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赤い色



 ラベンダーの娘、ラリーサはお腹がいっぱいになるとすぐに眠ってしまった。


 見つめているだけで気持ちが温かくなる。


 ラベンダーは、ラリーサを寝かせると、光の妖精に子守を頼んでアレイスターを探しに行った。

 厨房をのぞいたが、料理長の姿もない。


 ――ラベンダー様。


 厨房にいた光の妖精が手を動かしながらラベンダーを見た。


「おいしそうね、今夜の夕食かしら」


 ――はい。これはミートパイになります。


「お腹が空いてくるわね」


 にっこりとほほ笑んでから、アレイスターの行方を聞いてみた。


 ――ジュリアン様が、カスタードタルトが欲しいと申されましたので、書斎へ料理長とレシピを探しに行かれました。


 ラベンダーは一瞬、きょとんとした。


「レシピ?」


 ――はい。


「そう…」


 少し呆れて厨房を出る。

 二人ともカスタードタルトの作り方を知らなかったのだ。


「わたしが教えるのに」


 ラベンダーは書斎に向かった。

その途中、バトラーの役割をしている光の精霊が現れた。


 ――ラベンダー様。


「どうしたの?」


 彼からただならぬ気配を感じて、ラベンダーは顔を険しくさせた。


 何かあったのだろうか。


 ――何者かが領地へ侵入しております。ケガを負っている模様です。


「すぐに行くわ。ジュリアンとラリーサを守って」


 ラベンダーは身を翻すと、ボアのついた暖かいケープを羽織って、すぐに城を飛び出した。

光の精霊が道案内をしてくれる。

 城から数キロ離れたところで赤い血の染みを確認してラベンダーは身構えた。


「何があったの」


 息絶えた黒い獣が二頭、ばらばらで倒れている。

 その近くに赤い髪の少女が倒れていた。

 ラベンダーは、妖精をどこかで見たことがある気がした。

 アレイスターの城にいたアザミの妖精だ。

 そばには大きな狼が倒れていた。。


「大変っ」


 駆け寄ると、アザミの妖精は狼にかぶさる様に倒れていた。


「黒い獣に襲われたのね」


 ラベンダーはすぐに狼と妖精に浄化の魔法をかけた。

 しゃがみ込んで妖精の体に触れる。

 まだ、呼吸している。


「妖精は生きているわ、狼は……」


 狼は妖精を守ったのだろう。

 血まみれで息をしていないように思われた。

 ラベンダーは、ふと息が詰まるような苦しさを覚えた。


 胸苦しさに顔をしかめ、おそるおそる狼の体に触れた瞬間、目を見開いた。


「ローワンっ」


 信じられなかった。

 なぜ、ローワンが狼の姿をしているのか。

 狼は、ローワンがこの世で最も憎んでいる生き物だ。


 血にまみれ死にかけている。

 すぐさまローワンが息をしているかどうか確認をした。

 わずかに脈がある。しかし、体は冷えて凍傷がひどい。

 手足は凍りついていた。

 生きているのが不思議なくらいだ。


「早くっ。早く彼を城へ運んでっ」


 ラベンダーは叫んだ。


 光の精霊たちと共に城へ戻ったラベンダーは、赤毛の妖精を他の者たちに介抱するよう頼み、ローワンを暖炉の前に運び込んだ。

 すぐさま熱いお湯を用意させる。

 一刻も早く体を温めなくてはならない。


「毛布を用意してっ」


 ラベンダーは、毛布で狼の全身を包み込んだ。

 ローワンの体はとても大きくラベンダーだけでは抱えることもできない。

 手足をタオルで清めながらも、彼の体がいつまでも冷たい事に不安を感じた。


「ローワンっ、あなたなんでしょ? わたしに会いに来てくれたのね」


 声をかけながら、必死で介抱した。

 しかし、ローワンの体は冷たいままだ。


「ローワン、大丈夫よ。もう、大丈夫なのよ」


 言いながら涙があふれてくる。

 彼女の涙は宝石となりコロコロと床を散らばると、溶けていった。


「もっと、部屋を温めなくては」


 ラベンダーは焦った。

 自分の腕の中でローワンが死んでしまうなんて、絶対に嫌だった。

 しかし、このままでは彼の命は危なかった。


「ローワンっ、目を開けてっ」


 ――ラベンダー様。


 光の妖精がおずおずと言った。


「何?」


 ――黒い獣が二頭侵入しておりました。どこから入ったのでしょうか。


 確かに光の妖精の言うとおりだ。

 ローワンたちは黒い獣と戦って傷ついたのだ。

 ラベンダーは、ローワンの事が心配のあまり、注意を怠っていた。


「確かにそうだわ。でも…」


 ラベンダーは横たわるローワンの額を撫でた。

 毛むくじゃらの狼は死んだように目を閉じている。

 ケガはなかなか治らない。血の塊も毛に絡まって取れないのだ。

 やせ細った狼の心臓は、わずかに動いているだけだ。


「離れられないわ」


 ローワンをぎゅっと抱きしめた。


 ――ラベンダー様、あなたには守らなくてはならないものがあるのです。


 光の妖精の言葉にハッとする。

 そうだ。ラリーサとジュリアン、そして、北の領地にいる光りの精霊たち。

 自分は守るべきものがある。


「ごめんなさい。その通りね」


 ラベンダーは名残惜しそうにローワンを撫でると、ゆっくりと立ち上がった。


「ローワンの事はあなた方に任せます。彼が目覚めたらすぐに教えて、わたしはもう一度あの場所へ行って、異常がないか見てくるわ」


 ラベンダーは、再び暖かくして外へ出た。

 後ろ髪を引かれる思いだったが、自分はウインタークイーンなのだ。

 わがままを言ってはいられない。


 冷たい雪が再び降り始めていた。

 先ほどの場所に着くと、黒い獣の姿が消えていた。

 赤い点だけが残されて、足跡ひとつなかった。


「そんな…」


 何者かが獣を片付けた?


