスルに向き直った。


「ローワンと二人きりになりたいの」


 シスルは、一瞬、黙り込んだがこくりと頷いた。


「分かりました」


 ラベンダーは、魔法でローワンを宙に浮かせると、二人で部屋を出た。

 シスルが何か言いたげな顔でそれを見送った。

 部屋を出て自分の寝室へ戻ったラベンダーは、ベッドにローワンを寝かせた。


 ラベンダーは自分の部屋に魔法をかけて、ローワンの体の傷をひとつずつ治していった。

 ローワンに促されて自分のケガも治す。

 ローワンの外傷はなくなったが、体力は戻っていない。

 しかし、彼は落ち着いた表情をしていた。

 自由に動くことはできないが、鼻づらをラベンダーの背中に押し当てて甘えてくる。


「本当に狼になったみたいよ」


 ラベンダーが笑うと、ローワンが吠えた。


「みんなが驚くからやめてちょうだい」


 ラベンダーはくすっと笑ってローワンをなだめた。


「ケガを治したから、一日ぐっすり寝たら、きっと、体力が戻ると思うわ。あなたの体力が戻ったら、出発しましょう」


 ローワンは何も言わなかった。


「魔法を使うこともできないのね」


 ローワンが引き止める呪文でも使うかと思ったが、彼は何もできないようだった。


「わたしを止めることはできないわよ、ローワン。ラリーサは、わたしの命よりも大切な娘なの。どんなことがあっても彼女を探すつもりよ」


 ローワンの顔が近づく。

 ラベンダーはそっとローワンの首筋に頬を預けた。


「わたしの狼さん、今なら、甘えられる気がするわ」


 小さく呟いた。





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