助けが間に合わなかった
「大変です! ミラージュさまが……っ!」
我が妹、ミラージュ付きの侍女が慌てた様子で屋敷に入ってきたのは三日前のことだ。
ミラージュの婚約者とその浮気相手によって学園のホールで糾弾され、捕えられたというのだ。
すぐさま私は我が家の影たちを手配し調べさせた。
我が妹、ミラージュは多くの事に無関心な娘だ。
自身のすべきことはきちんとこなすがそれ以外のことには興味も持たない。
そんな妹を心配し、性格や地位を考慮した上で婚約させたのは皇太子だった。
穏やかな気性で、ミラージュのことを気に入ってる皇太子であればあの子を不幸せにすることはないだろう、とミラージュをとてもかわいがっている父上が泣く泣く婚約者として認めたのだ。
実際、それは今までうまくいっていたように思う。
ミラージュはあまり皇太子に興味を持っていないようだったが、それなりに情を持ち。
皇太子はそんなミラージュを理解し、受け止めていたように思えた。
それなのに、どうしてだ……?
影たちが情報を集めて持ってくるまではとても速かった。影たちもミラージュのことを認めているのだ。
学園は安全だろうと護衛を出していなかったことを悔やみ、いつも以上の力を出して情報をかき集めたのだろう。たった一日で集めてきたのだ。
そして私は驚愕した。
皇太子が浮気していたということ。
浮気相手であるデイジー伯爵家令嬢、ラズベリルという娘を、ミラージュがいじめていたという噂。
取り巻きである令嬢方を使い、その娘に水をかけたり私物を隠したりしたというのだ。ありえない。
ミラージュがその娘をいじめるわけがないというのに。
我が妹はとても無気力だ。たとえ皇太子に情を持っていたとしても、いじめを起こす気力はないだろうし求められれば婚約解消だって辞さないだろう。
捕えられたというのもおかしい。
我が家は侯爵家、相手は伯爵家である。たとえ本当にいじめたのだとしても、その内容程度で科されるのは賠償程度だろう。
すぐさま私は王に手紙をしたためた。この件が王の知るところであるかどうかを問うために。
そして私自身は学園に向かい色々と話を伺わねばならない。
翌日、実行犯とされる令嬢たちを校長室へ呼び出してもらい話を聞くことにした。
どの令嬢もミラージュからの指示だと言っているが、明らかにおかしい。
ミラージュの好むもの。ミラージュの趣味。ミラージュの愛読書。私からした質問はそう難しいものではない。取り巻きだというのならばどれも知っているはずだ。
なのにどれ一つ答えられないとは。さすがに学園長もおかしいと思ったのだろう。大人たちが訝しんでる様子に気づいたのか、令嬢たちは震えだした。
そして私が脅迫をするとやっと、本当の首謀者の名前を教えてくれた。
被害者であるはずの娘が、被害者ではなかったのだ。
そして王からの手紙もちょうどその時にやってきた。
私への手紙には皇太子が浮気していたこと、ミラージュを捕えたことを知らなかったこととそれに対する謝罪が慌ただしい文字で書かれていた。
怒りで思わず手紙を握り潰すと令嬢たちと学園長が震えあがった。
学園長に私への手紙を読むようにと渡し、皇太子の元へ向かうこととする。
皇太子の領地へ向かったという証言を聞き急いで向かうと、広場に民たちが集まっていた。
もしや、と思い急ぐ。
皇太子とみすぼらしい娘が寄り添いながら笑っている姿を見つけそこに駆け寄った。
「お久しぶりでございます、マーク様。こちらでは何を……?」
「なっ……パトリック! なぜここに……!?」
慌てている皇太子に王の刻印が入った手紙を渡す。横にいる娘は状況がつかめないのか首を傾げていた。
手紙さえ渡してしまえばこの二人に用はない。ミラージュの姿を探すと、民衆の視線の先に断頭台を見つけ慌ててかけよる。
「待て! その処刑待て……!」
声を張り上げて力いっぱい走るが――
その光景はとてもゆっくりに見えた。
諦めたように目を瞑るミラージュ。
その首へ一直線に向かっていく鋭い刃。
ダメだ、やめろ、待て、ミラージュ……逝くな……!
どうして私はもっと早く走れないんだ、足よもっと動け、あの刃を止めるのだ
でないとミラージュは、ミラージュが……!
ざしゅっと音がし、血が噴き出す。
ころり、と首が転がり落ちた。
ああ……私は、間に合わなかった……。
あの二人を気にせず、先にミラージュを探していれば……。
学園だからと安心せず護衛を付けていれば……。
皇太子なんかと婚約させなければ……。
愛する妹を、失うことはなかったはずなのに……。
私は首だけになってしまった妹を抱きしめ涙を零した。