表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

異変



 ジョーンズは体に異変を感じて辺りを窺った。

 そばにいたフェンネルは顔をしかめて唸る。


 魔法陣が壊された。


 フェンネルはすぐさま、みんなを振り返った。


「ジョーンズ、間に合わない。ここにいる者たちだけで円陣を組むのだ」


 ジョーンズは頷くと、アキオとカオル、そして、エヴァンジェリンを呼び寄せた。

 数分前に、今後の事を話し合おうとみんなが集まっていた。

 フェンネルは険しい顔で大きく息を吐きだした。


「盲点を突かれた。まさか、ローズにこんな力があったなんて…」

「え?」


 ジョーンズが眉をひそめた時、ドーンと大きな地響きがした。

 カオルがおびえたようにアキオに抱きつく。


「何が起こっているのですか?」


 空は暗く、そして、赤い目をした黒い鳥が雨粒のように急降下してくる。

 どこかで悲鳴が上がり、木が倒され、城の周りは炎に包まれた。


 フェンネルは杖を持つと、魔法陣を組んだ。

 その時、入口のドアが破壊され、歯を剥き出しにした黒い獣たちが怒涛のように流れ込み、フェンネルたちを取り囲んだ。

 エヴァンジェリンが目を光らせて、ジョーンズの前に出た。


「エヴァンジェリン、何を…」


 彼女はこちらを一切見ずに獣の方へ顔を向けて言った。


「命に代えても旦那さまをお守り致します」


 いつもは無表情の彼女が険しい顔をしている。

 ジョーンズがごくりと喉を鳴らした。

 アキオとカオルは何もできずに寄り添って震えていた。

 フェンネルは気を緩めないようにして、杖を立てて結界を守った。


「フェンネル、僕に何かできることはないかっ」


 ジョーンズが静かに尋ねると、


「ナーダスが心配だ。どこにいるか、さぐることはできるか」


 一瞬の隙も見せずに、言葉を吐きだした。


 ――ナーダス。


 タンジーの兄で青の魔術師だ。

 彼は一人で行動していることが多く、城のどこかにいるはずだった。


 ジョーンズは目を閉じて彼がいる場所を探そうとした。

 青の魔術師の気配はいつも穏やかであったが、実は妹に対して異常なほど執着を持っていた。

 タンジーを見つけたらすぐにでも追いかけて息の根を止める、と言っていた。


 ジョーンズは、ナーダスの気配をさぐったが、感じたことのないパワーも同時に感じられた。

 ジョーンズは眉をひそめて、二つの気配をさぐった。


 城の中に間違いはない。

 しかし、場所が分からない。

 目を開けて前を見ると、獣の数はどんどん増えて部屋いっぱいになっていた。

 ジョーンズは大きく目を見張った。

 フェンネルと獣のにらみ合いが続いていた。



 一方、北の領地では、ラベンダーがローワンとすぐにでも出発する用意をしていた。

 その時、ローワンが空を見上げて唸った。

 ラベンダーが空を見ると、結界が薄れて消滅した。

 結界でとどまっていた黒いものが、結界が消えると、どんどんと北の領地へと入りこんできた。

 ラベンダーはあまりの恐怖に体が凍りついた。


「なぜ?」


 ローワンに腕を突かれてはっと目を覚ました。


「大変っ」


 すぐにローワンを抱きしめてみんなの元へと瞬間移動する。


 ドアの前にはすでに黒い獣が入りこんで体当たりをしていた。

 ラベンダーは手からつるぎを出すと、黒い獣に切りかかった。

 血しぶきがあがり、一瞬で、獣は半分に切られて大きな音を立てて倒れ込んだ。


 ラベンダーとローワンは中へ飛び込んだ。

 ぐったりとしたアレイスターを抱いているシスルと光の精霊たちは無事だった。

 ラベンダーはおびえているみんなを守るため、新たな魔法陣を作った。


 涎をまき散らし歯を剥き出した獣が飛びかかってきたが、ラベンダーが作った魔法陣に跳ね返された。

 ローワンが、ラベンダーを守るように盾になる。

 ラベンダーは額に汗を滲ませて、獣を睨んだ。

 一瞬の隙を見せてもいけない。


 身構えながら、どんどん増えていく獣たちに目を光らせた。


 一体、何が起きているのか分からない。けれど、ここで気を許したらおしまいだ。

 自分の魔法陣がたやすく破られるはずがないのに、どうしてなのだろう。


