5. 工藤先輩
しつこいようですが、昨日間違えて2話分アップしてしまいましたーヽ(;▽;)ノすいません
美香はミドリを呼んでくるように秋人に言った。秋人は素直にその言葉に従う。おろおろしていたミドリは、秋人を目の前にして覚悟を決めて付いてきた。
美香は頭を下げる。
「初めまして。あの、如月くんの部活の先輩で工藤美香と申します」
「あ、ご丁寧に。私はこういう者です」
ミドリが名刺を差し出す。
「会計士さん?」
「はい。この子の保護者の…同僚で古い友達です」
ミドリはため息を付いて、椅子に座った。まだ開店して間もなかったこともあり、秋人と美香は4人席に座っていたので、秋人の横に余った椅子がまだあったのだ。
「ねえ、なんでバレたの?あたし、結構自信あったんだけどな」
ミドリがぼやく。これで、おそらく時給はパーである。イヤホンの向こうで薫が青くなっていることは想像に難くない。
「背格好で」
秋人はパフェを食べながら、なんてことはないと言わんばかりに答えた。
「ミドリさんには一回会ってるからわかるよ」
ミドリは小声で尋ねる。
「魔法がなくても?」
「魔法がなくても」
ミドリはため息を付いた。
「あんたの作戦、大失敗じゃない」
薫に向かってミドリが文句をつけた。
『秋人、ごめん。信用してなかったわけじゃないんだ。ただ、心配だったんだ』
薫の言葉が聞こえるように、ミドリはイヤホンを外して秋人に渡していた。
「うん、分かってる。心配かけてゴメンね」
薫の言葉に秋人は頷いた。
「あの…」
美香はしばし考えた後、秋人のもつイヤホンに向かって話し出した。
「私、轟学園高等部2年の工藤美香と申します。如月くんの部活の先輩で、副部長です」
『どうも、ご丁寧に。弁護士の神崎薫と申します』
「神崎さんの心配が、だいたいどの辺にあるか、ちょっと話しただけで何となく理解できましたので、ご心配はごもっともだと思います」
『いえ、こちらこそ、本当に申し訳ない』
薫はイヤホンの向こうで額を抑えていた。
穴があったら入りたい。高校二年生の女の子にフォローしてもらうとは。
「あの、ご心配だと思いますし、もしお時間あるようでしたら、買い物が終わった後、少しお話できればいいなと思うのですが」
『いや、そこまでしていただくわけには…』
「あ、じゃあ、今日は先輩うちでご飯食べていきますか?」
秋人が唐突に言った。え?という顔で美香は秋人を見る。
「ここのデザートもすごく美味しいけど、薫のご飯が一番おいしので。先輩も一緒に食べましょう」
ねっと秋人がダメ押しすると、マイクのあちらとこちらはノーとは言えなくなった。
「それじゃあ、お邪魔します」
美香が先に立ちなおった。
『分かりました。それでは…夕飯をご一緒に。ミドリも来れるか?』
男ばかりの自宅に女子高生を呼ぶという事態に保険がかけたいらしいと察したミドリは
「もちろん、行くわ」
と答えた。
ミドリとはカフェで分かれて、そこから秋人と美香は画材屋に向かった。都内でも有数の広さを誇るその画材屋は、秋人にはまるで別の世界のようだった。
見たこともない色鉛筆や絵の具が沢山そろっている。秋人は目を白黒させて棚を見まわしていた。ギルドのショップだってこんなに興味津々で覗いていなかった。
「如月くんは油絵の道具は全然持ってないんだよね?」
「はい」
すたすたと慣れた足取りで歩く美香の後を、秋人は慌てて追いかけた。
「じゃあ、これとこれがいるかなぁ。お家で描いたりするつもりある?」
「はい」
休日はダンジョンに行かないのであれば、何もすることがない。絵を描いて過ごすのは悪くなかった。
「それじゃあ、持ち運びもできるようなケース付きのセットにしようかなぁ」
