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「あら?なんだか楽しそうね」
バスケットを片手にクスクスと笑いながらやって来たのはクローネだった。
「やっと来た。クローネ、ほら見て」
自慢げにハムサンドの包みを見せるエリアスに、クローネは目を細める。
「週に一回のハムサンド争奪戦、ご苦労様。お礼にお茶と果物、用意しといたわよ」
「やったぁー!」
パッと笑顔になったエリアスは、クローネが隣に座った途端、今度はモジモジする。初恋は今も継続中なのだ。
想いは日に日に募るばかりだが、この気持ちを伝えてしまえば、もう二度とこんなふうに三人で昼食を取ることはできないだろう。エリアスは、それが何より怖い。
とはいえ何食わぬ顔をして、好きな人の隣に座れるほどエリアスは神経が図太くない。
風が吹くたびにクローネの髪が頬に触れ、心臓がバクバクして、いつ気づかれてしまうんだろうと不安になる。
でも、今のところ、クローネがエリアスの恋心に気づく気配はない。それを喜んでいいのか、悲しんでいいのか複雑である。
それでもハムサンドは美味しい。やっぱり美味しいものは、三人で食べるに限る。
「エリアス、月末から始まる後期試験は大丈夫そうか?」
ハムサンドを食べ終えたギルフォードは、食後のデザートであるリンゴを丸かじりしながらそう尋ねた。
途端に、エリアスの表情が曇る。
「……何をもって大丈夫っていうのかわかんない……」
「そうか。だが魔道具巧操講義には実技もある。お前ならそこでカバーできるだろ?」
「うん。でも……それ以外は不安しかない」
「おい待て。それ以外って、必須科目全部ってことか!?」
「まぁ、そうなるね」
ポリポリと頬をかきながら照れくさそうに笑うエリアスだが、笑い事ではない。
かつてギルフォードは、エリアスの試験対策のために過去問を必死に集めた過去がある。それなのに進級が危ういこの現状。途方に暮れたギルフォードは、助けを求めるようにクローネを見た。
ギルフォードと協力して過去問を集めに奔走したクローネは、呆れを通り越して駄目な子を持つ母親の顔をしていた。
「仕方がないわね……二人とも放課後、自習室に集合よ」
「ああ」
「うん!」
やれやれと肩をすくめるギルフォードとは対照的に、エリアスはものすごく嬉しそうだ。留年の危機が迫っているのに、顔に締まりがない。
「エリアス。俺は次の試験からは、手伝ってやれない。だから頼むから自分でなんとかすることを覚えてくれ」
「うん……そうだね。まずは座学の途中で寝ないように頑張るよ」
ギルフォードは一学年上だが、飛び級で今年の年末に士官学校を卒業する。こんなふうに三人そろって昼食を取れるのは、あとわずかだ。
「ギル、すぐに追いかけるから。待ってて」
しんみりとした空気を払拭するように、クローネはわざと明るい声でそう言った。
「悪いが、待たない。だがその気持ちは有難く受け取っておく。それと、二人に何かあれば俺はいつでも駆けつける」
穏やかに微笑むギルフォードは、辺境伯としての責務を全うするだけでも大変なのに、他人のために心を砕いてばかりいる。
もう少し頼ってくれてもいいのに。そう拗ねたくなるが、頼ってもらえないのは、自分が頼りないからだ。
だからもっと強くならないと。でもその前に、後期試験をパスしないと軍人としての未来がない。
「ギル、クローネ。僕、頑張るから。死ぬ気で頑張るから、よろしくお願いします!!」
直角に腰を折ったエリアスに、クローネとギルフォードは生真面目な顔で頷こうとしたけれど、失敗して声を上げて笑った。
どこまでも澄み切った晩秋の空に三人の笑い声が響く。日差しは穏やかで、ハムサンドとリンゴの香りがまだ残っていて──士官学校の日常は平和の延長線上にあるように思えた。
けれど、二年後。エリアスは、あの光景とは真逆の場所に向かうことになる。
*
在校生としてギルフォードを見送り、その二年後にクローネを見送った後、ヨルシャ国は開戦の火蓋が切られた。
卒業試験は教師に「舐めてるのか?」と真顔で尋ねられるような結果だったエリアスだが、ギルフォードとクローネが残してくれた対策ノートのおかげで奇跡的に中堅魔道具巧操者の資格を取得。それが決め手となり、エリアスは無事に卒業することができた。
士官学校始まって以来のラッキーボーイとして沿革に名を刻んだエリアスだが、幸運だったのはそこまでで──卒業後に待っていたのは激戦区への出征だった。
つい数日前まで学生だったエリアスは気持ちを切り替える間もなく、制服から戦闘服に身を包み、仲間と共に戦地へと赴いた。