 その時、ぬうっと大きな影が室内に入って来た。

 北の領地で寒さに慣れているはずなのに、ラベンダーは悪寒がして小さく口を開けて息をした。


「あれは何なの?」


 涙が出そうになる。

 黒い影は人の形となり、見上げるほど大きな男になった。

 手には巨大な斧が握られている。

 シスルが後ずさりしたが、後ろは壁で動けない。


 ローワンですら身動きが取れないでいた。

 影の背後からローワンが倒したはずの黒い魔女がすっと現れる。

 顔色は悪かったが、燃えたはずの手は再生されていた。


「世界の終わりよ。もう、あなた方を守る魔法陣は全て解除された」


 黒い魔女がしわがれた声で言った。

 ラベンダーは神経を尖らせて相手を睨みつけた。

 言葉を発したら魔法が破られそうで自信がなかった。

 黒い魔女が足を引きずるように歩いてきて、部屋にあったソファにぐったりと座った。

 手を振って合図をすると、黒い大きな影が斧を振り上げた。

 ラベンダーは、手から剣を出して盾のように構えた。

 振り下ろされた斧は魔法陣に跳ね返されて、巨人は体ごと吹っ飛んだが、巨人はすぐに起き上がって突進してきた。

 ドーン、ドーンと何度も何度も魔法陣に斧が振り下ろされる。

 ラベンダーは命が尽きるまでみんなを守ると決めた。


※※※



 ネズミと化したアニスは走るのをやめて、空一面を覆う黒い影を見上げた。

 アニスは鳴いた。

 鳴き声は言葉となり、呪文へと変わる。


 ――ハディト。


 アニスが作った魔法陣の文言だ。

 アニスは、叔父から領地に魔法陣を組めと命令された時に思いついたことがあった。

 ある妖精たちを召喚し、彼らが柱になってもらい魔法陣を張る。

 その代償は大きいが扉を閉める者としての覚悟の上だった。


 アニスの呪文によって、白い翼を持つ妖精が現れた。

 白い妖精は若く美しい姿をしていた。


 ――あなたは、魔法使いフェンネルの元へ飛びなさい。


 ハディトと呼ばれた妖精はこくりと頷いて消えた。


 ――ラフール。


 魔法陣、二番目の文言は男の妖精だった。

 青い翼を持っていた。

 髪の色は黒く、精悍な顔つきでアニスをじっと見つめた。


 ――あなたは、ジュリアン・アレイスターを守ってください。


 ラフールは目を伏せると、すっと消えた。



 ――ケイビット。


 三番目の文言、ケイビットは年老いた茶色の妖精だった。



 ――南の領地へ戻り、叔父を守って。それから、わたしにかけた魔法は解かないでと頼んで欲しいの。


 ケイビットはにやりと笑って消えた。



 ――カオス。


 魔法陣、四番目の妖精は透き通っていた。


 ――あなたはラベンダーを。そして、ラベンダーの家族を守ってください。


 アニスの声が切羽詰まる。

 カオスが頷いた時にはもう消えていた。



 次は、ババロン。


 若い小さな妖精が現れた。

 頭を低くして、アニスを見上げる。


 ――あなたはここにいるのです。


 ババロンは、はっとした顔で頷いた。


 ――仰せのままに。


 ――急いでライラ。


 アニスが呟いた。

 六番目の妖精は、白金の髪を持つ美しい女だった。


 ――ライラは、カッシア王国に行きなさい。ジョーンズの領地を守るのです。


 ライラは頷いて消えた。


 七番目の文言は、ペルデュラボー。


 アニスの息が上がってきていた。

 くらっと体が傾く。

 ペルデュラボーは膝をついてアニスに囁いた。


 ――王女、早く命令を。


 アニスはかろうじて目を開けた。


 ――パースレインを。王国を守って。


 ペルデュラボーはこくりと頷いて消えた。


 最後に、エヌビット。


 アニスは、必死で呟いた。

 八番目の妖精は、男の妖精でがっしりとした体つきで勇ましい姿をしていた。

 彼はアニスを睨みつけた。


 ――王女、約束は守ってもらうぞ。


 アニスは、へとへとになりながらも頷いた。


 ――私はもう王女ではない。あなた方と取引をした。


 ババロンが、アニスをそっと抱きあげた。

 小さいネズミは息も絶え絶えになっていた。


 ――その体で我々に力を与えることができるのか。


 エヌビットが唸った。


 ――エヌビット、私は扉を閉じるつもりです。ですが、あなた方にはしてもらわなければならないことがあります。


