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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第五章 代理人、副業の業界事情にキレる
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1. 家庭の事情

第五章始まりです。別名「秋人くんストーカーされるの巻」です。暫く秋人の災難回です。

 ゴールデンウィークが終わり、学校が始まった。

 支配の指輪の件はとりあえずはギルド預かりとなった。薫は何か協力することがあれば声を掛けてほしい旨を伝え、一端ゴールデンウィーク限定パーティーは解散となった。


 晴れやかな笑顔で聖夜は帰っていった。

 秋人たちの日常がまた戻ってきたのだった。



 そして、秋人は美術室で困惑している。彼の目の前には木下智輝が陣取っていた。


「なんで、美術部なんて辛気臭いクラブに入ってんだよ」

「いや、絵を描くのが好きだから?」

 智輝はイライラとした口調で文句をつけてきたが、秋人はたんたんと答える。

「絵とか陰キャの代表みたいなことしてんじゃねーよ」

 ばんと机を叩く智輝に、美術部員たちが不愉快そうに眉をひそめた。


「木下、ここは美術部の部室だよ。いくらなんでも失礼だと思う。先輩たちに謝った方がいい」

 智輝ははっとして周囲を見渡した。上級生ばかりの中に、一人無礼な一年生という構図である。

「はっ、弱小クラブが運動部でも一番の知名度を誇る野球部にたてつこうってか」

 尊大な態度で智輝が告げると、眼鏡をくいっと挙げて美術部部長が対応した。


「君は正気かい?我が部はこれでも三科展に入賞したこともあるメンバーや、それ以外の公募展でも多数入選している実力派ぞろいだよ。それに、部室には監視カメラがあるし、音声だって拾える。君がいくら有力な選手でも、今みたいな態度だと野球部でも問題になるんじゃないかな」

「ぐっ」

 智輝が小さく唸る。


 轟学園は文武両道をモットーとしており、運動部と文化部で格差はない。

 さらに先輩が後輩をいじめたりなどの悪しき習慣はないが、そこには先輩に対するリスペクトは必要という大前提がある。

 ようするに、この高校ではいくら実力があっても人格に問題がある場合、レギュラーになれなかったり、試合に出られなかったりなどは普通にあることなのだ。

 その事を思い出した智輝はぎりっと唇を噛んだ。


 秋人は、このままでは智輝が困ったことになると思い慌てた。

「僕は野球はさっぱり興味がないけど、木下は野球部ですぐに試合に出られるくらいに凄い選手だって聞いたよ。頑張ってね」

 秋人的には最大限に頑張って配慮した言葉だった。

 しかし、工藤美香は頭を抱え、部長はひゅっと口笛を吹いた。


「お前!!」

 馬鹿にされたと思った智輝が秋人の襟首をつかんだが、その程度で秋人の体幹はびくともしない。微動だにせず、恵まれた体格の智輝の、ともすれば乱暴な動作を受け止めようとした。

「如月君!!」

 瞬間、美香の叫び声に秋人は気が付く。一瞬で彼女とアイコンタクトを行った。

 (これは止めちゃダメなやつ!!)

 秋人はそこからうまく体をひねり、智輝が怪我をしないように気を付けながら、自ら床に倒れこんだ。


「如月君、大丈夫!!」

 美香が不自然にならないように秋人を手助けして助け起こした。無論彼女は秋人がわざと転んだことは分かっている。


「あなた、名前は?」

 思わずやってしまったことに青くなっている智輝に向かって、美香がメガネを冷たく光らせながら尋ねた。

「き、木下智輝」

 智輝が小さく答える。

「そう、木下くん、あなたが如月君を野球部に誘いたい気持ちはよく分かったけど、本人が嫌がっているのだから諦めてちょうだい。彼は絵を描く人なのよ。乱暴しないで。こんなことで腕でも骨折したらどうするの」

