9. 聖夜
赤坂にある第4ダンジョンはランクD。だがC寄りのDだ。最下層まで行くのはまあまあ難しい。しかし、肝心の音梨草は最下層のダンジョンボスを倒した先にしか生息していなかった。
薫、秋人、当夜の三人は神崎家のダイニングで、昼間の依頼についての話をしていた。
「ここのダンジョンボスって何?」
当夜が秋人に問いかけた。
「ドゥラハン」
と平然と答える。当夜はしみじみと嫌そうな顔をした。赤坂第4ダンジョンのモンスターは死霊系だ。スケルトンやゾンビ、ゴーストなどが代表的である。
「あー、装備取ってこなくちゃあな。」
当夜がぼやく。いつも利用しているオリハルコン製のナックルでは、アンデット系は苦しいので、聖魔法の効果がある打撃系の武器が必要である。おそらく実家にあったはずだ。
「当夜は探索者になる気はないんだろう。一緒に行かなくてもかまわんよ」
「うーん。まあそれもなあ…」
薫の言葉に、当夜は歯切れの悪い返事をした。
当夜も少々思うところはあるのだ。
このまま一生薫の事務所のアルバイトというわけにもいかない。
大学を中退した自分ができることは結局、探索者しかないのだ。家から離れて暮らしているので、多少ランクが上がっても兄の立場を脅かすこともないだろうという思惑もあった。
「俺もいろいろあるんだよ」
「お兄さんのこと?」
薫の問いかけに眉を寄せる。
「『料理人』だったか?」
「うん」
当夜の兄がダンジョンで授かったジョブは『料理人』だった。
幼い頃から当主一家を支える分家跡取りとして期待されていた兄。才能豊かで性格もよく、鍛錬も欠かさない兄に対して、ダンジョンの神様はあんまりだと思った事を覚えている。
10歳の誕生日の翌朝、紙のように白い顔色で帰ってきた兄の表情を、当夜は忘れることができなかった。
「その事なんだけど…一度会ってみたいんだが呼んでもらえる?」
「え?」
「護衛の任務を代われって言ってる訳じゃないから安心して。」
慌てた当夜に薫が小さく笑う。
「ほら、俺は後衛職だし、どっちかというとモンスター討伐には向いてないジョブだって言われてるからさ。同じような評価のジョブを持っている人と話がしてみたいんだ」
「ああ…」
当夜は少し躊躇った後、
「分かった。兄貴に聞いてみる」
と請け負った。
水曜日の夕方、当夜の兄、朽木聖夜が薫の事務所を訪問した。
「お初にお目にかかります。朽木聖夜です」
折り目正しい挨拶と共にすっと頭を下げる。水が流れるような動作だった。
「こちらこそ。わざわざすいません。神崎薫です。どうぞ、楽にしてください」
薫は所長室へ案内した。
「しかし、何というか…当夜とあまりにも雰囲気が違うのでびっくりしました」
薫の率直な感想に聖夜は苦笑を浮かべる。兄はいかにも良家のご子息という雰囲気の人だった。
「弟はしっかりやっておりますでしょうか?」
聖夜は、横に座る弟をチラリと見る。窮屈そうにジャケットを着て小さくなっている弟は、そっと視線を外した。
「当夜くんには、とてもお世話になってます。特に、私も秋人もあまり探索者社会のルールには詳しくないので、色々助かってます」
薫の言葉に、少し当夜が驚いたように目を見開いた。その後、照れたように俯く。
そんな弟の様子を安堵したように聖夜は見つめている。
周囲の思惑はともかく仲の良い兄弟のようだと薫は思った。
相続の問題などは、家族が一番もめる原因だ。少なくてもこの二人はそういったことで揉めてはいないのだろう。
改めて、聖夜が尋ねた。
「ところで、先生は何か私に御用とか?」
「はい、朽木さんは…」
「あ、聖夜とお呼びください。うちの一族は朽木だらけなので」
「そうですね、では、聖夜さんは、料理人のジョブとお聞きしましたが、もし可能でしたら現在のレベルを教えていただけますか?」
「はい」
聖夜は思わぬ依頼に首を傾げながら、ギルドカートを取り出す。鉄色のそれを差し出し、
「レベルは24です。お恥ずかしい」
兄が俯くと弟はぐっと唇を噛んだ。彼はジョブの恩恵も得られずここまで己の身体能力だけでレベルを上げてきたのだ。当夜にとっては立派なことに思えたが、世間はそう見ない事を知っていた。