 ――心配せずとも、王女がかけた魔法陣は発動している。ローズ姫の呪言ごときで破られぬ。


 それを聞いて安心した。

 ネズミの姿で唱えた魔法陣には妖精たちが配置され、全ての領域で守っているはずだった。


 ――とにかく急いでください。私を扉の近くへ連れて行って。


 アニスがふらっと傾いだ。


 ――アニス王女っ。


 ババロンが叫ぶ。しかし、エヌビットがそれを遮った。


 ――ババロン、今すぐ空へ舞い上がりなさい。


 ――でも…。


 ババロンは泣きそうな顔でエヌビットを見つめた。しかし、エヌビットはアニスを奪うと、手のひらに納めて飛び上がった。


 彼は冥界の扉がある領地へと飛んだ。

 ババロンは、エヌビットを見つめていたが、涙を拭いて空に飛び上がった。

 二人が去った方に背中を向けて金色の大きな翼を広げた。そして、呪文を唱えた。


 ――これより先へは進む事を禁ずる。扉を閉じる者以外の領地に守りの力を発動します。光りと大地、生命よ、力を貸してください。


 ババロンの呪文に答えるように大地が震えた。光にあふれ、その光に触れた黒い獣たちの姿は粉々に消えた。


 ババロンは翼を広げたまま、呪文を唱え続けた。



※※※



 黒い獣はいつ飛びかかって来てもおかしくない。


 フェンネルたちはにらみ合っていた。

 背中をいやな汗が流れる。


 ここまで来て負けるのか。獣の数が多すぎる。

 その時、大きな羽音がしたかと思うと、突如目の前に白い翼の女の妖精が現れた。


 フェンネルは目を見張った。

 若く美しい妖精は黒い獣を睨みつけると、大きな翼を広げた。

 黒い獣が体をかがめ白い妖精に飛びかかった。

 彼女は翼をはばたかせ撥ね退けた。

 それだけで数頭の獣が跳ね飛ばされた。しかし、すぐに別の獣が歯を剥いて飛びかかって来た。

 フェンネルがそれを魔法で押し返した。

 白い妖精がすっとフェンネルに顔を向けた。

 銀色の瞳をしていた。


 彼女はフェンネルに言った。


 ――アニス王女に命じられてあなた方を守りに来た。


「アニスが?」


 ジョーンズが身を乗り出すと、白い妖精は何も答えず黒い獣に向き直り、翼を緩やかに広げると、穏やかな声で呪文を唱え始めた。


 ――扉を閉じる者を中心に、彼女以外の領地に対し守りの力を発動する。光りと大地、生命よ、力を貸してください。


「待ってくれっ」


 呪文を聞いたジョーンズが叫んだ。しかし、魔法を止めることはできない。

 妖精の唱えた呪文によってまばゆい光が溢れだす。同時に強い力を感じた。

 魔法陣はジョーンズたちを取り囲み、そこから身動きができないようにした。


 自由を奪われたジョーンズは叫んだ。


「フェンネル、これはどういうことです」

「アニスが決めたのだ。一人で扉を閉じるつもりだろう」

「みんなで力を合わせるんじゃなかったんですか?」

「何かが狂い始めている」


 フェンネルにも分からないのかもしれない。

 どうにかしたいのに、突然現れた妖精たちが魔法陣を張っている。

 ジョーンズたちはそこから動けなくなってしまった。


 白い妖精の魔法陣の向こう側では、黒い獣たちが光に触れて粉々になっていった。

 白い妖精が羽を広げたまま言った。


 ――我々の力は獣ごときで破られる心配はない。しかし、冥界の王たちでは我々の力は及ばぬ。一刻も早くアニス王女に扉を閉じてもらわないと困るのだ。時間は残りわずか。我々の力が尽きるのを待つか、王女が先に扉を閉じることができるか。


「教えてくださいっ」


 ジョーンズが白い妖精に話しかけた。

 発動された魔法のおかげで、黒い獣が次々に消滅していく。


「アニスに一体何があったんですか」


 ――王女は償いをしている。妖精の王にかけた魔法が三倍返しとなった。当然の報いである。命のあるうちに扉を閉じてもらわねば。


 ジョーンズは青ざめた。

 確かに、アニスはローワンを獣に変えてしまった。


「三倍返しの法則」


 ため息をついて、フェンネルが静かに答える。


「魔法使いは忘れてはならない法則だな」

「なんとかなりませんか?」

「無理だ」


 フェンネルは答えてから、白い妖精をじっと見つめた。


「名前は?」


 ――わたくしですか?


