壱
チャイムが鳴って皆帰る用意をし始めた。今日の授業が終わり、後は自分の家へ帰るだけだ。私の場合は。華の女子高生とはよく言ったもので、実際私には華などは一切感じられない。私の第一印象は誰に聞いたって‘おとなしそう’。こんなことを言われ続けて私は裏表がある人間になってしまった。せめて外見が良ければよかったのだが、生憎何処にでも居そうな普通の顔止まりである。
「月白さんバイバイ」
「あ、うんバイバイ」
学校の子達とは未だにここまでしか発展していない。
憧れていた高校生活もこんな調子で今の生活は何にも楽しくない。出来ることなら中学生に戻りたい。それに今の女子高校生にはいないような古いものが好き、というのが趣味な私は勿論周りの子達の話はわからない。何か生活に刺激があればいいのだけれど。
先程のあいさつを交わした子と別れ、いつもと何ら変わらない帰り道の風景を眺めながら歩く。此処の土地は昔からある古い家が多くて、古いもの好きの私にはとても目の保養になった。
私が一番好きな大きな古い家にさしかかった。何度見てもこの家はいいな、と立ち止まって見ていると苦しそうな動物の鳴き声が聞こえた。その鳴き声を聞いて少し心が浮き上がった。それだけでいつもとは違う帰り道だったからだ。もう一度鳴き声が聞こえ、何かいると確信した私は声のする方へ近寄ってみた。確か、この家と隣の家の隙間からだった筈だ。暗くてよく分からないが周りの色とは違う丸いものを見つけ其れに近寄った。少し不審に思いながらその場で腰を少し下ろし、様子を見た。すると耳が見え、顔も見えた。それは黒い色をした狐だった。私を視界に確認するとすぐに傍から離れ、威嚇してきた。狐の実物を見たのは人生で初めてだ。まして黒い狐などは居ないと勝手に思っていた。しかし、この狐を見る限りそれは違っていたようだ。その場所から動くことも出来ず固まっていると、何故かパッタリとその場で狐は倒れた。
「あっ」
驚いて声を上げてしまったが、幸い周りには誰も居なかった。恐る恐る近づいて少し触ってみるが、ピクリとも動かない。もしかして死んでしまったのでは、と思ったが腹が動いていたので死んではいない様だ。でもどうしよう、見たところ怪我はしていないけれど放って置けば何れ死んでしまうだろう。
しばらくその場に立って考えて結局家に持って帰ろう、という決断に到った。見つけたのも何かの縁かもしれないし、いつもと同じ毎日から抜け出せるような気がした。倒れている狐を着ているセーターで包み抱える。大きさは小型犬くらいの大きさで、決して小さくはなかったが腕に抱えられる程度だった。いつも通りの道を歩いていて気がついた。私は電車通学だった。勿論この狐と一緒に電車は乗れない。しかし、最寄りの駅から三駅だ。このくらいならば歩けるだろう。初めて歩くが線路に沿って歩いていれば大丈夫だろう。外も暗いから怪しまれない。仕方ない、歩いて帰ろう。
それから三時間歩いて歩いて、やっと家に着いた頃には八時になっていた。無事に家に帰れたことが何よりである。鞄から手早く家の鍵を出し鍵穴に居れ捻った。ブレザーを着ているとはいえ、冬だから寒いのだ。
「ただいま」
少し経ってからおかえりという母の返事が返ってきた。勢いで狐を持って帰ってしまったが母はなんて言うだろうか。少し控え気味で廊下を歩いてリビングに向かった。台所にいる母を横目にリビングにたどり着いた。本当にどうしようか。
「あんた遅かったけど何してたの」
「ちょっと、ね」
怪訝な顔をした母の視線が私が抱えているセーターに移る。
「何で寒いのにセーター着てないの」
「え、ちょっと脱ぎたくなって」
少しこたつ布団に隠して言い訳をしていると、運悪くセーターがもぞもぞと動いた。何で今動くの。
「それ何」
と半ば強制的にセーターを剥がれ包まれていた黒い毛が露になった。狐は目を薄く開いて周りを確認しているのか首を動かした。
「何で狐がいるのよ」
少し声を張り上げて、母が聞いてきた。そんなことはお構いなしに狐はどこか苦しそうな声を上げる。どうしよう。いつかはバレるものだけど、それはそれで何かと大変だ。
「えっとね、拾った。」
「はぁ?」
目を泳がせながら母に伝えた。母は眉間に皺を寄せて狐を見る。狐と母は目を合わせ少しの間見詰め合うと私の方を向いて溜め息を吐いた。駄目だってやっぱり言うのだろうか。
「あんたが面倒見るならいいわよ」
なんと、まさかの承諾。明日は雪が降るなと言い掛けて口を閉じ、取り敢えず深く頷いた。こんな事言ったら前言撤回とか言われそうだ。良かった。こんな寒い中にいたら死んでしまっていたかもしれない。それに、黒い狐なんて滅多に居ないと思うし、何処か怪しい所に連れて行かれてたかも。少し強く抱きしめると狐が一言声を上げた。
まず体を綺麗にしてご飯をあげて、それからこの子のことを考えよう。こたつから立ち上がって、風呂場へ足を向けた。