3. 衣食住のイを愛する女
加賀谷凛子はデザイナーだ。
もっと言うと、探索者専用衣類のデザイナーである。彼女は探索者を愛し、応援し、支えたいと日々思っている。
果ては、自ら探索者となりその身体能力や必要な機能などの研究する過程で、いつの間にかAランクにまでなった女である。
彼女の中で最も許せないのは、「ダサい」衣類だ。
特に彼女が憎んでいるのは、探索者ギルド御用達のショップで売られているデザインのデの字も感じられない衣類の数々である。
迷彩服はまだいい。彼女的にあり得ないのは、どこかの漫画やアニメからパクってきたようなローブや長衣である。別にそれがコスプレイヤーや役者などが着ている分には彼女は何も思わない。(まあ、それだって作りが甘いだの、バランスが悪いだのの文句は出てくるが)
彼女が言いたいのは、それらは本当に探索者の助けになっているのかということだ。
戦士系の探索者の軽鎧や防具はまだわかる。だが、魔法師たちの服装は厳しいダンジョンの環境では足かせにしかならない。魔法師だからって長いびらびらのローブを着て歩かなければならない謂れはないはずだ。ましてや、日本人の普通レベルの顔がこれを着て似合うはずがない。(薫は馬鹿みたいに似合っていた例外中の例外だ)
そんな不条理を許せるものか!
そう彼女は思って、日々努力を重ね、とうとう同じ以上の防御力を誇る探索者用衣類を完成させたのだ。
ブルゾンとカーゴパンツ、丈夫な革靴など、素材とカッティングを吟味し、布の風合いも工夫し、今風のアレンジも施してある。普通に都会で着ていても、ちょっとミリタリー系の服装が好きな人くらいの、洒落た一式だった。
だが、売れなかった。
凛子のデザイン力は群を抜いていたし、機能的にも十分だったのだが、探索者は形に拘る傾向が強く、「魔法使いに見えないから嫌だ」という訳の分からない主張に、彼女の事業「エレンディール」は風前の灯だった。
凛子は諦めず、毎日ギルドのショップへ売り込みをかけた。
そこへ現れたのが薫と秋人だった。
薫は探索者用のツールを買いに、秋人はその案内にやってきたのだ。(実際には薫は秋人の為のモノも色々を揃えるつもりだったのだが)
薫も最初は魔法師用のローブやら何やらを買ったのだが、どうにもコスプレをしている感じがしてむずがゆかった。できればもう少し普通の服はないのだろうかと思っていたところだったので、凛子の商品は渡りに船だった。
探索者の世界に馴染みのない薫は、凛子の提供する衣類の方が、使いやすかった。
ただ、この男は桁外れに美しかった。
試着室から出てきたとき、いつもは冷静なギルドショップの店員までほうっとため息を漏らしたほどだ。
彼が試着しているのを見て、その場で買うことを決めた探索者も多かった。
それを見て凛子は薫にモデルになってほしいと懇願した。薫はモデルになる気はなかったが、当時節税に苦しんでいたこともあって、彼女の事業に投資することにした。
その際、凛子は「予算が足りないからモデル代が払えない。少しでいいからモデルをやってほしい」というアプローチに切り替えた。
彼女の訴えは妥当だったので、薫は了承し、着用モデルを引き受けたのだが、これがものすごく人気になった。薫の載っているパンフレットは今やプレミアム価格で裏取引されている。
今回は、ちょうどいい機会なので色々と企画を詰めようということになった。凛子が秋人の正体を知っていたことも大きい。
このホテルで次の企画の写真撮影を行う予定で凛子が薫の元へ訪れた。その時薫が着ていたのが、国産ファストファッションの雄、unikuroのリネンジャケットだったことに腹を立てての所業だった。
「んで、これが秋冬の新作ね。せっかくのロケーションだから、さくっと写真撮るよ」
凛子が薫に手渡したものに薫は首を傾げた。
「まだ、俺がモデルやらないといけないのか。もう十分予算取れるだろう。それに、ダンジョンは気温の変化ないから、秋冬とか春夏とか関係ないだろう」
「しゃーーーらーーーーっぷ」
凛子が叫ぶ。
「いい、薫ちゃん。君は日本人なのよ。日本には四季という考えがあるの。春にはパステルカラー、夏には原色、秋にはアースカラー、冬には暖色あるいはモノトーンを着るという習慣が備わっているのよ」
「そんな習慣聞いたことないぞ」
薫が頭を抱える。ちなみにさくっとモデルを止める話は無視されている。
「それから、そのダサい服はなに?私が送ったデオールやセレーヌのジャケットはどうしたの」
「あんな高い服、普段着に使えるわけないだろう」
薫がため息交じりに呟く。
彼女の事業が軌道に乗り、問題なく収益が出るようになってから、お礼にと大量に送り付けられた有名ブランドの服は、秋人のものも含めて神崎家の空き部屋の一室に放り込まれている。
「ところで、秋人はなんで来たんだ?」
薫の言葉に、秋人は「あ」と声を上げた。
「いけない、集合に遅れる!」
収納魔法からスケッチの道具の数々を取り出し、適当な袋に詰めると秋人は躊躇いなく窓から飛び出した。
「うわああ、待て!それはダメ!!」
当夜が叫ぶも、秋人はくるりと空中で回転し壁に足を着くと、とんとんとんと少ない凸部分を足場に階下へ降りて行った。
「もう、あいつ絶対隠す気ないだろ」
当夜が頭を抱えていた。
「まあ、なんとかなるんじゃないか…な」
薫もはははと乾いた笑いを浮かべていた。傍らでは、凛子が薫に対して一生懸命秋冬のコレクションについてプレゼンを行っていた。
「遅いぞ!」
部長の声に秋人は「すいません」と返す。
「ちょっとお客さんが来てて挨拶してました」
秋人が最後だったらしい。全員揃ったので、海へ移動することになった。
ぶらぶらと歩きながら、銘々がホテルの部屋がいかに素晴らしかったか、アメニティが最高だったか、を口々に話、さらにはすでにシャワーを使った猛者もいて、最高だったと騒いでいた。
ホテルの直下にあるビーチはプライベートビーチでホテル利用客しか使用できないらしい。
「すごいな。これ全部独占かー」
部長がため息を付く。
「すごく綺麗な海ねー」
皆が大はしゃぎしているところ、秋人はふと視線を感じて立ち止まる。
「?」
辺りの魔力を遠くにまで広げて探るも、該当するような相手にヒットしない。
「どうしたの?如月君」
美香が不思議そうな顔で秋人を見つめた。
「なんでもないです」
そう答えながら、どこか釈然としない思いを抱え、秋人も歩き出した。
秋人「加賀谷さん、前は呪いの人形みたいな髪の毛だったよね」
薫「秋人、呪いの人形なんてよく知ってたな」
秋人「当夜がホラー映画が怖いから一緒に見てって」
薫「当夜、教育的指導」
凛子「薫ちゃん、人の容姿に『呪いの人形』を使うのをまず咎めろ」