 白い妖精がにこりともせず言った。


 ――ハディトとお呼びください。ところでローズ姫はどちらにおられます?


 フェンネルがジョーンズを見る。

 ジョーンズは首を振った。

 ナーダスの気配は城の中にあるが、まだ見つかっていない。


「たぶん、ローズ姫とナーダスは一緒に城の中にいると思う」


 ジョーンズの答えを聞いて、ハディトが頷いた。


 ――探しましょう。まだ、呪言は終わっていない。


「えっ?」


 ジョーンズがぎょっとした。ハディトは静かに言う。


 ――これは序章である。


 ジョーンズは思わず口を開けてしまった。


「そんな…」


 ジョーンズは頭を押さえた。


※※※



 ジュリアン・アレイスターの元へ飛んだラフールは、空に浮かんだままそこで制止した。

 青い翼を大きく広げると、そこへカオスが現れた。


 ――何をしている。アレイスターの元へ行かないのか。


 姿は見えないが、カオスの声がした。


 ラフールはちらりと目を動かしたが、すぐにアレイスターたちの方へ顔を向けた。

 ラベンダーが作った魔法陣に向かって、巨人が大きな斧を振り上げていた。

 今にも壊されそうな魔法陣の内側で、アレイスターの意識は戻っていない。


 ――冥界の者が暴れている。獣ごときなら抑えられたが巨人にはとても及ばぬ。俺が抑えている間に、巨人の方を倒してもらえるとありがたいのだが。


 ラフールがカオスに頼んだ。


 ――仕方ない。


 カオスはため息をつくと、ラベンダーたちの前へ飛んだ。

 光の精霊がカオスの気配に気づいてぴくっとした。

 巨人には見えてはおらず誰も気付いていなかった。


 ラベンダーは神経を集中させて巨人を睨みつけていた。

 そのそばではローワンが守るようにしていつでも飛びかかるように身構えていた。

 ラフールが呪文を唱えた。


 ――扉を閉じる者以外に対し守りの力を発動する。光りと大地、生命よ、我に力を与えたまえ。


 天に向かって魔法が発動すると、それをローワンが感じ取りハッとした。

 ローワンが顔を向けると、ラフールがローワンに向かって手を振り上げた。


 ――妖精の王にかけられた呪文は、アニス王女に変わって我が解除する。


 呪文の言葉にローワンの体が抑えつけられて、彼はどさりと倒れた。

 ラベンダーが悲鳴を上げた。

 その一瞬の隙にに、斧が振り下ろされた。

 魔法の壁にひびが入る。

 しかし、ラベンダーはローワンの事が心配でたまらず涙目になって駆け寄った。

 しゃがみ込んで、うめいているローワンにしがみついた。

 倒れたローワンは体に異変を感じていた。

 獣だった手足が伸びて、五本の指が動くようになる。体を丸めるようにして大きく唸り、目を開けると妖精の姿に戻っていた。


「ローワンっ」


 ラベンダーが声を上げた時、巨人が再び斧を振り下ろした。

 同時に、カオスが巨人の背後を狙い動きを制御した。

 巨人の腕が上がったままもがいて手を下ろそうとしている。

 妖精となったローワンは体を起こした。

 力がみなぎるのを感じた。

 ローワンは目を上げると、動けない巨人の方へ顔を向け、背中の羽を広げた。


 ローワン王の妖精の翼は以前より力を増しているように思えた。

 ラベンダーが後ずさりして見守る中、ローワンは全身で巨人の方へ飛んだ。

 巨人の腕に手をかけて投げ飛ばすと、巨体は地上へ叩きつけられた。

 ローワンは腰に帯びていた剣をすらりと抜いた。

 巨人に振り上げたが、相手は体を起こし持っていた斧で対抗してきた。しかし、ローワンの力が勝ったのか、剣を振り上げ斧を弾き飛ばすと、相手はじりじりと下がっていった。

 ローワンは渾身の力を出して巨人の胸を一気に貫いた。

 大きな声で吠えてから、巨人がどさりと倒れた。そのままぴくりともしない。


「ローワンっ」


 ラベンダーが走ってローワンにしがみついた。


「ラベンダー」


 久しぶりに聞いたローワンの声に、ラベンダーは涙があふれた。


「ごめんなさいっ、ローワン、わたしを許してくださいっ」

「俺の方こそ、お前を苦しめた」


 ローワンはラベンダーを強く抱きしめて、額に口づけをした。


 その時、おほんと誰かが咳をして、二人は我に返った。