美香は、うーんと唸る。さきほどの話の流れからして予算を気にする必要がないことは分かっていたが、秋人に社会常識が大きく欠けている。美香は、できるだけ普通の高校生が持つような内容にする方がいいだろうと判断した。
「これとこれかな。あとは油絵具の12色セット。パレットとかは、このセットに付いてるし。あ、でも筆はいいのを買った方がいいよね」
美香のセレクトに秋人は特に注文がないようで、ふんふんと頷いている。ただ、絵具はもう少し色が多い方がいいというので、24色のものにした。
「キャンバスの張り方とかは、今度部活で教えてあげるね。あとはイーゼルかなあ。携帯できるやつにして、もしお家で大きなのを描くなら、固定式のやつ後で買ってもいいかな」
彼女が選んでくれたものをかごに入れながら、秋人は少し感動していた。
最近では、当夜と買い物に行ったりしているので、慣れたつもりだったが、探索者の関係ではない一般の人と出かけるのは、生まれて初めてのことで、「普通」の生活をしているようで嬉しかった。
「先輩、あの…ありがとうございます。」
はにかみながらそう告げると、美香はふるふると首を振った。
「画材を見るのは趣味みたいなものだから。如月くんも、慣れてきたらちょっとずつ自分の好みのものをそろえるといいよ。使ってみないと分からないからね」
「はい」
にこりと二人で笑いあった。
油絵の道具以外にも色鉛筆とかスケッチブックなど、秋人が気になった道具を見たり、美香のお勧めの画材を試したり、全然関係ない額縁の好みを言い合ったりと画材屋でかなりの時間を過ごしていた。
秋人は両親の写真を入れるためのシンプルな写真立ても選んだ。
買い物は結構な量になったので、配送をお願いして、店を出た頃にはティータイムだった。
薫の作った手料理での夕飯は、18時頃を予定しているとスマホにメッセージが入っていたので、それを目安に二人で時間を潰すことにした。
二人はまた別のカフェに向かった。
そのカフェは見た目も味も良いと人気のカフェで、入るのに30分待つ羽目になったが、予定の時刻を思うとむしろ丁度よかった。
青いソーダを使った珍しいパフェを見て秋人は
「わあ」
と子供のような感嘆の声をあげる。
「綺麗でしょ」
美香が笑う。秋人は無言で頷いた。
「写真撮るといいよ。スマホで」
「あ、そうか」
秋人は慌てて自分のスマホを取り出した。デザートの写真を撮るという発想がなかった。秋人は真剣な顔でスマホを見つめる。
ふと、美香は視線を感じて辺りを見渡した。店中の女の子たちの視線が秋人に向かっている。中にはこっそりと秋人の写真を撮っている子もいた。
美香は眼鏡を掛け直す振りをして、目の前の少年を観察した。
如月くん…雰囲気あるからなあ…
美香はため息を付いて秋人を見つめた。
ガラス張りのカフェの大窓から注ぐ光が、秋人の頬に自然な睫毛の影を落とす。色の白い頬にそれがくっきりと映って、えもいわれぬ風情を醸し出していた。
秋人は、特に金のかかった服装ではなく、ごく一般的なパーカーとデニム、スニーカーの装いだが、ハイブランドのファッションを着こなしているモデルの卵や軽い芸能人、インスタグラマーなどをものともせず、このカフェにいる誰よりも目立っている。
よくここでスカウトが行われるので、モデルや芸能人志望の見目の良い若い子が出入りすることも多いのだが、次元が違うなぁと美香は感心して秋人を眺めていた。
どこか浮世離れしている少年。
おそらくは何か特殊な事情があって、今まで普通に生活をしてきていないのだろうということは察したが、けれども、穏やかなで優しい、そして才能あふれた芸術家の卵だ。
「私が守ってあげなくちゃ」
と美香は自分の心に言い聞かせた。