「24ということは、ジョブの固有スキルは2つですね。教えていただいてもいいですか?」
「えっと、はい。『切断』と『燃焼』です。」
「なるほど。シンプル」
ふむ…と薫は考えるように手を唇に当てている。
料理人のジョブは魔法職ではないので、固有魔法ではなく固有スキルが発生する。
文字通り、調理法の切ると焼くがそのスキルだった。
「私のジョブは審議官というもので、魔法職です。まあ…おおよそダンジョンの攻略に相応しいとは言われていないジョブなんですがね…」
薫の言葉に兄弟は頷いた。
「固有魔法第一位は、審判の眼。これは、場所や物や人の記憶を元に映像を構成することが出来る魔法です。固有魔法第二位が、審判の日。これは真偽判定の魔法。固有魔法第三位が契約の門。こちらは、等価交換に基づく契約魔法。そして、固有魔法第四位が雷神の雷鎚。広範囲殲滅系雷魔法です。」
薫のジョブはあまり獲得者がいないので、魔法の詳しい内容は広く知られていない。
指を折りながら説明を受けていたが、聖夜は「これは聞いてもいいのだろうか?」とハラハラしていた。
「審議官は、この固有魔法第四位まで得た人が今まで記録上はいないので、今までは第三位までしか知られていなかったんです」
薫の言葉に当夜は首を傾げたが、聖夜ははっとして薫を見つめた。
「でも、もしこの四番目の魔法が知られていたら、私のジョブってダンジョンの攻略に向いていないと判定されたのかなって思うんですよ」
あっと当夜が声を上げた。
「なんとなくなんですが、本当にダンジョン攻略に向いていないジョブなんて、あるんでしょうか」
聖夜はじっと薫の顔を見つめた。
「それに、そう考えると、私の第一から三までも魔法も、そこまでダンジョン攻略に向いてないとも言い切れないなって思うんですよね」
薫はくるくると立てた指を回す。
「審判の眼はダンジョンの記録が読めます。失敗した攻略の原因なんかを検討することが可能です。審判の日は真偽問答を上手く考えれば、モンスターの足止めをしてから個別撃破が可能です。契約の門も同じく、やりようによっては攻撃の無効化が可能になります。つまり…」
薫はじっと二人に視線を向けた。
「あなたのジョブもやりようによっては、かなり強力な攻撃力を持つのではないかと」
ぽかんと兄弟は薫の顔を見つめた。
探索者にとって料理人というジョブはダンジョンには向かないと思われてきた。
だが、そういう思い込みの無い薫からしたら、自分のジョブから考えても、レベルをもっとあげれば、色々と付随する能力が上がるのでは?という思いは自然なことだった。
「まあ、私はご存知かどうかわかりませんが、うっかりいきなりレベルが上がったので、固有魔法も最初からまで第三位得られておりましたから、そういう意味では特殊な例かもしれませんが」
薫は二人の懸念に先に言及した。
「当夜から聞きましたところ、聖夜さんはとてもまじめにコツコツとダンジョンでの討伐作業をなさっているそうで、おそらく通常の料理人よりはるかにレベルが上がってるのではないかと思いまして」
「お恥ずかしい限りです」
しゅんと聖夜は肩を落とす。
せっかく期待されていたのに自分のレベルはたった24。本家筋の男として、25歳にもなってそんなレベルしか取れてないのが恥ずかしかった。
「いや、違いますよ」
薫は慌てた。
「24って凄いんだろ?だってスキル使わずにそこまで上げてるんでしょ?違うの?」
薫が当夜に尋ねると、当夜はうんうんと大きく頷いた。聖夜は涙が出そうになるのを必死に堪えた。弟以外で彼の努力を認めてくれたのはこの人が初めてだった。
「今度のゴールデンウィークに赤坂第4ダンジョンと霞が関第2ダンジョンに行くんです。ご都合がよかったら一緒に行きませんか?」
薫はにこりと笑った。
「え?」
聖夜は額に汗をかいて当夜を見る。一緒にって誰と?と。
「あ、私だけじゃないですよ。秋人も一緒に行きます。今回だけのパーティー登録になりますが、ばんばんレベル上がりますよ」
『如月秋人』とパーティーを組む?自分が?
聖夜は、固まってしばらく動けなくなった。
気絶しなかっただけ兄貴の方が俺より胆力あるな…と当夜は思った。




