雨の日から始まった悲劇。
4月30日の事。
この日は記録的な豪雨だった。
どしゃ降りで風も強く。
雷さえ鳴りやまない。
そんな日でも、
-俺はひたすら逃げた-。
-こんなところで捕まってたまるか-
心はそう叫ぶが体は正直。
そろそろガタがきていた。
背後から警察のやつらが俺を追ってくる。
-キチイ、足が痛ぇっ、息も出来ねぇ、もう休みてぇ-
俺の中で二つの何かが葛藤していた。
-ダメだ、ここで諦めたら……終わりだ-
「止まれー!!」
「諦めろー!!撃つぞー!!」
警察共の怒鳴り声が聞こえた。
-しつけぇな、いっそのこと撃てよ-
体が限界にきた俺の視界に人影が写った。
雨でよく見えなかったが小柄の奴が
こんな雨にも関わらず、傘もささねぇで
歩いてる。
-まさか、ガキ……?-
だがそんなことはどうでもいい。
このガキを人質にとって、
うまく高飛びすれば………。
俺はジーパンのポケットに隠し持っていた
ナイフを取り出して、
ガキの手を引っ張って
ナイフをガキの首に持ってい
った。
「動くんじゃねぇー!!!!」
警察の連中は立ち止まり、
慌てた表情を見せた。
-勝った-
俺は確信した。
「おいガキ、さわいだりしたら殺すからな。」
ガキは返事をしなかった。
大人しそうだと安心し、
身代金を要求した。
「子供を助けたきゃ、5000万持ってこい。」
そしたらその警察の一人が言った。
「ふざけるなっ!!大人しくその子をかいほ……」
(バンッ!!)
俺は隠し持っていた銃の引き金を引いた。
地面で血と雨が混ざった。
「おいサツ!!口答えすりゃ、こいつと一緒だ!!なんならガキから最初にやろうか?」
俺は内心、ガキを殺す気はなかった。
身代金のためにコイツは必要だし、
ガキは絶対に殺りたくはなかった………。
「わ、わかった。用意する。だが子供にだけは手を出すな」
中々ものわかりが良い。
「お前達、そのまま手を上げて後ろを向いて帰れ!!」
「その子には手を出すなよ。」
「いいから行けっ!!」
警察の連中はゆっくりと後ろを向き歩きだした。
俺は今にも吹き出しそうな笑いをこらえた。
「……バカな奴等だな。」
(バンッ!!バババッバンッ!!)
一人残らず連中の頭に弾丸をブチ込んだ。
にも関わらず、これだけの光景を
目の当たりにして、声一つ出さねぇ
ガキが不思議だった。
俺は盗難した車にガキを乗せると
倉庫を目指して車を走らせた。
バックミラーを覗くと
ガキを死んだ魚みてぇな目をしてうつむいていた。
「おいガキ、よく騒がなかったな。サツ共が金持ってくるまで我慢しろ。」
ガキは顔色一つ変えずにうなずいた。
「ま、金が手にはいらなかったら、そん時は殺すから、親を恨め。」
次の瞬間、ガキがはじめて口を割った。
「……親…いない…。」
俺は耳を疑った。
「は?」
計算外だった。
これじゃ金が手にはいらねぇ。
だったらもう殺すつもりだったが
俺は何故か殺せなかった。
このガキの目は嘘をついてねぇ
それどころか、俺のガキだった頃の
面影が重なった。
-なにを迷ってんだ俺は、こいつじゃ意味ねぇ、殺っちまった方が早えだろ-
手が震えた。
涙さえ出そうになった。
気がつくと車は倉庫の前だった。
「ついたぞ、降りろ。」
俺はガキを部屋にいれた。
我ながら、いつ見てもきたねぇ。
布団はぐちゃぐちゃ
スナック菓子がそこら中にちらばっていて、
部屋中タバコくせぇ
「まぁ座れ。」
俺はガキを座らせると雨で湿った
タバコに火をつけた。
ガキは相変わらず死んだ魚みてぇな目を
している。
「さっき言った親がいねぇって何だよ。」
ガキはタバコの火種を
じ~っと見つめて話だした。
「生まれた時に捨てられて、親戚の家に引き取ってもらったんだけど、このありさまで……」
ガキは腕をまくった。
俺は目を大きくした。
無数の傷痕、タバコの焼け跡、血の固まり。
部屋中が沈黙の空気に包まれ
タバコの火種がどんどん灰皿に落ちていく。
俺は言葉にならない悲痛と憎悪を覚えた。
「おじさん、泣いてるの?なんで?」
俺はガキの言葉で我に変えると
涙でタバコの火が消えている事に気が付いた。
俺はごまかした。
「ったく、お前のせいでタバコ一本無駄になったじゃねぇか。」
ガキの表情が変わった。
それは少し笑っているように見えた。
「ガキ、なに笑ってんだ。殺すぞ。」
「ごめんなさい。」
俺は手元にあったタオルを渡した。
「風邪引くぞ。」
「へ?」
「ほらっ」
ガキは鳩が豆鉄砲くらったような顔をした。
「ありがとう。」
「こんなどしゃ降りなのに傘もささねぇで何してたんだよ?」
するとガキは
まな死んだ魚みてぇな目をして答えた。
「死のうと思って。」
俺は言葉を失った。
ガキは俺を見ると憎しみにみちた目で
「あの時、あの時……おじさんが殺してくれれば良かったのに………。」
その言葉を聞いた時
俺は自分が死んだ魚みてぇな目をしていると実感した。
本来の俺なら怒り狂ってとっくに殺ってる。
このガキは何もかも俺と同じだ。
-あの時誰も助けてくれなかった-
ここでこのガキを見捨てりゃ
俺と同じことになる。
俺は今まで数えきれない人を殺してきた。
だが俺のせいじゃない。
親に捨てられ、親戚にはコキ使われ、
あげくの果てには追い出された。
道端で意識を失ったゴミみたいな俺を
拾ってくれたのは
当時関東で勢力を伸ばし続けていた
松田組の組長、慶治の兄貴だった。
俺はこの人についていった。
何が何でも俺は兄貴の後を継ぐ。
だが俺が組入りしてまもなく、
内部ではあとめ争いが勃発。
俺は当初付き合っていた彼女を
人質にとられ、救えなかった。
兄貴も内乱で命を落とし、
俺は何も得られぬまま、
また、心に傷一つ作って組を去った。
数年後、自ら組長を名乗り組を創設。
松田組の連中を皆殺しにして、
組を一気に名高い組織にした。
だがそれも長くは続かず
組内の内通者の手によって、
俺は行き場を失い、
その結果、行き場のないガキを人質に……。
俺は、どうしたら………。
ナイフを握りしめていた手から
血がポタポタと流れ落ちる。
「はい」
ガキがタオルを持って俺の目を見つめた。
「おじさん、ケガするよ?」
俺は決心した。
「俺はおじさんじゃねぇ、黒田正造。今日からお前のパパになる男だ。」
(バサッ)
ガキは鳩が豆鉄砲くらったような顔をした。
「え?」
このガキを守る。
俺はみたいな人生は必ず歩かせねぇ。
この日俺は決心した。
こいつの親父になる。