 美香が強く告げると、悔しそうに智輝が呻く。

 秋人は「これくらいでは腕は折れたりしないんだけどな」と心の中で呟いていた。


 智輝はしばし躊躇った後、

「俺の世代は俺しか強力な選手がいねえんだよ。俺はどうしても甲子園に行きたいんだ。お前の力が必要なんだよ。なあ、如月。野球やろうぜ」

 周囲の冷たい視線を振り払うように秋人に懇願した。


 秋人は探索者(シーカー)なので、全国大会レベルの試合には出られない。なので、甲子園には絶対にいけないのだが、それはこの場で言う事が出来ない。


「木下、ごめん。その…運動部には入れないんだ。えっと事情があって…」

 言い訳、嘘、ごまかしなどの経験値が恐ろしく少ない秋人は、しどろもどろで返答に困った。


「事情って何?」

 智輝が強く尋ねる。

「か、家庭の事情で」

 秋人が苦し紛れに、今朝薫と話していた単語を告げた。



 朝食時のことだった。

「そろそろ、変な女の子が秋人に言い寄ってきてもおかしくない頃だと思う」

 唐突な薫の言葉に秋人は飲んでいたカフェオレを吹き出しかけた。


「何それ?」

 しかし、薫は座った目で秋人を見る。

「いいかい。秋人。後藤さんが秋人の周囲に変な人がいないか確認してくれたから、秋人があの『如月秋人』だと知って、近づいてくる女性はほとんどいないと思う」

「うん、そうだね」

 秋人は頷く。

「でも、そうじゃなくても秋人は女子に絡まれたり、その女子が好きな男子に因縁つけられたりする可能性は高い」

「ええーそんな事…」

 ないよと続けて秋人は苦笑したが、薫は大きく首を振った。


「秋人は自分が新宿やら渋谷を歩けば、芸能事務所やモデルエージェンシーにスカウトされたりする外見だということを忘れてはいけない」

「そうかなぁ。僕まだちびだし、ガリガリだよ」

「いや、身長はもう170センチ近くあるでしょ」

「え?」

 秋人が瞬くので、薫は眉を上げた。

「気が付いてなかったんだ。俺と会った時から10センチ以上伸びているよ」

「えーそうなんだ」

 秋人はちょっと嬉しかった。子供に見られるのが嫌なお年頃である。


「高校生の女の子なんて、外見のいい彼氏がいれば満足って輩も多いからね」

「高校生以外は?」

「高校生以上だと財政状況とか家族構成なんかも、判断基準になったりはする」

「世知辛い」

 秋人が呻いた。


「何言ってるんだ。秋人はむしろそっちがばれたらもっとやばいんだぞ。貧乏な見てくれのいい彼氏より、金持ちで見てくれのいい彼氏の方が何倍も連中にとっては価値があるんだからな」

「ああ」

 秋人の財務状況ならむしろ容姿関係なく群がってくるだろう。しかし、薫の女子に対する考察は辛らつである。夢も希望ない。


「いや、いっそのことそこを突くとか」

「?」

 薫は一つ頷いた。

「もし、女子に「デートしてくれ」とか、「彼氏になってくれ」とか言われて、その子に対してまったく興味がないなら、俺が今から言う魔法の言葉で撃退したらいい」

「呪文?」

「うん。うっとおしい女子を遠ざける最強の呪文だ」

 薫はそう前置きしてとっておきの呪文を教えてくれた。



「僕は、その…災害孤児で今は天涯孤独の身の上で、両親の仕事の関係者の弁護士の先生のとこに居候の身なんだ。」

 嘘ではない。

「早く帰宅して家の事とかしないといけないし、先生に迷惑をかけるわけにいかなし」

 嘘ではない。

「月のお小遣いも先生からもらってる身で美術部だけで精一杯だから!好きでもない野球部には入れない。ごめんなさい」

 嘘ではない。


 美香は「んんっ」と喉の奥に言葉を飲み込んだ。「神崎先生の名誉が…」とか思ったが、このしつこい少年を追い返すことが先だった。


 智輝は驚いた顔で秋人を見た後、視線を反らし、

「悪かった」

 と言って、踵を返し、美術室を後にした。


「ふーーーー」

 秋人が大きく息を吐く。

「如月くん、あれじゃ神崎先生が君に家のことさせて、こき使ってるように聞こえちゃうよ」

 美香がそう言うと部長が眉を寄せた。

「え?違うのか?」

 他の部員も心配そうに秋人を見つめる。


「え?違うよ!?今のは薫がしつこい女子を撃退する魔法の呪文だって言ってたから」

 美香は額を抑えた。確かに、秋人の言葉を額面通りにとらえると、遊びに使う金がない貧乏学生のイメージしか浮かばない。彼氏の質の高さを競うマウンティング系女子の牽制にはなるだろう。しかし…


「今のは女の子じゃなかったじゃないか…」

 部長が呟く。

「えっと…でも、似たようなもんかなって」

 秋人は頬を掻く。

 秋人にとっては、デートの誘いも彼氏になってほしいのお願いも、野球部への勧誘も同じ「理解できない」カテゴリーの提案だった。部員は全員「そうか?」と首を捻ったが、秋人はとにかく彼を撃退出来たことにホッとしていた。


「そもそも、どうして如月君にあんなに執着してるの」

 美香がこっそりと小声で秋人に尋ねる。秋人も小声でスポーツテストの失敗の話をした。美香が何とも言い難い複雑な表情を浮かべた。


「工藤先輩、他に体育の授業でやるスポーツって何があるかと、高校生の平均レベルってどれくらいか教えてください」

 秋人のお願いに、美香は黙って頷いた。

秋人「なんかよく分かんないけど、絡まれた」

当夜「男と先にトラブルになるのは想定外」

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