13. 霞ヶ関第2ダンジョン
美術館に初めて行った秋人は大変興奮して帰ってきた。
「先輩が沢山解説してくれて、面白かった」
とおおいに楽しんだ様子だった。
「明日からは霞が関第2ダンジョンだな。アイスドラゴンってどんなの?」
夕食時、薫が尋ねると秋人は「うーん」と唸った。
「表面が氷でできてるドラゴン」
だと思う…という何とも頼りない返事である。
「雷を弾きそうなら雷神の雷鎚は使えないかな」
「僕がやるから大丈夫だよ。前は一人でやってたし」
秋人の言葉に、少し薫は考える。
「秋人は…一人でやる方がやりやすいかな。だいぶフォローしてもらってるし」
薫の言葉に秋人は大きく首を振った。
「そんなことないよ。」
「そっか」
「うん」
二人はそこでその話を終えた。
後は、秋人が気に入った絵の話や、美香がどれだけ博識かという話に花が咲いた。
翌朝5時に霞が関第2ダンジョン前に5人が集合した。
今回も秋人が入るので、ダンジョンは点検のため立ち入り禁止ということにしてある。
「ご実家はどうだった?」
薫が気安い口調で聖夜に尋ねる。赤坂第4ダンジョン探索時に敬語はなしでと聖夜に請われたからだ。
聖夜は困ったような笑みを浮かべた。
「母に泣かれました」
「そっか」
「はい」
朽木家に嫁いだ彼女は、出来損ないを生んだと陰口を叩かれ、ひどく辛い日々を過ごしていた。家族の前でそんな顔は見せなかったが、安堵したのだろうと彼は言った。
「名家に生まれるのも大変だな」
薫がぼやくと、聖夜は苦笑を浮かべる。
「その分、色々と優遇もありますので」
とはいえ、一端探索者に相応しくないと判定された後、主家に近い血筋の子供は悲惨だ。折れずに努力するには相当な胆力がいる。聖夜はそれをやってのけたのだ。そして、おそらく秋人を虐待していた赤井にはそれができなかった。
「一度、一族のジョブを調査して再検討すると巌さんが言ってました」
「だろうなあ」
後藤もそんな事を言っていた。
「なかなかハードだな」
「ですね」
寝た子を起こすような騒ぎになるかもしれないが、もし仮に戦えるはずの人材を見逃していたのだとしたら、大きな問題だ。ダンジョンの恩寵を無視していることになる。
「先生を得たことは、探索者界隈にとっては、とんでもない幸運だったと思いますよ」
「俺はなかなかにハードな体験をしたけどね」
「ははは」
聖夜が力なく笑う。もちろん、彼は薫がどうやって探索者になったかは知っていた。
「えっと、霞が関第2ダンジョンのミッションの目的は基本的にはモンスターの間引きなので、いつもよりはゆっくりいきます。だいたい3日を目指してます」
薫の言葉に皆うんうんと頷く。茜と聖夜が早くも慣れてきていて当夜は不安である。
「特に、ダンジョンボスの討伐は必須です。何しろ霞が関なので、間違ってもダンジョンブレイクなど起こさせるわけにいきませんので、皆さんよろしくお願いいたします」
「はーい」
と茜と秋人と当夜が返事をする。聖夜はこっくりと頷いた。
「遠足の引率の先生みたいだな」
と当夜が笑った。
「では、行きましょう」
おーっと掛け声をかけて、5人はダンジョンに向かった。
霞が関第2ダンジョンの主なモンスターは獣系である。第一階層ではコボルトや魔兎、ゴブリンなどが出てくる。
深くなるほどモンスターは強くなるが、ここはダンジョンのランクとしてはDなので、24階層でそれほど強いモンスターは出てこない。
なので、初心者の訓練用に使用されることも多い。
ただし、なぜか例外的にダンジョンボスだけが強く、アイスドラゴンが出現する。
上層階のモンスターは、主に茜と朽木兄弟で倒している。秋人と薫は見学に回っていた。秋人は魔法師であり剣士でもあるので、前衛でも後衛でもできるのが強みだ。
「最近鑑定系の魔法を覚えた」
薫の言葉に秋人は眉を上げた。
「俺の固有魔法の審判の門は真偽判定だからな。いけるんじゃないかと思ってやってみたらできた。まだ初級レベルだけど」
「公判で使える?」
「今のレベルじゃ、まだそこまでにはならないなぁ」
前衛が頑張ってモンスター退治にいそしんでいるというのに、後衛は呑気に魔法談義である。
薫が防御魔法を展開しているので、モンスターの攻撃でのダメージをほとんど食わないで済んでいるのだが。
「何あれ、ムカつく」
「まあまあ」
聖夜が宥めながら、両手の包丁をふるっている。
「兄貴のそれ、結構見た目シュールだな」
聖夜が包丁をふるうたびに、量産されている食料の数々。
「今日の夕飯も豪華そう」
茜が目を輝かせる。
「茜、これ絶対普通のダンジョン攻略じゃないからな。あの辺の頭おかしい人の所為だからな」
当夜が、背後でもはやすっかり戦闘する気のない後衛魔法師二人を指さしてぼやく。
「初心者にこれってどう思う?兄貴」
「うーん」
当夜の言葉に聖夜は沈黙で答えた。
10階層のオアシスで本日は1泊。薫は収納魔法に入れていたカセットコンロを取り出した。
「よく考えたら焚火とかいらないよね。」
さらに、てんぷら鍋と大量のサラダ油を取り出す。秋人以外の一同ドン引きである。
「いやあ、7階層あたりはオークが出るって聞いてたから、トンカツたべたいなって」
薫がいそいそと料理の準備をしだすと、秋人と聖夜が慌てて手伝う。
「いや、兄貴。突っ込めよ」
「そうよ、なんでダンジョンでカツ揚げるのよ、おかしいでしょ」
当夜と茜の叫び声がオアシスに木霊した。