 ラベンダーは警戒して辺りを窺ったが、白い世界の中に動くものは何もない。

 ラベンダーは、手のひらからつるぎを出した。

 しっかりと構えて辺りを窺う。何か来る…。


 ラベンダーはいつでも魔法を振るえるように身構えた。

 そして、呆気にとられて両手を下ろした。

 剣がすっと消える。


 森の中から現れたのは、妖精の国の立派な四輪馬車だった。

 馬車の従者がラベンダーに気づいて頭を下げた。

 馬上から声をかけられる。


「あなたはここの住人の方ですね」

「ええ…」


 城のあるじがこんなところにいるなんて信じてもらえないだろう。

 ラベンダーは曖昧に答えた。

 その時、甲高い悲鳴が聞こえて、見ると、馬車の窓から女性が顔を出していた。


「まあまあっ、嘘でしょ、ラベンダーだわっ」


 ラベンダーは目を見開いた。

 それは、最も会いたくない女性、リリーオブだった。

 はしゃいだ声のリリーオブに面食らって、ラベンダーは思わず後ずさりした。

 今にも、リリーオブが馬車から飛び降りてくるような気がしたが、一面雪景色の冷たい世界に彼女は出てくるような愚かな真似はしなかった。


「あなたが心配で矢も盾もたまらずに来てしまったわ。お城へ招待してくださるわよね」


 有無を言わさぬ口調に圧倒されて、思わず頷いてしまう。


「さあ、中へお入りになって。そこにいてはあなたでも凍えてしまいますわ」


 リリーオブが馬車の中へ入るように促した。

 ラベンダーは戸惑いながらも、美しい馬車の中へ入った。

 煉瓦によって中は温かく、リリーオブの隣には継母のガーデニアが座っていた。

 彼女はラベンダーを見ると小さく頭を下げた。


「お継母かあさま、お久しぶりでございます」

「ラベンダー、美しくなられたわね」


 そう言ったガーデニアは、少し痩せたように思えた。

 しかし、リリーオブはそれ以上だ。

 顔色が悪く豊満な胸もない。

 すっかり小さくなって見えたが、ラベンダーを見つめる目はぎらぎらしている。


「こちらはとっても寒いのね。でも、雪景色って初めて見たけど美しいわ」


 リリーオブは先ほどからひっきりなしにしゃべっている。

 ガーデニアに口をはさむ余裕さえ与えず、興奮しているようだ。

 ラベンダーは城にいるローワンの事が心配になった。


「こちらに何か御用があったのですか?」


 ラベンダーが尋ねると、リリーオブが眉を吊り上げて笑った。


「しばらくいるつもりよ。あなたがいなくなってから妖精の国は退屈なの」


 リリーオブの皮肉にラベンダーは青ざめた。


「ご迷惑をおかけして申し訳なかったわ」

「いいのよ。おかげでわたしが女王になれたのですもの」


 辛辣な言い方にラベンダーが戸惑っていると、ガーデニアがそわそわと娘の手をさすった。


「いい加減にしなさい。ラベンダーを困らせるために来たのじゃないのでしょう」

「ええ」


 リリーオブは頷いた。


「あなたが元気でやっているか顔を見に来たのよ。ちっとも連絡をくれないんだもの。まあ、着いたのね」


