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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第四章 代理人、高校生と春を過ごす
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8. 依頼

 薫が後藤に電話した時、彼はまだオフィスにいた。

 暴走した自動車を探索者(シーカー)らしき人物が素手で止めたらしいこと、本人は姿をくらませたとの一報が警察より入り、調査を命じようとしていた時だった。


 薫からの説明を聞き、いったん警察への調査不要の指示を出しながら、電話の向こうの薫に苦言を呈した。


「神崎先生、最近都内でビルとビルを渡り歩くバンパイアが出るという噂が流れているんですがね」

『大変申し訳ない』

「それで、事故自体は偶発的なものだったんですか?」

『魔法的なにおいはなかったようです』

「調べたのは秋人くんですか?」

『はい』

「なら、大丈夫でしょう」


 後藤は一つ息を吐いた。秋人や薫を付け狙う輩は、まだまだ油断できない。

 しかし、それにしてもこの男と秋人が組んでから、トラブルが多すぎやしないだろうか。弁護士なんていう堅さで言うと上澄みであろう職に就いているというのに、神崎薫という男はなかなかトラブルメイカーである。


「それで、調べてほしいのはその先輩ですか?」

『はい。普通の部分は調べられますが、探索者(シーカー)の系統でしたらギルドで調査していただいた方が確実なので』

「分かりました。調べておきます。ついでに、美術部の面々も調査しましょう」

『お願いします』


 薫からの電話が終わると、後藤はチラリと机の上にどっさり載っている嘆願書を見つめた。

 そこには、企業や個人からの『如月秋人への依頼』が積みあがっている。


 今までは赤城を通せば事足りたのだが、今は後藤が精査している。もちろん、この中のいくつかは正当な依頼で、人々の生活に役立つ研究や、大事なインフラなどに使用されるものだが、殆どは私利私欲のために利用されるものだった。


 重要な案件に関しては、秋人が療養中で現在は動けない旨を伝えて、代替え案を検討してもらっている。しかし、どうでもいい依頼は放置である。


「こんな金額で受けられる依頼ではないだろうに」

 ギルドマスターが後藤に代わってから、袖の下や賄賂が通用しなくなった。

 その事を素早く察した面子は、依頼料をきちんと正当な金額に戻してきた。しかし、それすら気が付かない愚か者どもは、以前のままの金額で依頼書を送り付けている。


 後藤は不採用のハンコを押して、差し戻しのボックスに入れた。しかし、2つだけ…どうにもならない依頼がある。

「どうしたものか…」

 ぽつりと後藤は呟いた。



「それで、どうするの?」

 当夜が組み手をしながら、秋人に尋ねた。

「うーん。薫はとりあえずギルドの調査を待ってから、どのくらい話すか決めるって言ってた」

「あー…、調査か。」

 目にもとまらぬ速さで拳を繰り出す当夜と、それを完全にさばいている秋人。新宿第三ダンジョンの片隅での模擬戦しながらの会話である。


 階層ボスをさっさと倒して、広間を使っての訓練というのが当夜には意味が分からない。

 当夜は今でも時々3S探索者(シーカー)のやり方に頭痛を覚える。それでも、秋人と当夜が気兼ねなく訓練するには、これが一番都合がよかった。


 暴れて壊れても「階層ボス」の所為にできるからだ。当夜が朽木の名前を出せば、当主家の者が一族の少年の訓練をつけていると見せかけることが出来る。

 実際は訓練を付けてもらっているのは当夜の方なのだが。


「美人だった?」

 当夜の質問に、秋人は首を傾げた。

「先輩のことだよ。私服だと制服とまた違う雰囲気だっただろう」

 当夜の言葉に秋人はうーんと唸る。

 美人かどうかの判別がつかない。薫の顔がすごく綺麗なのは流石に分かるが。


「神崎先生え?比較対象が強すぎる。あの人は別格だ。」

「先輩はすごく物知りで、優しくて、いい人だよ。あとすごく柔らかくてびっくりした。猫みたい」

「うーん、まぁ、そうだなあ」

 当夜は秋人の返事に詰まる。

 どうやら、女性として意識はしてなさそうだ。相手もそうとは限らないが。

「まあ、いいか」

 どうせ、薫がなんとかするのだ…と当夜は思うことにした。



 美術部員の調査報告書は日曜日の夕方には上がってきた。薫は受け取ったデータを閲覧しつつ、後藤と話している。

「工藤さんには探索者(シーカー)の叔父さんがいるんですね」

「はい。ですが、まあ一般的な探索者(シーカー)ですね。腕は良くて、もうすぐAに上がりそうなBランクです」

「なるほど」

 ふむふむと薫が呟く。そのほかのメンバーで探索者(シーカー)の関係者はいなかった。いくつか、親の勤め先に探索者(シーカー)関連のものもあるが、それもかなり薄い関係だった。


「問題なさそうですね」

「はい」

「すいません。わざわざ来ていただいて」

 薫の言葉に後藤は首を振った。

「なに、ちょっとした気晴らしです。ギルドマスターでございと、ふんぞり返っているのは性に合わなくてね」

 元は脳筋探索者(シーカー)だ。深慮遠謀とは程遠いところにいたはずなのに、こうして今は企業や政治家を向こうに頭脳戦を戦っている。


「後藤さん、いらっしゃい」

 所長室に秋人と当夜が入ってきた。後藤は目を細めて挨拶する。

「こんにちは。秋人くん、当夜くん。訓練かい?」

「はい」

 秋人の返事に後藤がうんと頷いた。訓練を欠かさないのは大事なことだ。


「ところで、後藤さん」

 秋人の呼びかけに後藤は続きを促すように、目をあわせた。

「5月の連休があるので、少し依頼を受けます。何か頼みたいのがあれば言ってください。」

「えっ」

 後藤は目を丸くした。

「いつもご迷惑をおかけしているので、少しはお手伝いしようって薫と話してたんです。そろそろ、3つくらい困ってる依頼があるんじゃないかなあと」

「いや、それはしかし」

 後藤は秋人に約束したのだ。彼がいいというまで、依頼は出さないと。


「後藤さんは、この半年ずっと僕の依頼を断り続けてくれたでしょう?」

 秋人は告げる。

「だから、後藤さんが頼みたい依頼はきっと大切で、大事なものだから受けるつもりです。僕からやるって言ってるから契約違反にはなりません。」

「秋人くん…」

「それに、前は結構色々頼まれてましたけど、定期的にきてた音梨草の採集と霞が関第2ダンジョンのダンジョンボスの間引きの依頼は、たぶん結構大変でしょう?」

「助かります」

 後藤はため息を付いた。どうしても都合がつかなかったのがその二つだった。


 音梨草は赤坂第4ダンジョンの最下層にしか繁殖してない珍しい薬草で、聴力の強化ができる効能がある。世界でもここでしか取れない貴重な薬草で、耳が悪い人の治療に劇的な効果がある医薬品になる。


 霞が関第2ダンジョンのダンジョンボスはアイスドラゴン。何年か前までは炎の魔法が得意だったSランクの探索者が行っていたのだが、彼が引退してからは秋人が請け負っていた。

 どちらの依頼も代替えが効かず、人の生活や命がかかっているものだった。


「その二つと、たぶん何か一個くらいは大変なのが残ってるんじゃないかなって薫が言ってました」

 秋人の言葉に平然と薫が紅茶を飲んでいる。

 後藤はトラブルメイカーの弁護士の顔を見つめた。その表情から何も読ませることはなかったが、おそらく自分の苦境を察してのことだという事は理解できた。


「ありがとうございます」

 後藤は深々と頭を下げた。

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