14.秘策
「秋人!!」
雷撃の光とそれが起こした攻撃の弾幕で桜子の姿が消える。と同時に自分の周囲に強固な防御魔法が展開されていることに気が付いた。
「薫!どうして!」
想定していたより早い。いや、そんなに戦っていただろうかと秋人が疑問を投げかける。しかし、桜子の視界が戻れば薫が狙われるかもしれない。疑問は後回しにして目を凝らすと、薫と当夜が駆け寄ってきた。
秋人は慌てて桜子の位置を確認したが、彼女は大きく後退しており、かなりのダメージを負っているようだが幸い致命的な傷ではなさそうだった。
薫は地面に緑色の光る棒を突き立てる。簡易結界の魔道具だ。
「これ飲んで」
エリクサーを渡された。そう簡単に栄養ドリンクのような扱いをする飲み物ではないのだが、薫は気にしない。
「薫、どうやってここに?」
秋人がエリクサーを飲み干しながら、薫に尋ねる。薫は当夜を指さした。
「タクシーで来たんだよ」
「タクシー?」
「当夜って名前の」
「ああ…」
秋人は崩れるように地面にへたり込んだ当夜を見た。彼が走って連れてきたのだ。それは想定してなかった。
「俺、いつになったら人間に戻れると思う?」
遠い目で当夜が呟く。
「桜子さんは?」
薫が魔力回復薬を渡しながら尋ねる。
「うん。やっぱり支配の指輪に操られてる。でも少し意識があるみたい」
秋人が俯く。
「殺してくださいって頼まれた」
秋人はぎゅっと拳を握る。このまま彼女を殺すしかないのだろうか。
「僕、それは嫌だ」
薫の目を見て秋人は言う。
「彼女を殺すのは嫌だよ、薫」
薫は不意に別れ際の和幸の声を思い出した。
『あなたは、秋人くんを信じてないのですか?』
胸にじわりとその言葉は響く。薫の養い子は自分が想像していたよりずっと強かった。
「分かった。それじゃあ作戦を立てよう。大丈夫。秋人ならできるよ」
薫はにこりとほほ笑んだ。
「まず、どうやったら桜子さんは指輪から解放されるかだが」
「指輪を破壊するしかない」
うんと薫は頷く。
「斬れる?」
指輪だけを斬るなど正気の沙汰ではないが、秋人は頷く。あれよりももっと小さいものでも魔法剣で斬ったことは何度もある。ただし
「動きが止まればだけど」
なるほどと薫が唸る。
「どれくらい必要?」
「20秒」
秋人の明確な答えに薫は頷く。
「俺の審判の日で止める。秋人は俺と正式にパーティーを組んでるから君の動きは止まらない筈だ」
「分かった」
このやりとりの間中桜子の攻撃は続いている。
薫が何重にもかけた防御魔法が塵でも払うように消滅されていく。薫は魔法を展開しながらこの会話をしているのだ。
「あれ?当夜は?」
見ると、足元で気絶している。
「ガス欠だな」
薫がふんと鼻を鳴らす。魔力切れになるまで最速でここまで薫を背負ってかけてきたのだ。防御魔法を薫がかけるのも最小限でいいと言った。かなりの疲労だったのだろう。
「薫、僕が頼んだんだよ。怒らないであげてよ」
秋人が眉を寄せてそう言うと、薫は渋い顔をする。
「保留」
薫は口をへの字に曲げて言う。おおよそどういうやりとりが行われたか、秋人には予測がついていた。
「薫、僕は他の人のことも全然怒ってないよ」
それだけで、もう終わったことだと秋人は言うのだ。
「薫は僕の代理人でしょ。僕は怒ってない」
「・・・・・・・・・・・・どこで覚えてきたの、そういうの」
薫は呻いた。本当に秋人は薫が想像しているよりはるかに大人だ。
「さて…と」
準備を整えて二人は立ち上がった。薫も魔力回復薬を一気飲みしたので、マックスに近い状態である。
「審判の日で止められるとは思うんだが…桜子さんの方が俺よりだいぶ格上だからな」
舌で唇をなめる。緊張しているのだ。
「止まらなかったらどうするの」
秋人が尋ねると、薫は小さく頷く。
「質疑まで使えばいけると思う。でも答えられない質問にしないと意味がない」
「うーん」
「桜子さんは意識は少しはあると思っていいか?」
「たぶん」
薫はうんと頷いた。
じりっと桜子との距離が縮まる。薫が施した防御魔法がもうすぐ破られる。
「なんとかする!!秋人頼むぞ」
薫が杖を構えた。
【審判の日】
杖の力で威力を増強させているにも関わらず、桜子の動きは止まらない。それどころか、魔法を食い破られそうになる。
「うっそだろ」
薫の顔が引きつった。
「強い」
薫の額に汗がにじむ。第二位の固有魔法で魔力消費量は少なめだというのに、ざくざくとものすごい勢いで魔力が削られていく。このままでは維持できない。
「くっそ」
杖を持つ手が震える。秋人が剣を構えている。20秒どこかで稼ぎ出さないといけないのに、桜子の動きを止められない。
咄嗟に桜子の顔を見る。
若い女の子が答えたくない質問を必死に考える。
不意に今日参加してきた講習会の内容が頭に蘇った。
「お姉さん、スタイルいいね。バストは何カップ?」
薫の口からとんでもない質問が飛び出した。言った本人がぎょっとしていたくらいだ。
「はあああ?」
一瞬霧崎桜子の目に理性が戻り、唇からあり得ないという罵倒が漏れる。
瞬間、彼女の動きがピタリと止まった。答えるまで審判の日の効力から抜け出せない。
「ありがと、薫」
秋人が双剣に魔力を込める。
【閃光剣】
簡単なことだと思った。彼女の右手中指にはまっている指輪だけを斬る。このくらいの的宛てならいつも訓練してる。もっと小さいものだって真っ二つにしてきた。
それなのに。
秋人の心は一瞬だけ揺れた。彼女の右手中指の剣だこを見て、彼女の鍛錬の重みを想った。
「怪我をさせたくない」
その一瞬、ほんのわずかな怯みがいつも通りの動きではなく、微かに剣先を歪めた。
「あっ」
秋人の口から小さな悲鳴が漏れた。彼はその結果を感じて震える。手元が狂った。わずかに斬りすぎている。
秋人の切っ先は桜子の中指ごと支配の指輪を真っ二つに斬った。
鮮血が赤いリボンのように宙に舞う。
指輪が斬られた指からこぼれるように二つに分かれて落ちていくのが、スローモーションのように見えた。
先に地面に指輪が落ち、その後を追って桜子の中指が地に落ちる。
地面に落ちた指輪は落ちると同時に黒い霞になって消えた。
後には無残に斬り落とされた彼女の指だけが残った。
秋人「薫、僕大変なことしちゃった。どうしよう」
薫「秋人、落ち着け。これに入れて持って帰ろう。きっとくっつく」
秋人「そうかなぁ」
薫「…た、たぶん」
秋人「涙」
薫「大丈夫!絶対大丈夫!!(ていうか、俺がセクハラで訴えられるのでは)」




