14. 解決
結局のところ、アメリカ支部の仲裁によって、薫たちと陸軍は和解することになった。
それには大統領からの命令書が大きくものを言った。彼は全権をジョージに任せると宣言したのだ。
ジョージは薫たちを拘束することに関わった、すべての軍人を拘束した。他所の基地から人手を借りての行動だったので、忖度なくダンジョン統括部隊の軍人は次々とお縄になった。
「契約通り、すべてのドロップ品はお二人の物としてお収めください」
ジョージが告げる。さも当然という顔で薫は頷いた。
「さらに、慰謝料として追加で5000万ドルお支払いします」
薫はニコニコと笑顔である。意味は「それだけじゃねーだろ」である。
額に冷や汗を流しながら、ジョージは頷く。
「ダンジョン統括部隊は解散。すべての陸軍が管理しているダンジョンは、探索者ギルドアメリカ合衆国支部に引き渡し、彼らに管理をお任せします」
ジョージの発言に秘書官として詰めていた軍人がぎょっとして上官を見つめた。
「ざっと調査しただけでも、管理が不十分なダンジョンが多かったんだ。陸軍だけで管理するにはあまりにも人手が不足している」
軍人は他にも任務がある。ダンジョンだけにかかり切りにはなれないのだ。
「探索者を続けたい軍人には恩給を出すので、退役を許可します。但し、探索者になることを条件とします。怪我やメンタルの不調など医者の許可がある場合を除いて、恩給を受け取った場合は3年は辞められません」
ジョージはそもそも軍がダンジョンを管理するのは限界だろうと感じていたのだ。長年、この内容を軍の上層部と話し合ってきた。
彼らはレアメタルの保持やたくさんいる軍人探索者に対する補償などを理由に反対していたが、何ということはない。本当は民間に負けるのが嫌だというプライドの問題が一番大きかったのだ。
今回、軍が管理している都会のダンジョンが溢れたことにより、世論の厳しさを実感して、ジョージの案へのソフトランディングが検討されていた。そんな折、他国のSランク探索者に対してあまりにも非礼の限りを尽くしたこの事件が発生した。
彼らは契約通りダンジョンを閉鎖してくれた。さらに、利己的な理由で攻撃され、あまつさえ犯人と契約にない軍人を助けて戻ってくれたというのに、軍が率先して彼らを非人道的な扱いをした。
もしも世間に知れたら…アメリカ陸軍は終わりである。
何とかここは穏便に…という思惑が透けて見えるようだった。
「パトリックはどうなりました?」
薫の質問にジョージはため息をついた。
「まあ、命は取り留めた」
「…あまり状態は良くないのですか?」
「ああ…当たり所が悪くてな。利き腕を切断することになった」
「そうですか…」
薫は一つ頷いた。パトリックの夢は永遠に絶たれたのだ。それは彼にとって何よりの罰だろう。
「エヴァンス軍曹は?」
「あいつは、殺しても死なん」
ジョージは軽く笑う。エヴァンスは病床で薫と秋人には何も悪いところはないと激しく抗議して、今はベッドに拘束されている。
「後で見舞いにいってやってくれると有難い。君たちの事をとても心配していた」
「分かりました」
薫は秋人を見る。秋人もコクリと頷いた。あの底抜けに明るい軍人のことは秋人も嫌いではなかった。
「パトリックと一緒に撃たれた方はどなたでした?」
ニコリと薫が嗤った。ジョージは深いため息をつく。当然、この話は聞かれるとは思っていた。
「アメリカ陸軍元帥 ウォーロックの副官で、サリンジャー中将がな、いきなり空中から現れた弾丸で胸を撃たれて重傷だ。命に別状はないが、軍人としては終わりだな。まあ、最もこれから軍法会議が待っているんだが」
「大物ですねぇ」
薫は感心した声を上げたが、ジョージは頭が痛い。
ウォーロック元帥はダンジョンを民間に戻す案に反対していた最大派閥の長だった。その副官がよりによって他国の英雄に銃を向けることを唆した黒幕だったのだ。これで、もう反対勢力は虫の息である。
「お前さんはどこまで分かってたんだ」
ジョージの言葉に、薫はニヤリと笑った。
「いいことを教えてあげましょう、ジョージ」
薫はちっちっちと指を振る。
「よい弁護士というのは、学歴が高い者でも、弁が立つ者でも、報酬をたくさん稼いでる者でもありません」
ただ一つ…
「事前に問題の障壁について最大限調査して、クライアントを守るために最高の準備ができる者です」
ジョージはがっくりと肩を落とした。
そもそもこの男を相手に勝負になるわけがなかったのだ。
「私、一晩で日本の総理大臣の首を挿げ替えた男ですよ」
