14. ろくでもない友達
注意:若干下品な会話があります。
秋人は部室で絵具を練りながら、今朝の薫の様子を思い出していた。
顔色も良くないし、目が虚ろだった。よほど忙しい案件なのかと思ったが、そうでもないらしい。この前からバタバタしているなあとは思っていたのだが。あんな風に不調が隠せない薫は見たことがなくて、秋人は不安になる。
「如月くん、筆止まってるよ」
美香に言われてはっとする。
「あ。すいません」
「ん?いいんだけどね。部活だもの。ただ、気になることがあるときは描いてもあんまりいい結果にならないからね」
美和の眼鏡の奥の目が優しい。
「薫が、今朝元気がなかったら、ちょっと心配で」
「それは、すごく心配ね。今日は早く帰ったら?」
「はい、そうします」
秋人は絵具を諦めて片付けだした。秋の文化祭用の絵はかなり大きい。秋人の身長くらいあるキャンバスサイズなので、自宅に持ち帰ることは不可能だった。魔法を使わなければ。
「先輩、家で描いてもいい?」
ぼそりと秋人が言う。そうすればしばらく薫の傍を離れなくて済む。今は部室には美香と秋人の二人しかいないので収納魔法を使うチャンスだった。しかし、美香は眼鏡をくっと挙げると厳かに首を振った。
「ダメです」
「誰も見てないし」
「いけません」
「ばれないと思う」
「如月くん、部室は録画されています」
美香の言葉に、秋人はがっくりと肩を落とした。美香の言う通りだった。諦めて、秋人は帰路についた。
「よお、秋人!」
背後から声をかけられて振り向くと木下智輝だった。日に焼けて真っ黒で、歯と白目だけが白い。
「今日は部活か?」
「そう。文化祭用の作品制作。智輝は?」
「ああ、うちは三年生の追い出し会。」
「予選、残念だったね」
轟学園は都大会は準決勝で敗れた。三年はそれで引退だ。今日まで色々引継ぎなどに時間がかかっていた。
「秋期大会に向けて気合入れるさ。今度こそ一人で投げ切れるようになってやる」
智輝はニヤリと笑った。最終戦では監督に無理やり降板させられた。これからも野球がしたいなら俺の言う事を聞けという監督の言葉を受け入れるしかなかった。
秋人はふと気になって智輝の肩に手を置いた。
「肩痛めてる?」
「え?」
智輝が驚いて秋人を見る。
「いや、肘は気を付けてたけど肩は特に…」
「肩、気を付けた方がいいと思う。智輝はまだ体が出来てないから、肘よりさきに肩に来てると思う」
「・・・・わかった」
智輝は誰にも言ってなかったが、確かに肩に違和感を持っていた。見た目でわかるほど影響が出ているなら病院へいくべきだろうと己に言い聞かせた。
ちなみに、後日医者にはもう少し遅かったら取り返しがつかなくなるところだったと言われて驚いたのだが。
二人なんとなく並んで帰路についていると、秋人のスマホに着信があった。
『もしもし、秋人?』
薫の声が微妙に不機嫌だった。
「どうしたの?」
智輝は気にした様子もなく隣で立ち止まって待っている。
『客に逃げられた。工藤さんは一緒?夕飯食べに来ないか聞いてくれないか?』
「薫、もしかして今日も作りすぎたの?」
秋人の声に呆れが混ざる。この3日ほど冷凍する余地がないほど薫は料理を作っている。よほど何か煮詰まっているらしい。
「先輩はいないけど…」
チラリと秋人は智輝を見る。
「智輝、今日ってこの後何か予定ある?」
「ない」
「うちでご飯食べない?」
思わぬ招待に迷わず智輝は頷いた。
「一人、高校球児を連れて帰る。沢山食べてくれると思うよ」
秋人はそう電話に向かって宣言した。
木下智輝は三度瞬きをして目の前の男を見つめた。おそらく自分はかなり間抜けた顔をしているだろう。しかし、開いた口を閉じる気が起きなかった。
「初めまして。神崎薫です。秋人の保護者です」
にこやかに微笑む長身の男は、智輝が今まで見たどんな人間よりも美しかった。
「お前の保護者は男女の域を超越している美人だな」
思わずついて出た言葉に薫は爆笑した。
