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プロローグ 理不尽な要求

「相手が大国であろうと、譲歩はしない!」


 カデミア共和国の閣議室に、鋭い声が鳴り響いた。

 大臣たちはその声を発した人物 ー ラセア・リージナル首相を見る。


 彼ら彼女らは、アウレウス連合王国との貿易交渉について議論していた。

 アウレウス連合王国は人口1000万人を抱える大国で、近年即位した"総王"が近隣諸国へ圧力を高めている。

 今までアウレウス中心に結成されてきた秩序が、崩壊しかけているのだ。


「アウレウス連合王国は我々の5倍以上の国力を持つ国です!提案を受け入れなければ、見せしめにさらに高い関税をかけられます!」


「だからといって奴隷のように扱われては本末転倒だ!

 アウレウス側の要求は私たちのマルクス商会への多額の出資、アウレウス産農産物への関税の禁止、その他の市場の解放なのだぞ!?

 しかも、その見返りは紙への関税が下がるだけで、他の製品の高関税は維持される!

 聞くだけバカバカしい!」


 この世界で、紙はカデミア共和国でしか作れない。

 つまり、紙はカデミアの主要な輸出品の一つで、それに関税を掛けられると利益が大幅に減る。


 ラセアはカデミアを共和国化し、王国時代の腐った政治を立て直した張本人である。

 そんな彼女にとって、アウレウス側の提案は理不尽そのものであり、到底受け入れることができなかった。


「いいか、私は内閣総理大臣になった時、この国を豊かにすると誓ったのだ。あんな悪逆無道の国王が制定した条件を呑むことになりば、私は辞職する!いや、切腹する!」


 それだけ言うと、苛立ちの溜まっていたラセアは会議を飛び出していった。


「どこ行くんですか総理!?急に自殺しないでくださいよー!?」

「カデミアの国益を守るまで死ねるか!」

「もう言ってることが無茶苦茶です!」

 

◇◇◇◇


「おっ、ラセア。お帰り」

「ただいま。‥‥‥あー!最悪だ!」


 自宅に着くと、私 ー ラセア・リージナル ー はコートを床に投げ捨て、夫のキレンに愚痴り出した。


「アウレウス側は不平等な交渉を持ちかけ、しかも合意文書さえ作ろうとしないのだ!あの総王のことだ、いずれ要求を追加してくるだろう。この世界の倫理観はどうなっている!?」


 キレンはやれやれという顔をしながら私の背中に手を当てる。


「仕方ねえだろ。ちょっと落ちつけよ」


 私はあっさりと受け流されたことにむっとしたが、これは彼が私の扱いに慣れている証拠であり、非難することは全くの見当違いである。


「私はどうすれば良いのだ?」

「知るかよ」

「そこをなんとかするのが君の仕事だろう?」

「違うが!?俺の仕事はカデミア国立大学の教授だが!?」


 ハア。

 と私はため息をついて座った。

 

 この世界に来てから、本当に難題ばかりだ。

 国の民主主義化が終われば次は外交。

 これには相手の出方を探る必要があり、私の一番苦手な分野である。


「私はそもそも外交になど興味はない!国の仕組み改革なら分かるが、外交!?腹の探り合いのどこか楽しいというのだ!」

「‥‥‥お前は常識知らずだからな」


 常識知らずとは失礼な。

 世間が常識知らずなのだ。


 そう言おうとしたが、その前にキレンが口を塞いできた。


「一旦、落ち着こう」


 落ち着けるものか!と感じながらも、私は暴れるのをやめ、今度は普通の話題を切り出す。


「財政問題については知っているだろう?」


 キレンは経済学を教えている。

 そこには政府の財政問題も絡んでくるので、知らない訳がない。


「まあ、知ってはいるぞ?」

「君は国家の少ない資金を何に回せば良いと思う?」

「そうだなーーとりあえず内閣総理大臣に警護を付けろ!」


 キレンの言葉の意味が分からなかった。

 ケイゴ‥‥‥敬語?

 敬語なら皆つけてくれているぞ?


 私がキレンを向いたまま固まっていると、彼は勢いよく続けた。


「お前が予算をケチったせいで、警護も首相官邸もねえだろ?これって首相が暗殺される事態もありえるんだぞ!?自分の身を危険に晒すのも大概にしろ!」


 なるほど、私のことを案じてくれたのか。

 しかし、国費を私事のために使うのは論外。


「国民から集める税金は国家の運営のためにある。私のために使うものではない。それに、私のことなら、君が守ってくれるだろう?」

「そういう問題じゃねえよ!確かに俺は死んでもお前を守る。でも日中は大学に勤務しているんだぞ!ーーあと、総理の安全は国家の問題だろ!?」


 確かに、それもそうだ。

 やはりキレンは私に別の視点を与えてくれる。


「次の総理が決まるまでには予算を回しておく」

「お前はどうするんだよ」

「私は我慢すればよかろう?」

「‥‥‥我慢とかでどうにかなる話じゃないだろ!?」


 別に私は何も気にしていないのだからよかろう?

 

 その時、私はふと気づいた。

 少し落ち着けていたのだ。

 キレンとの何気ない会話が功をなしたのだろうか。


 冷静に考えると、アウレウス連合王国との交渉をここで捨てれば、カデミアはさらなる不利益を被る恐れがある。


「キレン、私は冷静になった。来月、第三回目の交渉をアウレウス連合王国としてこようではないか!」

「!?」


 キレンは首を傾げた。

 何を言っているんだ、と言わんばかりの表情である。


「なんでそうなる!?お前の脳内はどうなってんだ!?」


 至って普通なのだがな?

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