12. 参戦
昨日うっかり2話更新してます(まあまあクライマックスなのに)。大変申し訳ございませんが、話が繋がらないぞという方は前の話をご確認ください
薫はできるだけ体力を温存したかったので、走っていくことは諦めた。秋人を追いかけるために途中でへばっては元も子もない。
タクシーで行くか?とあたりを見渡すと知った顔を発見した。
「木下さん!!」
薫の声に木下和幸は振り返る。
「おや、どうしました。神崎先生」
「すいません。車貸してください?」
「は?」
和幸は何のことか分からず困惑する。
「秋人を誘拐した時の黒塗りのセダンが来てるんでしょ。それ貸してください」
「微妙に脅迫はいってませんか?それ」
和幸の顔がひきつる。辺りを固めていたいかにもな見た目の男たちも顔色を変えた。
「貸してくださったら、訴えるのは辞めます」
和幸はチラリと薫が出てきた建物を見上げる。白亜の塔。日本復興のシンボル。探索者ギルド日本支部。
「どこへ行くのですか?」
「丸の内第1ダンジョン」
「分かりました。送りましょう」
和幸の言葉に周囲の男が色めき立つ。なめられたら終わりという世界で生きている男たちだ。こんな優男に脅迫されて従ったとなると面子が持たない。
「組長!!」
「組長って呼ぶんじゃねぇ!!」
一括されて周囲の男たちは慌てて居住まいを正す。
「その先生はSランクの探索者だ。お前らが束になっても勝ち目はねえ」
和幸の言葉に男たちは「え?」と顔を青くする。
「魔法使い様だ。勝負になんねーぞ」
和幸が言うと男たちはあからさまに怯えた顔になった。暴力沙汰は得意だが、魔法やモンスターなどは得体が知れなくてヤクザ稼業の男たちもあまり得意ではない。
車に乗り込んだ薫の隣には和幸が同じく座っている。
「一緒に来るんですか?」
「先生を送り届けたらすぐに逃げますから安心してください」
「そうしてください」
薫は黙り込む。
「まあ、そりゃあ、確かに甲子園には出られませんわなぁ」
和幸がそう呟くと、薫は苦虫を噛み潰した顔になった。和幸はにやりと笑う。
「いや、しかし。まさかあの3S探索者が高校生とはね」
「言いふらしても構いませんよ。私はもうあの連中にはほとほと愛想が尽きたので」
薫が嘯く。
「私は秋人と二人でアメリカ…は嫌だな、イギリスにでも渡ります」
「そいつは、勘弁してくださいよ。日本の危機だ」
和幸は笑った。
「息子が甲子園で優勝するのを見てもらわなくちゃあ、困るんでね」
あまりにも当たり前のことのように言うが、それはかなり大変なことだという事は、薫のような野球に興味のない男でも理解している。
「息子さんを信じていらっしゃるんですね」
「そうですよ。誰が出来ないと言っても、親が信じてやらなくてどうするんですか」
和幸はチラリと薫を見る。
「先生は、秋人君を信じてないんですかい?」
薫は答えられなかった。
丸の内第1ダンジョンに着くと、薫は速攻で車から降りた。
車に乗っている間に着替えさせてもらったので、すっかりダンジョン探索仕様である。和幸は薫の収納魔法に大喜びだった。
「いや、しかし、先生の服はなんというか、こう魔法使いっぽくなくて残念ですな」
薫はいつものカーゴパンツにブルゾン仕様の姿である。
「あれ、動きにくいんですよ。それに、性能はこっちの方が高いんで」
薫はクスっと笑った。それから居住まいを正す。
「木下さん、今日は本当にありがとうございました。心からお礼を申し上げます」
最大限のお辞儀をした。
「先生…」
それは戦地へ赴く人独特の潔さだと和幸は知っていた。
薫はそっと車から離れた。
「何事もなく済むと思いますが、万が一のことがありますので、ここからできるだけ離れてください」
「承知しました」
男はそう言って、車を出すように命じた。
薫はダンジョンの入り口に向かった。すると、そこに5人の人影を見つけた。
巌、当夜、猛に恵子、そして後藤だった。
「待ってくれ」
猛が慌てて手を挙げる。薫が杖を構えたからだ。
「行くなって言ってるわけじゃない。俺たちも行くって言ってるんだ」
猛が情けない顔でそう告げる。薫は眉をひそめた。
「不要です」
「そう仰らず」
ちらっと猛が助けを求めるように巌を見る。
「先生、申し訳なかった。我々の考えが足りなかった。」
巌は薫に深々と頭を下げた。
「あなた方の言葉には一片の信義もない」
薫は冷たく言い放つ。
「あれほど秋人に申し訳なかったと言っておいて、この顛末。信用した私が愚かだっただけです。探索者など宛てにするんじゃなかった」
吐き捨てる言葉に全員の顔が強張る。巌と当夜は傷ついた顔をした。
しかしここで彼らも引くわけにはいかなかった。別に児童虐待で訴えられることを恐れているわけではない。
自分たちが非常識だと薫に言われるまで気が付かなかった。長年つづけてきた探索者としての常識に照らし合わせると、秋人に任せるというのはしごく当たり前の判断だったのだがそれは違うと突き付けられた。彼はまだ幼い少年だということに目を瞑っていた事実を指摘され、皆何も言い返せなかった。
このまま何もしないでいるということは、探索者としてではなく、人として許されないことだと皆で結論を出したのだ。
「どいてください。私急いでるんです。秋人が霧崎さんを倒す前に行かなくては」
薫が再度杖を構える。しかし、ずっと黙っていた当夜が口を開いた。
「先生、悪かったよ。俺が馬鹿だった。挽回できるチャンスをくれ」
「・・・・・・・・私、あなたのこと嫌いです」
ゴキブリでも見るような目で薫に見られて、当夜は泣きたくなったが、ここで泣くわけにはいかない。そんな資格は自分にはない。
「…本当にごめんなさい。」
じりっと薫が足を踏み出す。
「俺、先生の足になります」
「は?」
薫が戸惑いの声を上げる。
「先生のことだから、秋人の残した道を身体強化で突っ走るつもりだったでしょう。でも、それで先生が魔法使ったら秋人のとこにたどり着く前に大物撃てなくなるじゃないか」
「それは…大丈夫です。回復薬持ってます」
「でも、全回復は難しいだろ。今回は難敵だ。俺があんたを背負って秋人の元までいく。」
薫は少し考えた。ここで彼らの手を借りるのは業腹だが、背に腹は代えられない。秋人のところにできるだけ省エネでたどり着くのが最優先だ。
「いいでしょう。今からあなたは私のタクシーです」
薫は大きく頷いたのだった。
ヤクザ「組長、あの兄さんと如月秋人ってなんか関係あるんっすか」
和幸「どう思う?」
ヤクザ「いや、おれ何も聞いてねえっす」
和幸「おう、それでいい。賢い奴は長生きするぜ」




