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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第四章 代理人、高校生と春を過ごす
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15. 閃光

「コントロールは…」

 薫の魔法の師匠はそっと繊細に、自分の手の中の光を操って見せた。

 細いその光の線は、鋼に穴をあけることも可能な高温の焔だ。


 コントロールは最後の最後が肝心。放たれる最後の指先から離れるその一瞬まで、けして気を緩めてはいけない。

 最後まで、的に届くまで、そこまでが指先であるように、神経を張り巡らせ一定の強さを保つ。


 雷神の雷鎚(トールハンマー)は、薫の巨大な魔力を使って放たれる一番強い魔法だ。

 吹きだす魔力の圧力も最大である。これをコントロールするというのは、言ってしまえば消防車の放水を、ストロー並みの細さに絞るようなものだ。体への負荷が半端ではなかった。

「ぐっ」

 顔を顰める。全身の骨が軋むようだった。

 あの巨体のどこにでも当てていいのなら楽なんだけどなと薫は苦笑いを浮かべる。


 秋人は強く言わなかった。自分が傍にいれば守れるから大丈夫だよと。

 薫は、コントロールの大切さを、秋人が珍しく何度も忠告していたことの真意を、今感じていた。

 秋人が自分に甘いことをいいことに、練習を怠った結果がコレだ。


 たった15歳の少年に頼り切っていたツケを、今払っている。


 秋人が吹き飛ばされた瞬間の、胃が縮こまるような恐怖。正式のパーティーなので彼が生きていることは把握している。そうじゃなかったら、無様に泣き叫んでいただろう。


 家族を失うのは、もう御免だった。



「いけえええええええ」

 ドンっと強い衝撃音がして、ドラゴンの巨体が吹っ飛んだ。


「やった!」

 うまく秋人が刺した大剣に落とせた手ごたえがあった。


 聖夜が巻き上げた土煙と、薫の雷撃で抉れた岩壁の破片で視界が悪い。

 もうもうと立ち込める土煙の中、ゆらりと巨大な質量が動く気配がした。


「嘘だろう」

 薫が顔を歪める。


 アイスドラゴンが半分炭化しながらも、立ち上がる。奴の殺気が一気に薫に叩きつけられた。

 大量の瘴気の圧力で、薫は立っていられず思わず膝を付く。アイスドラゴンの敵意が完全に薫に向けられている。薫は疲労困憊で動けない。


 当夜も聖夜もボロボロですでに足元が止まっている。駆けだしたくても体が動かないのだ。

「神崎先生!」

 泣きそうな声で聖夜が叫ぶ。


「くっ」

 額から汗がにじむ。ここで死ぬわけにはいかない。

 秋人にずっと傍にいると約束したのだ。秋人を残しては絶対に死ねない。

 杖を地面に突き立て立ち上がる。


「なめんなよ、クソ蛇野郎が」

 アイスドラゴンがブレスの構えをする。薫も魔力を練り直す。どちらが先に撃てるかが勝負だった。


 薫は嗤う。分が悪いのは百も承知。でも、諦めたりはしない。諦めさえしなければ、勝ち筋はある。何しろ自分は運がいいのだ。


 準備はわずかながらアイスドラゴンの方に軍配があがった。

 ここで防御魔法を展開しても、ドラゴンのブレスを防ぎきれる保証はない。万が一のドラゴンの失敗にかけて、薫は雷神の雷鎚(トールハンマー)を撃つ準備を止めない。



 アイスドラゴンが咆哮と共にブレスを吐き出す瞬間


閃光剣(スラッシュ)

 白熱の一筋の光が走る。細く鋭く、繊細なそれ。


 薫の魔法の師匠でクライアントで被保護者で家族の少年が、弾丸のように飛び出した。



 小さな人影と巨大なアイスドラゴンが交差する。

 さくっと微かな音がした。


 トンと軽い音を立てて着地する影と共に、ずるりとドラゴンの首が一閃された部分からずれて落ちる。


 ドンと大きな音を立てて、巨大な質量のものが地面に激突した。



「いや、それカッコよすぎでしょう」

 思わず薫が呟く。薫の言葉は全員の気持ちだった。


「薫、大丈夫?」

 秋人が笑う。何事もなかったような笑顔だった。

「それはこっちのセリフだよ」

 薫は苦笑を浮かべた。泣きたいくらいに安堵した。



 何とか5人全員が立ち上がり、ドラゴンの死体の前に集まった。茜は秋人の元へ全速力で駆け抜ける途中、降ってきた瓦礫に当たって額から出血しているし、当夜もドラゴンの攻撃でずたぼろだし、聖夜も同じくあちこち怪我を負っていた。

 一見無傷なのは薫と秋人だけである。


「秋人は脳震盪? 後でちゃんと病院に行かないと」

「大丈夫だよ」

「だめです」

 保護者として断固として病院でに検査を命じる。頭は後から障害が出ることもあるのだ。


 5人はなんとか倒した巨体を見上げてため息を付く。よくこんなものを倒せたものだ。

「さて、何というか。このアイスドラゴンはいつものじゃなかったわけか」

「うん。いつものより2倍くらい大きいし、こんなに強くなかった」

 秋人が首を傾げた。

「特異個体ってことかな」

「うーん、後藤さんに連絡しないとだな」

「うん」

 不安そうに茜が見渡す。

「他にもそういうの出てくる?」

「いや、僕もここは5回ほど来てるけど、今までこんなことなかったし」

 そう言いながら、ふと秋人は思った。もしも、いつも通りソロでここへ来て居たら…と。

 一人だったら、自分はおそらく死んでいた。


「みんなと来れて助かった」

 薫が事前に聞いていた「一人の方がいいか?」の答えだった。


 正直めんどくさい部分はある。しなくていい気遣いもするし、準備も多めに必要だ。

 それでも、今自分がここに仲間と一緒に居られること、自分が一人ではないことを深く噛みしめていた。


「あれ?」

 秋人がそのことを薫に告げようとした時、ふとドラゴンの死体のそばに宝箱が落ちているのが見えた。


「ドロップしている。珍しい」

 秋人は宝箱に駆け寄った。

 5回の討伐でアイスドラゴンは何もドロップしていなかった。ボスなのにみみっちいと赤井にぼやかれたのでよく覚えている。


「何が入ってるんだろう」

 秋人が手を伸ばす。


 それを見ていた薫は、突然激しい頭痛と耳鳴りに襲われた。

「ぐっ」

 くぐもった悲鳴に秋人が振り返る。


 黒い靄に、ドロップされた宝箱と秋人が絡めとられて見えた。


 激しい動悸、眩暈、吐き気の中、

【鑑定…】

 初球の魔法を唱える。しかし、何も見えない。

 足りない…

 薫はぐっと力を込める。心臓が軋むような音を立てる。耳の奥で心拍音が聞こえるような、飲みすぎてアルコールが回ってぐらぐらしているときのような酩酊感に襲われる。


不可視の分析(インビジブルジャッジ)

 振り絞るように魔力が消費される。ドクドクと鼓動が高鳴った。


「秋人、それに触るな…取り込まれる…」


 そう呟くと、薫は失神した。

「薫!?」

 秋人の悲鳴が、主のいなくなったボス部屋に木霊した。

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