12.ゴールデンウィーク
赤坂第4ダンジョンから帰ってきて1日。今日は完全オフである。
当夜と聖夜は実家に帰った。兄のジョブとスキルについて報告するためだ。
今回のダンジョンで聖夜は第三位の攪拌をつかみきることはできなかったが、モンスターをおそらくかなり広範囲に攻撃できる能力であるらしいことは、その後の実証で分かったのだ。
ただ、おそろしく魔力を消費するため、自在に使うにはまだレベルが不足しているのだろうというのが、秋人の見解だった。
茜は、事務所は休みだし何もすることがないので家で休んでいると帰っていった。
彼女は毒親の元へ戻らず一人暮らしをしている。
薫が昔面倒を見たことがある不動産屋に口利きをしたところ、事故物件だが…と立派なマンションを紹介された。
幽霊が出るとかそういう事故物件ではなく、高齢のおばあさんが孤独死した部屋とのことだった。
さすがに10代の女性にそれはどうよと薫は難色を示したが、茜は「全然気にしません。こんな部屋にこんな家賃で住めるなんて夢みたい」とうっとりしていた。
後に茜は「幽霊が出たとしても住みたいほど理想の家だった」と喜んでいた。
このオフに、薫と秋人は工藤美香と会うことになっていた。
「こんにちは」
薫の事務所に彼女が訪ねてきた。
今日は事務所自体は休日なので、お茶は薫が用意した。
「いらっしゃい。すいませんね。たいしたおもてなしができなくて」
「いえ、これつまらないものですが」
彼女は近所で有名なパティスリーの焼き菓子を持参してくれた。秋人の顔がパッと輝く。
「ありがとうございます」
「おもたせで申し訳ないけど、お茶うけにさせてもらおうか」
秋人の笑顔に薫が苦笑する。そんな二人を美香は微笑ましく見つめていた。
「さて…と、色々と彼の身の上には制限がある部分があるので、すべて話すわけにはいかないのですけど…」
と薫が前置きする。
「美香さんは、もうだいたい彼が何者かっていうのは分かってるんじゃないかなと思います」
「はい」
美香は、神妙に頷いた。
美香はまず秋人のフルネームを知っている。
如月秋人。
これが田中実とか、山田大介などという名前ならば、探しようがないがこの名前である。手持ちの端末に「探索者」「如月秋人」と入れたら一番真っ先にAIが答える回答が正解だ。
「その…まさか、こんなに若いなんて…とは思ったんですが、秘密にしているってところからして、本物なんだろうなって」
賢い女性だなという印象を薫は持った。美香は薫の沈黙を別の意味に取った。
「私、あの…誰にも言ってません」
「そう…よかった。口止めしようかとも思ったんですが、なんか申し訳なくて」
「いえ」
秋人が困ったような顔になる。
秘密というのは抱える人間に余分なストレスを与えるものだ。薫は単なる女子高生の美香に、それを強要すべきではないと思っていた。
「どういう理由で秋人がこんな年齢で探索者をやってて、3Sなんてランクになったのかは、トップシークレットで言えません」
「はい」
でしょうね…と美香は内心で頷く。
おそらく聞くのも憚られる酷い事情があるのだろうと美香は思った。
「ですがまあ、普通に考えて何かとんでもない事情だということは、予測がついていると思います」
「はい」
「秋人は普通の生活というのを送れていないし、私が保護者をしている点で察しているかとも思うんですが、周囲に普通の大人がいない状況で育っています。ずっと探索者としての生活しかしてなくて、現状のような環境になったのも、実は半年前からで、学校に行けるように整えるだけで精一杯だったんです」
ふうっと薫が息を吐く。
「秋人がいろいろな人間関係を構築していくのは、これからになります。」
美香はうんと大きく頷いた。
「ただ、私の方にも高校生の知り合いとなると、あまり伝手がありませんし、大々的に探すのも、彼の秘密の所為で憚られます。探索者についての相談窓口は沢山あるのですが、一般的な生活の面、特に学生関係は皆無でして、申し訳ないのですが、工藤さんの申し出がまだ有効でしたら、手助けしていただけると助かります」
薫は頭を下げた。
美香は驚いて思わず腰を浮かす。
大人の男性にこんなに頭を下げられるなんて初めての事だった。
「いえ、私の方から言い出したことですし。あの…全然大丈夫です。それに、如月君が探索者だって分かった上で色々相談してもらえる方が、適切なアドバイスできると思います」
たとえ、秋人があの「如月秋人」だとしても、そこは変わらず守ってやらなくてはいけない後輩だ。こんな話を聞けばなおのことだ。
「よかった」
にこりと薫は笑った。華やいだ空気が一気に広がる。ものすごい威力の笑顔だなと美香は思った。
とりあえず、話したいことは話したので、ここでお開きになった。
薫はポケットから2枚のチケットを取り出す。
「まだ行ってないなら、秋人を連れて行ってくれませんか?」
国立新美術館で行われているルーブル美術館展のチケットだった。
「え?これVIPチケットじゃないですか!!」
美香の声が喜色に溢れる。
人気の展覧会で入場に2時間待ちという状態だったが、このチケットは関係者として並ばずに入れるのだ。
「薫、このチケットどうしたの?」
秋人が不思議そうにつぶやく。およそ薫と美術展のイメージが繋がらない。
「ふふふ、蛇の道は蛇って言うだろ」
ニヤリと笑ったが、すぐにネタ晴らしである。
「うそうそ。秋人が絵が好きだって言ったら、巌さんがくれたんだよ。」
2枚くれたんだけど、俺は興味ないからねと笑う。
「二人で行っておいで」
薫の言葉に二人は頷いた。
薫は二人を送り出した後、しばらく所長室の椅子に座って考えていた。
美香の存在はありがたいが、できれば男子のアドバイザーも確保したい。
男同士の気の置けない会話というのは、青春においては大切になるはずだ。
秋人は探索者としての能力が人間離れしている。その上、奇特な育ち方をしてしまったので、色々と欠けている状況だ。
別に人類が等しく平等で、同じ環境で育ち、同じ考え方をするのが幸せだとは薫も思っていない。ただ、知っておくことは大事だと思っている。
人間は自分たちと違う部分を嗅ぎ分けるのが上手い生き物だ。そして、違うとわかると排除にかかる。
今のところ、秋人には3Sの探索者であるという大きなアドバンテージがあるので、早々に排斥されることはないだろうが、人間社会というのは何が切っ掛けで爆発するか分からない。
秋人を守る上でも、ある程度の常識を身に着けるのは、必要なことだった。
「まあ、すでに色々と排除はしてもらってるんだけどね」
ギルドと朽木家が相当な努力をもって、秋人に群がろうとしているハイエナどもを抑えてくれているのは知ってる。さらに、今は秋人が未成年で子供であることが、ある意味壁になっている。
けれども、いずれ秋人自身が前にでないといけなくなる日がくることも、薫は知っていた。