 見たことのない妖精が二人立っている。

 一人は青い翼を持ち、もう一人には人の輪郭はあったが透明だった。


「何者だ」


 ローワンが、ラベンダーを強く抱きしめたまま尋ねると、ラフールが答えた。


 ――アニス王女に召喚された妖精です。あなた方を守るよう指示されました。


「えっ?」


 ラベンダーが眉をひそめる。


「どういうこと? アニスは無事なの?」


 カオスが頷く。


 ――ええ、彼女は生きている。ところで、あちらにおられるアレイスター様はご無事ですか?


「ええ…」


 ラベンダーが曖昧に頷くと、


 ――それならよかった。


 カオスが笑った。


 ――では、急いで魔法陣を完成させましょう。


「待って、ねえ、どういうことか教えて。あなた方は何者なの?」


 ラベンダーは不安そうに手を合わせた。

 これからラリーサの行方を探しに行く所だったのだ。

 胸が張り裂けそうだ。


「娘がいなくなったの。今すぐ探しに行かないとラリーサはきっと泣いているわ」

「そうだ。俺たちはここにいるわけにはいかない」


 ――それは困りましたね。


 ラフールの顔が険しくなった。


 ――我らの目的はアニス王女が向かった扉の周り以外に魔法陣を張ることです。少しでも冥界の王たちからの力を抑えつけなければ世界は滅びる。待っている暇はないのです。


「そんなっ」


 ラベンダーは今にも飛び出しかねない。ローワンは強く抱きしめた。


「俺が行く。お前はここにいろっ」

「いいえっ」


 ラベンダーは狂わんばかりに首を振った。


「あなたを押しのけてでも、わたしは娘を探しに行くわっ」


 それを見ていたカオスがため息をついた。


 ――わたしが行きましょう。


「え?」


 二人が同時にカオスを見る。

 カオスは薄く微笑んだ。


 ――わたしは、ラベンダー様の家族を守るように指示された。命令に背くわけではない。それにわたしは空間を移動することができる。


 ラフールが険しい顔で首を振った。


 ――それはならない。一人でも妖精が欠けたら魔法陣は発動しない。


「わたしでは代わりになりませんか?」


 シスルが声を上げた。

 二人の妖精がシスルを見つめた。赤い翼のアザミの妖精。


 ――悪くない。


 カオスが頷いた。

 彼はシスルに近づくと、顔を寄せて何か囁いた。

 シスルは表情をこわばらせて頷いた。しかし、ラベンダーは体を前に差し出した。


「勝手に決めないで、わたしは行くわよ」


 ――ウインタークイーン、あなたはご自分の立場を忘れてはならぬ。あなたはいなくてはならない存在なのです。


「でも、ラリーサを見つけられるのはわたししかいないわ」


 ラベンダーは再び泣きそうになる。


「お願いよ、ラリーサに会いたいの」


 ――王女、わたしを信じてください。


 カオスが近づいて、ラベンダーの涙をそっとぬぐった。


 ――さあ、急がなくては、他の者たちも動き始めている。


「他の者たちとは?」


 ローワンが尋ねた。


 ――妖精は各国に分かれました。みんなが配置についたら、発動します。


「待って、発動って何のこと?」


 ラベンダーが叫んだ。しかし、ラフールはそれに答えなかった。


 ――アザミの妖精、ここへ。


 シスルを呼び付ける。


「は、はい」


 おずおずと前へ出てきたシスルに頭上高く飛ぶように命じた。


「ダメよ! やめなさいっ」


 ――いいえ、王女。これはもう決められた道です。


 シスルは窓から外へ出て天へ上がって行く。

 そして、教わった呪文を唱える準備に入った。

 ラフールは、サッと翼を広げて飛び上がると同じように外へ飛び出した。


 ――世界がこれで守られるのです。そのために多くの犠牲は払われるが。


「待ってっ」


 ラベンダーの悲痛は届かなかった。

 ラフールは翼を広げてどこかへ飛んで行ってしまった。

 それから空はやけに静かに感じられた。


 アニス、早まった真似をしてはダメよ。


 ラベンダーの悲痛な声は届いたか分からない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