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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第五章 代理人、副業の業界事情にキレる
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5. 報復

 騒動から数日が経過したある放課後、秋人が美術室へ向かうと、部室がお通夜のようだった。

「どうしたんですか?」

 秋人が尋ねると、美香が困った顔で首を振った。しかし、部長が美香の思いやりをぶち壊してしまう。


「野球部の連中が、夏の合宿に保養所を使うって言ってきやがったんだ!」

「え?」

 部長は気が収まらないのか、いつもの泰然自若な態度をかなぐり捨てて頭を掻きむしった。


「美術部は年に一回、夏の合宿でスケッチ旅行に行くんだ。学校の保養所を使っているんだが、なんか今年は野球部も手を挙げてきて」

 いつも野球部は時期も違うしもっと条件のよい涼しい保養所を希望する。反対に美術部は部員数も少ないので、不人気な保養所を選んで他のクラブとバッティングせず、希望の日時を確保できていたのだ。

 それなのに、今年はなぜか野球部が美術部がいつも使用している日時と保養所に申請を出した。申請は人数が多い方が有利なのだ。

「あいつら、この前ここに来てた変な一年生の敵討ちだとか言いやがって、くそ」

 部長は床に落ちていた雑巾をけ飛ばす。そして、自分の落ち度を悟った。


 蹴った雑巾の先には、紙のように真っ白な顔をした秋人が茫然と立っていた。

「僕の…所為で…」

 完全にショックを受けた様子の秋人に、部長は大慌てだ。助けを求めて他の部員に目をやるが、彼女たちは口を一文字に結んで何も言わない。

「お前が解決しろ」

 とその冷たい視線が物語っている。


「き、如月の所為じゃない。あの変な一年生の言い分はおかしかったし、クラブを選ぶのは本人の権利だ」

 美香も表情を和らげる。

「そうよ。どう考えてもあっちが悪いんだもの。如月くんが気にすることじゃないわ。でも、保養所の件はむかつくわね。野球部がいつも使ってる方に申し込めないの?」

 美香がそう提案するも、部長は首を振る。

「あいつらの汚いとこは、自分たちは今年はあっちは申し込まないって先に他の運動部に情報流してたとこだよ。もうあっちも申し込まれてた。」

「悪辣―――」

「如月君、気にしちゃだめよ!」

 他の先輩も交互に慰めてくれたが、秋人の気分は晴れなかった。自分はいつも誰かに迷惑をかけてしか生きられないのだろうか…という思いがぬぐい切れなかった。


 すっかり気落ちした様子の秋人に、部員たちは皆心配そうにしている。部長は気まずそうに鼻を擦った。

「各自、家族の関係の保養所とかで今から申し込めそうなところないか、確認しましょう。日程は…」

 美香が話をまとめる。秋人は筆を執る気になれず、その日はそのまま帰宅した。



 帰宅した秋人の様子があまりにもおかしかったので、すぐに薫は美香に連絡した。そして、事の顛末を聞いて眉をひそめた。


「逆恨みも甚だしいな」

 そうぼやく。

『まったく、その通りです』

 美香がため息を付いた。

「それで、日程と人数はいかほどで?」

 薫は美香に合宿の詳細を尋ねた。

「15人で7月の最終週か、8月の第一週の平日3日間ですね。分かりました。なんとかなると思います」

『本当ですか?』

 美香が驚きの声をあげる。

「はい。大丈夫です。」

 薫は大きく頷いたのだった。


 秋人はぼんやりとリビングのソファに座っていた。今日は自分の部屋に戻って絵を描く気にはなれなかった。こんな時に当夜もいない。

 うつうつとした気分でぼんやりとしていると、思考はどんどん暗い方向へ流されていく。自分が酷くみじめで寂しい生き物のような気持になるのはこんな時だ。しばらく、そんな風に思ったこともなかったのに。


「秋人」

 リビングに入ってきた薫の手には、何か立派なパンフレットが握られている。

「はい、これ」

「これは?」

 超高級リゾートホテルの案内パンフレットである。

「AおよびSランク探索者(シーカー)様専用リゾートホテルの案内パンフレットだよ」

「!!」

 秋人が思わず顔を上げる。


「俺と君の二人分で20人まで無料で泊められるから、今年はここで合宿してもらおう」

 秋人の目がパンフレットに釘付けになった。


「秋人が今まで頑張ってたきたから、こうやって美術部の危機を救えたんだよ」

「でも、僕がいなかったら、もともと危機にはなってないんだけど…」

 嬉しさを隠しきれない秋人が、それでもそんな風に反論するが、薫は秋人の気持ちなどお見通しなのだろう、ニヤリと笑ってみせた。

「秋人の所為だって思ってるなら、皆さんには超ド級に楽しんでもらえばいいだろう」

「うん」

 大きく秋人は頷いた。



 次の日、秋人は放課後になるとすぐに部室へ急いだ。

 部室はまだ少し昨日のお通夜のような雰囲気が残っていて暗くどんよりしていたが、秋人が持ってきた特大級の爆弾によって、その嫌な空気は吹き飛んだ。


「僕の保護者の伝手でここに泊めてもらえることになったよ」

 ものすごく端折っているが、おおむね嘘ではない。美香が「まあいっか」という顔をしている。


「え、これ、すごくない。AランクとかSランクの探索者(シーカー)の関係者しか泊まれないって書いてある」

「私たち関係者じゃないけどいいの?」

 部室にいたメンバーはパンフレットを恐る恐る眺めている。

「大丈夫だよ」

 後藤が血の涙を流しているかもしれないが、その日は事実上の貸し切り状態にしてくれるらしい。


「海の近くだし、すごく綺麗なプライベートビーチがあるって。景色もいいからスケッチにはもってこいだって」

「!!」

 秋人の見たことないような満面の笑顔に部員全員がどきりとした。


「宿泊料はどのくらいかかるんだ?如月」

 顧問の先生がこわごわ尋ねる。部費にも限りがあるからだ。

「えっと、宿泊料とプールなどの施設使用料と食事代は無料です。行くまでの交通費は申し訳ないですが、有料です」

 本当はそこまで秋人が出しても、彼の財布は小揺るぎもしないのだが、薫はそれを良しとはしなかった。取られたのは宿泊所なのだから、その補填だけにしなさいというわけだ。


「食事代も無料なのか!?」

 学校の保養所は食事代は有料なのだ。正直交通費を含めたとしても大いに安上がりである。しかも、宿泊先は比較にもならない高級リゾートホテルだ。顧問は驚きで声も出なかった。

 彼はパンフレットを矯めつ眇めつしながら呟いた。

「いやあ、俺の人生でこんな凄いところに泊まれる日がくるとはなぁ」

「ほんとほんと。如月くん、ありがとね」

「如月くんの保護者の人、そんな凄い人と仕事やってるの?」

 皆が口々に話しかける。秋人は嬉しそうに笑ってそれに答えていた。

薫「というわけで、15人で7月の最終週か、8月の第一週の平日3日間空けてください」

後藤「夏休みにいきなりそんな無理難題を…」

薫「空けてください」

後藤「…わかりました。7月の最終週で調整かけましょう」

薫「ありがとうございます。」

秋人「予約取れる?」

薫「大丈夫だって。後でお礼の電話かけてね」

秋人「分かった」

当夜「不憫」

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