「そんな風に褒められたのは初めてだ。改めて秋人をよろしく」
笑って出された手の指先まで美しく、智輝は握手のためとはいえ握るのが躊躇われた。
智輝は秋人の部屋に招待され、部屋の主はお茶を淹れにいった。きょろきょろと見渡す。
美術の道具以外ほとんど何もない部屋だった。イーゼルと立てかけてある数点の絵、絵具のセット、スケッチブックが数冊。それから壁に場違いに大きなテレビがあり、最新のゲーム機が鎮座しているが、ほとんど使用されている気配がない。本箱には数冊の教科書。図録。棚にはいくつかの写真立て。古い写真の方は家族のものだろうか、秋人によく似た二人が笑っていた。
「ふむ…」
智輝は部屋を再度見渡した。
「智輝は何をやっているの?」
着替えてお茶とお茶うけをもってきた秋人が見た光景は、本棚の後ろを覗き込んでいる友人の姿だった。
「いや、エロ本がないかと。ベッドの下にはなかったし、クローゼットにもなかったからここしかないだろう」
「そんなのあるわけないだろ!!」
秋人は思わず叫んだが、智輝はふるふると首を振った。
「いや、健全な男子高校生の部屋にエロ本がない方がおかしい」
「そんなバカな」
秋人の呆れ顔に、反対に智輝が反論する。
「その顔で言われても説得力ねえよ。お前、女の1人や2人や3人いるだろ?」
「はあ?」
秋人は困惑を浮かべる。
「いや、俺もさ、中学時代はかなりモテまくってたんだぜ?ほら、野球部のエースで四番だし。野球部の強豪ってのは、昔からおっかけの女が付いているもんなんだよ。いわゆるグルーピーってやつ」
「はあ…」
秋人は聞きなれない話に戸惑っていたが、智輝は気が付いていない。
「本格的にプロになろうかって思ってからは、軽々しくその辺の女子に手を出すのは辞めたけど、それでも割り切った関係なら週替わりで色々と」
「・・・・・」
「俺は、胸よりは尻派だからさ、胸はでかいにこしたことはないんだけど…」
「・・・・・」
「やっぱ…(自主規制)…で(自主規制)…を(自主規制)…するのは(自主規制)…の方がいいからさ(自主規制)…(自主規制)…(自主規制)…と思う訳よ。でさ…」
いきなりフルスロットルの猥談に、秋人は茫然とするしかなかった。理解が追い付かない。秋人がなんとなくふんわりぼんやりと知っていた知識が、もの凄い勢いで補完されていった。
「…お茶、飲む?」
諦めてそっと秋人が盆からグラスを降ろす。
「お、サンキュー。そんでお前はあの巨乳の眼鏡先輩とどこまで出来てんの?」
グラン、ガシャンと秋人の手からグラスが滑り落ちて床に散らばった。
「な、な、な…なにを…」
秋人の顔色が白から赤にグラデーションで変わっていく。
「え?違う?出来てんじゃないの?」
「なわけないだろう」
「えーーーー、うそだろーーー俺、その手の見る目はばっちりあるんだけどな。外したことねえし」
「だいたい、ky、きょ、巨乳とか失礼だろ」
しどろもどろの秋人の反応に、智輝はニヤリと笑った。
「ははーん。片思いか、そうかそうか。相手年上だもんなぁ。相手にしてもらえないか」
「うるさいな。そもそも智輝は先輩のどこを見てるんだよ!む、胸とか見たらダメだろ」
「は、独占欲つよ!眼鏡で巨乳が好みとか、お前はなかなかセンスがあるな」
「もう、お前黙れ!!」
ごんと秋人は智輝の頭に拳骨を落とした。
零したお茶を拭くために雑巾を取りにいこうとドアを開けると、代わりのお茶と布巾がドアの外に置いてあった。薫が取り込み中なことに気が付いて置いていってくれたようである。そのことに気が付いた智輝が頬をかいた。
「あちゃ、聞かれちゃったか」
「お前っ」
クルリと秋人が鬼の形相で振り向いた。涙目だった。
薫「智輝くんてあの野球部の子だろ?」
秋人「そうなんだ。なんだかんだで結局クラスで一番仲良くなった」
薫「そっか。どんな話するんだ?」
秋人「智輝は野球の話と女の子の話しかしないよ」
薫「秋人と何話すんだ?」
秋人「あれ?」