 突然、馬車が止まり城の入り口に着いた。

 門扉が開くと馬車は走り出す。


「なんて素敵なお城」


 ガーデニアが感嘆の声を上げた。

 しかし、城に入ったとたん、リリーオブは黙り込み、先ほどとはうって変って真剣な顔で城を見つめていた。

 ラベンダーは、リリーオブの様子を見て胸騒ぎを感じた。


「ねえ、リリー、あなたは何をしにここへ来たの?」

「さっきも言ったでしょ、あなたの元気な顔を見に来たのよ」


 リリーオブはにやりと笑った。


 客間にリリーオブとガーデニアがソファに座っている。

 不思議な光景だった。


 二人は、光の精霊の出す紅茶をおそるおそる飲んでいたが、今では部屋でくつろいでいた。

 ガーデニアは黙っていたが、リリーオブはきょろきょろと落ち着かない。

 ラベンダーはどうしてもローワンのことが気がかりでたまらなかった。


「ごめんなさい。用事を思い出したので、少しだけお待ちいただけるかしら」


 ラベンダーはそう言って部屋を出ると、ローワンの様子を見に行った。

 しかし、ローワンの意識が戻った様子はなかった。


「ローワン…」


 ラベンダーは狼の額をそっと撫でた。

 まだ、低体温のままで冷たい。


 ――ラベンダー様、どうでしたか?


 執事バトラーの光の精霊が尋ねた。

 ラベンダーは首を振った。


「獣の姿は消えていたわ。何者かが入りこんでいるのね、どこか、結界が敗れているのかもしれない」


 ――もしくは旦那様が入って来たと同時に紛れ込んだのかも知れません。


 光の妖精は、ローワンの事をすでに旦那様と呼んだ。

 ラベンダーは懐かしい響きにふっと息をついた。


「まさか、もう一度、ローワンに会えるなんて夢にも思わなかったわ」


 ローワンにかけられた魔法はとても強力で、ラベンダーにも解くことはできない。

 しかし、今はそれよりも命をつなぐ方が大事だ。


 ――結界を確認なさったのですか?


「確認しようとしたら、あの二人が現れたの」


 光の精霊は一瞬、押し黙り低い声で囁いた。


 ――あなたの御親族を悪く言うのは心苦しいのですが、あのお二人は妙な感じがします。


「ええ。わたしも感じるわ」


 ――何をしに来たのですか?


「知らないわ。でも、あの二人は魔法を使うことはできないのよ」


 ラベンダーは呟いてから、急に胸騒ぎを感じた。


「彼がここにいることをリリーオブたちに知らせないで」


 ――当然です。むしろ、あの方たちは狼を見て卒倒なさるでしょうが。


 リリーオブには渡さない。


 それがラベンダーの素直な気持ちだった。

 彼はわたしのものだ。

 この領地にいる限り、ローワンはわたしに会いに来たのだから。


 この体になってまで、ローワンは何を伝えに来たのだろう。

 ラベンダーは、そっとローワンの額を撫で続けた。

 少しでも温もりが彼に伝わる様に。




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