「…そうだったな」
ため息を盛大について、ジョージは座りなおした。
マーリン老は二人のやりとりを静かに聞いていた。一見、探索者ギルド側にはメリットがないような話に聞こえるが、案外そうでもない。
実入りの良いダンジョンがいくつか手に入るし、軍を脱してギルドに所属したい軍人も増えるだろう。しかも、それらの軍人の新人費用は国が持ってくれるというのだ。ギルドは無料で大量の優秀な探索者を抱き込める。おいしい話だった。
「ところで、マーリン殿」
薫は不意に老人に尋ねた。
「あなた、知っていましたよね。我々が監禁されていること」
「むっ」
老人はとぼけた笑顔を浮かべる。
「他国の探索者であれ、国家権力によって害されると分かっている場合、それを阻止しなかったギルドは弾劾対象ですよ」
薫の言葉に老人は目を反らす。
「いや、何。こちらもシカゴのダンジョンが大変なことになっていて、こちらが後手に回ってしまったのだ。申し訳ないことをした」
にこりと老人が好々爺の笑みを浮かべるが、薫は冷たい目でそれを見つめた。
「秋人に攻撃したのは何故ですか?」
「わしから攻撃はしておらんよ」
老人は嘯いたが、
「秋人は、無害な相手に自分から攻撃するような子じゃありません。挑発しましたよね」
厳しい視線にマーリンは押し黙る。
びっくりしてジョージが老人を見つめた。その非難に満ちた視線が痛い。
実際のところ、マーリンは確かに挑発したのだ。
外でもない薫に向かって弱いながらも精神攻撃の魔法を放った。当然それを察知した秋人によって阻まれたが、その時反射された魔法は深く鋭く強かなものだった。
マーリンは久しぶりの好敵手に年甲斐もなくわくわくしてしまったのだ。本当はあそこであんな大立ち回りをするつもりはなかったのだが。
さらに自分の攻撃を完璧にいなしてみせた少年に、おおいに興味が湧いた。できればこのままアメリカに残って欲しいとさえ思っていた。
「審判の門に掛けてもいいんですよ」
薫が詰め寄ると、老人は降参と手を挙げた。
「いや、申し訳ない。昔取った杵柄というか、つい血が騒いで」
「は?」
「いや、自分と同じかそれ以上に強い相手が目の前にいたので、つい」
「つい、じゃねえよ」
老人のたわごとに、だが薫は誤魔化されない。薫はマーリンの秋人へのそこはかとない執着を感じ取った。
「いいか、今後二度とうちの秋人に近づくな。近づいたら社会的に生きていけないようにするからな」
「弁護士の君が…かね?」
老人は少し驚いて薫を見た。ギルドの調査では、神崎薫という男は正義感と遵法精神の具現化のような男とのことだったが。
薫は底冷えのするような視線を老人に向ける。
「俺は弁護士だ。検事じゃない。守るべきは正義ではなくクライアントの権利だ。アメリカの法律でも文句つけられないように抹殺する方法なんて五万と知ってる。覚えておけ」
ピリピリと空気が振動する。
薫から発せられる魔法が震えているのだ。ゴクリとマーリンはつばを飲み込んだ。
マーリンは調査結果からして、気を付けるべきは秋人だけだと思っていた。探索者になりたての新人のことなど視界にも入れていなかったのだ。
「15歳の子供に対してあんたの行いは虐待だ。こちらはきちんと国際探索者連盟に訴えさせてもらう」
薫は容赦なくマーリンを弾劾するつもりだった。しかし、不意にその空気は
「薫、もういいよ」
という秋人の言葉に遮られた。
「別にもう僕が日本に帰ったら二度と会う人じゃないし。その人もそのうち死んじゃうでしょ。年なんだから」
秋人の言葉にその場の全員が絶句した。
「うん…まあ、そうだね」
薫は気の毒そうに老人を見た。
ショックで固まっているアメリカの英雄を尻目に、秋人は机の上に置かれたクッキーをちまちまと食べだした。おそらく、もうマーリンのことはクッキー以下の興味しかないようだった。
そもそも、秋人はあれでも全力ではない。背後に薫を庇った状態での戦闘だった。それで見た目五分なら、まっとうにやれば秋人は圧勝できる。
手の内も大体知れたので、秋人にとってマーリンはもはや、とるに足りない存在になった。
いつだって若者は老人には容赦ないのである。
あまりにもあんまりな空気に耐え切れず、ジョージが秋人に向かって尋ねた。
「秋人は?何か望みはあるか?」
ジョージの言葉に、秋人は反射的に顔を上げる。
「ある」
「え?あるの?」
薫は驚いた。基本的に秋人は報酬には無関心だからだ。しかし、秋人の望みを聞いて、ジョージはおおいに納得したのだった。
こうして、アメリカ騒動は解決した。




