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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第一章 弁護士、代理人になる
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7. 帰還

「しっかりつかまっててくださいね」


 秋人の言葉に薫は頷く。竪穴の淵に立つ秋人の背中に薫は負ぶさっている。身長180センチを超える薫を背負っても何ともない秋人の小柄な体に驚くばかりである。


 結局、ボス戦は回避する作戦となった。


 別に24階のボスなど秋人にとってはなんてことない相手だ。だが、いくらジョブを得たとはいえ何の訓練もしていない、まったくの素人である薫を放り出して戦うのは流石に危険である。

 なので、秋人はもともと25階から上は普通に通路を行くつもりはなかった。


 上に向かう通路はボスモンスターを倒さないと通れない。しかし、この新宿第三ダンジョンは竪穴式だ。竪穴に沿って螺旋状に通路が配置されている世界的にも珍しいダンジョンなのだ。

 常に通路の片側が岩壁で、反対側が切り立った崖である。ぐるぐると回って8階層ごとに通路は壁内に向かう。

 ボス部屋は岩壁の中に配置されていて、ボスを倒すと次の階層への通路に続く通路を歩けるようになる。そういう特殊な迷宮だった。


 ボス部屋に向かう通路は壁内に向かっている。上に向かう通路は断絶していてここからは届かない。なぜか対岸の岩壁から出現しているのだ。

 ボスを倒すとなぜか対岸に出るのだという。

 おそらく、ボス部屋に空間を歪ませている何かがあるのだと思うと秋人は言った。そんな不確かなものに飛び込む人々は、まさに“探索者”である。


 ボスモンスター戦を回避したら、対岸の通路を昇ることはできない。普通の探索者(シーカー)はそう考える。

 しかし、秋人は普通の探索者(シーカー)ではなかった。

 通路を歩く必要はない。ようするに竪穴の壁を上ってしまえばいいと秋人は言い放った。

 24階分を壁を昇るなんてことを探索者(シーカー)は普通考えないが、彼にとってはさして難しいことではなかった。



「死ぬ覚悟はありますか?」

 と秋人は作戦を説明した後、もう一度薫に尋ねた。


 うっかり、もしも、万が一、崖から転がり落ちたら今度は必ず死ぬ。56階のボスはまだリポップしていない。地面に激突して今度こそ粉微塵だ。


 そんな賭けに最初薫は難色を示した。

 自分はいいのだ。命を賭ける価値がある。しかし、そんな危ないギャンブルに秋人を道連れにするのはどうだろうか。


 彼はまだたった14歳の中学生だ。

 義務教育すら終わっていない。

 そして、この日本の、いや世界の宝である3Sランク探索者(シーカー)だ。

 自分勝手な願いで彼をそんな危険に追いやってもいいものか、薫は葛藤した。


 しかし、秋人は言う。

「僕は探索者(シーカー)なので、あなたの依頼に応えます。

 2日でこのダンジョンから抜け出して見せます」

 その自信に満ちた笑顔は「3Sランク探索者(シーカー)」に相応しい迫力だった。


 薫はその自信を信じることにした。自分の命をこの14歳に賭けることにしたのである。



「行きます!」

 力強く崖っぷちを蹴る。信じられない跳躍力でわずかな崖の凸部分を蹴り上げながら、秋人はもの凄い速さで崖を駆け上る。

 薫は恐怖のあまり悲鳴を上げるのを必死に堪えた。秋人がこんなに頑張っているのに28歳にもなる大人の自分が情けない声をあげるわけにはいかないのだ。


 行きと同じく耳の横で風が轟轟と音を立てた。

 しかし、あの時は重力にしたがって己の体は落下していったが、今回は逆らって上に上に進んでいる。重力の法則に逆らったその動きに薫は混乱している。


 秋人は、おとなしくしてくれている薫にほっとした。最悪の場合、当て身を入れて気絶させる必要があるかもと思っていた。

 存外、この人は度胸があると秋人は薫に対する評価を上方修正した。



 少年はためらわず崖を蹴る。対岸の壁まで届く跳躍力。壁が秋人の着地とともに抉れる。そして、そこからさらに上を目指して秋人は跳んだ。

 目まぐるしく体の位置が変わる。薫は怖くて目を閉じたかったが、何があるか分からないから極力目を開けていてほしいと秋人に言われていた。

 ハイスピードで、斜めに壁を蹴りあがっていく秋人の脚力は、人を一人背負っているとは思えないほど確かで、強力だった。



 ふと、秋人は上を仰ぎ見る。

「神崎さん、少し手を放します。しっかり捕まってて!」

 秋人が叫ぶ。薫はぎゅっと腕に力を入れた。

「苦しくないか!?」

 薫の問いかけに、秋人は「大丈夫」と答えた。


 薫は頭上に影が射したことに気が付いた。

 滑空する音がして鳥型のモンスターが襲い掛かってくる。

「ひっ」

 薫は思わず小さな悲鳴を上げた。

 行きにはお目にかからなかったのは奇跡なのか、それとも落下していく分にはおとがめなしだったのか分からないが、そのモンスターは鋭い爪をひらめかせ秋人に襲い掛かった。


 秋人は剣を一閃し、モンスターを真っ二つに切りはらった。

 さらにモンスターの背中を足場に高く跳びあがる。

 次から次へと現れる鳥型のモンスターを足場に秋人は跳び、加速する。


 どれくらいそうしていたか、もう薫には分からなかった。まるで、空中の階段を上っているかのように秋人が駆け上がる。秋人の足元の鳥たちは、崩れ消えながら落下していった。



 そして、次の瞬間秋人は地面に足を降ろした。


 7階層の通路の上に着地する。このとんでもない戦闘の間にも秋人は今自分がどこを跳んでいるか階層を数える余裕があったのだ。

 このダンジョンのボスモンスターを超えた階層まで抜けたのだった。



 へなへなと腰を抜かして薫が座り込む。

「こ、怖かった」

 青い顔で呟く薫に、秋人は

「あとちょっとだから、ここからは歩けますよ」

 と笑顔を浮かべた。天使のような笑顔だなと秋人は思った。


 残りの階層は二人並んで歩いた。

 探索者(シーカー)のこと、魔法のこと、戦闘能力のこと…いろいろな決まりやユニークな不文律、そんな普通の生活をしていたら知らなかったようなことを、薫は秋人から聞いた。


 階層が浅くなると出てくるモンスターのレベルも下がってくる。まさに、そよ風にも等しい扱いで、秋人がモンスターを狩る。そして、通路が大きく広がり景色が歪む。

 ダンジョンを出た。



 帰ってきたのだ、

 地上に。


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