1. リゾートホテル着
第六章開始です。こんな時期に更新なのに夏休み回です。
「夏だ!海だ!リゾートだ!!」
海辺のリゾートホテルの前で当夜が叫んでいるのを無視して、薫は車のキーをホテルの係に預けた。
「先生、ノリ悪いっすよ」
「うるさい、俺は仕事だ」
薫がノートパソコン持参でリゾートホテルに来たのには訳がある。
ここはAおよびSランク探索者専用のリゾートホテルである。先日ひと悶着あった野球部との件で、美術部の合宿用にここを借りることになったのだ。
そこまではよかったのだが、ホテル側から如月氏か神崎氏は来ていただきたいという要望が入った。もちろん、秋人の美術部の合宿なので秋人は行く。しかし、前面的に秋人の存在を出すわけにいかないので、急遽薫も宿泊せざるを得なくなった。
だがこの時期仕事が忙しい。盆前で駆け込み案件が多く、平日3日の休みはどうしても取れなかった。仕方なく、薫はノートパソコンを持参でリモートでの仕事をする羽目になったのである。
「せっかく、リゾートホテルなのに」
当夜は一応薫の護衛なので、一緒に付いてきている。
「仕事だぞ、休みじゃないぞ」
と薫が念押ししているが、薫だってこんなホテルには人生今まで泊まったことがない。
正直少し浮かれる気持ちは分かる。薫は若干女性不信だが、別に出会いを求めていないわけじゃない。夏のリゾートホテルというからには、それなりに期待を持ってしまうのは、彼女のいない成人男子としては、別に不思議じゃないだろうと己に言い聞かせている。
まあ、後藤の手配でこの期間は他の探索者はなるべく泊まらないようにしてくれているらしいので、実際のところは出会いなど期待できないのだが。
ホテルのロビーに入ると既に秋人たちは到着していた。
「薫!」
元気よく手を振る秋人に、軽く手を挙げる。何故か、部員がこちらを見て変な顔をしていた。
「列車の方が早かったみたいだな」
「初めて駅弁食べた。楽しかった」
どうやら、秋人は駅弁も食べたことがなかったらしい。
「秋人、新幹線乗ったことある?」
「ないよ」
「今度、旅行に行こうな」
「うん」
そのようなやり取りをしていると、副部長の工藤美香がやってきた。
「神崎先生、顧問と部長を紹介します」
「あ、どうも。顧問の田辺孝雄です」
顧問は若い30代くらいの教師で、当然美術担当だ。だが、なぜか少々挙動不審だ。
「初めまして、部長の柏崎玲です。お噂はかねがね…」
黒縁のかなり度の強い眼鏡をかけた青年も少し不思議そうな顔をしている。
「ご丁寧に。弁護士をしております、神崎薫です。いつも秋人がお世話になっております」
にこりと薫が微笑みを浮かべると、背後の部員から「きゃー」という黄色い悲鳴が上がった。薫が苦笑すると、美香が赤面して謝った。
「すいません。騒がしくて」
「いえ、夏休みですからね。気分が上がるのも分かります」
ひらひらと薫が手を振ると、さらに「きゃー」という悲鳴が大きくなる。薫にしては大判振る舞いである。
「薫、無理しなくていいよ」
秋人が小さい声でこっそり薫に告げる。秋人も当夜も、薫が女性のあの手の悲鳴があまり得意ではないことを知っている。
「いや、だって、ほら、君の保護者として好感度上げておいた方がいいだろ」
「涙ぐましい努力」
背後から当夜が突っ込みを入れる。
「まあ、とにかく受付してくるから、少し待ってて」
薫は当夜を締めつつフロントに向かった。
「おい、如月くんよう」
部長が渋い顔で秋人に詰め寄る。
「お前、もう少しあの兄さん褒める時の形容詞考えろ。うちの顧問が撃沈してるじゃないか」
「え?」
秋人がきょとんとした顔で顧問の方を見る。
こちらへくる電車で顧問から薫について聞かれた時に答えた内容がまずかっただろうか。
「お前、『薫は美人で料理が上手ですらっとしてスタイルがよくて優しくて頭がいいすっごく優秀な弁護士です』って答えてただろう」
「はい」
「女褒めてるようにしか聞こえないんだよ、それ」
合宿へ向かう電車の中で、秋人の保護者のことが話題になったのだ。
「じゃあ、神崎先生も来てくださるのね。ご迷惑をかけるわね」
手続きが必要なので、薫もホテルに滞在することになったことを、秋人が美香に話したのだ。それを美香の隣に座っていた2年の先輩が聞きつける。
「えー、如月くんの保護者の人も来るの?」
「うん。ホテル側が流石に関係者も一人は泊ってくれって」
「そりゃそうよね…」
「お忙しい時期でしょうに」
美香が頭を抱える。
「ねえねえ、如月君の保護者の人ってどんな人?」
一人が好奇心を抑えられずに問いかけると、我も我もと皆が寄ってきた。このミステリアスな新入部員について、根掘り葉掘り聞きたいところを、皆我慢していたのだ。
美香が窘めようとしたが、顧問まで調子に乗り出した。
「俺も挨拶しないといかんしな。如月、どんな方なんだ?」
秋人がちらっと美香を見ると、彼女は小さく頷く。
話してもいいところは薫が弁護士なとこだけだなと秋人は決断した。
「年は?」
「28歳」
「職業は?」
「超有能弁護士」
おおーとなぜか歓声が沸く。
秋人は少し調子に乗った。薫のことを自慢できるのは嬉しい。彼も初めての旅行で少し浮かれていたのかもしれない。
「名前は神崎薫。すっごく綺麗な人だよ。すらっとして、スタイル良くて、足が長くて、何着ても似合うから服代かからないでいいなって事務所の楠本さんが言ってた」
「ほほう」
顧問と部長が身を乗り出す。逆に女子は若干引き気味だ。
「料理がすごく上手で、アイロンかけるのも綺麗で早くて、掃除もホントは得意だけど、僕に任せてくれてる。で、優しくて頭がよくて、かっこいい。なんでもできる人だよ」
秋人はそう自慢を締めくくった。
男性陣は期待値マックス、女性陣は美香を除いてテンション駄々下がりだった。
美香が非常に複雑そうな顔をしている事に、秋人はこの時は気が付かなかった。
「あー…薫は男性です」
「見ればわかるわ」
ぺしっと部長に頭をはたかれた。
「ごめんなさい」
と秋人が笑う。あとで、顧問にも謝っておこうと秋人は思った。
美女とお近づきになれるかもしれないと、期待でいっぱいだった男性陣は落胆が激しく、イケメン部員と年上美女が同居しているのが面白くなかった女性部員たちは、反対に薫が男性だと分かって、色めき立っていた。
そんなやりとりを薫と当夜はフロントで手続きをしながら遠目に見守っていた。
「なんか、上手くやってそうっすね」
当夜がぼそっと呟く。
「うん。よかった」
薫も、ひっそりと呟いた。
顧問「28歳美人の弁護士か…」
部長「いやあ、楽しみですね。如月が言うくらいの美人ってどんなレベルなんでしょう」
美香「・・・・あの」
顧問「俺の長い彼女いない歴に終止符が打てることを祈ってくれ、工藤」
美香「・・・・・」




