13. 探索者ギルドアメリカ支部
少し秋人が落ち着いたのを見計らって、へたり込んでいる軍人どもを見つめる。
薫の目は、秋人にむけられるものとは比較にもならないくらいに冷たかった。
「さて」
薫はニコリと悪魔的な笑みを浮かべた。
「あなた方にはおおいに反省してもらう必要がありそうです。他国の探索者を国家権力をもって不当に監禁するとか、弾劾案件ですよ」
薫の言葉に、軍人たちは悔しそうに顔を顰めた。
「国際探索者連盟に私が訴えを起こしたら、どうなるかは知っていますよね」
薫の問いかけに、トーマスが叫んだ。
「どうやって連絡する気だ。スマホもパソコンも手元にないだろうに!」
これだけの格の違いを見せつけられてなお、罵倒してくるバイタリティーに呆れながら、薫はドアの近くに寄せていたカウチソファを蹴ってスライドさせる。
そこには充電コードに刺さっているパソコンと、ダンジョンの壁ごしでも連絡が取れるお高いデバイスがあった。
「な、なんだと」
「いや、なんだとってさあ。我々収納魔法持っているんだから、充電器だって持ち込んでいるに決まっているじゃないですか」
薫は肩を竦めて、デバイスを持ち上げる。
「収納魔法の中に収めていればバッテリー切れを起こしている筈だ。なぜ貴様が充電していたことが監視に見つからなかったんだ」
統合作成本部長が悔し気に呟く。薫はニヤリと笑った。
「それは、こうして…
【審判の眼】」
薫の手元に映像が浮かび上がる。
「監視カメラの視界をカメラの目の前に展開し、一時停止しておいたからですね」
薫の指示と共に映像は浮かび上がり、この部屋唯一の監視カメラの前に留まった。
「これで、彼らは私たちが部屋の模様替えだけして、寛いでいたと思い込んだわけです」
薫の手元に映像が戻り掻き消えた。
「私や秋人を怖がって直接見張りに来なかった怠慢があだになりましたね」
薫は笑いながら、デバイスを操作した。
「あ、もしもし。こちら日本のSランク探索者の神崎薫です。お久しぶりです。総帥」
薫の呼びかけに、そこらにへたり込んでいた軍人が全員ぎょっとして腰を浮かせた。
彼らも本音では国際探索者連盟や、アメリカ支部を敵に回しても勝ち目がないことは理解していたのだが、認めたくなかったのだ。しかし、現実に今こうして危機がやってこようとしている。
「はい、昨日メールで送った書状ですが、はい、受理の方向でお願いします。はい、そうです。被告はアメリカ合衆国です」
薫の言葉に全員が絶句する。
やめさせようと思ったが、今ここで邪魔をすると完全に彼らを敵に回してしまう。それは避けなくてはならない。
武器を取ろうとしたが、秋人の鋭い視線に射貫かれ動けなかった。さきほどまで子供のように泣いていた少年は、薫を守る鉄壁のガードとなって、立ちはだかっている。
「ミスター・神崎」
不意に、元扉だった物体から3つの人影が現れた。
「お怒りはごもっとも。あなたの訴えは誠に理にかなっておりますが、今しばらく弾劾はお待ちいただけませんか?」
現れたのは白髪の老人と金髪の美女、そしてジョージ・クラーク中佐だった。
老人は慇懃に腰を折った。
「我が国の無礼と、恩を仇で返すような行いは、誠にもって許しがたいとは思いますが、ひとまずほんの数分だけ、この老骨に免じてご容赦願いたい」
老人が一歩前に出たが、いつの間にか薫と老人の間に秋人が移動していた。
「薫、下がって」
珍しいことに秋人が緊張していた。そのことに気が付いたので、薫は言われた通り後ろに下がる。
「後で掛けなおします」
薫はデバイスの向こうに告げた。
「気を付けなさい。その方はアメリカが誇る3Sランク探索者、マーリン・オルブライトです。」
デバイスの向こうはそう告げて、通話を切った。
一瞬の攻防だった。
剣圧があたりに辛うじて残っていた部屋の残骸を吹き飛ばす。秋人の全力の剣をすべて老人は弾き返した。
「ちっ」
舌打ちして秋人が腰を落とす。双剣に魔力を込めて威力を高めた。
自分より強いかもしれない相手と対峙するのは最近ではほとんど無いことだった。おまけに背後に薫がいる。踏み出すことはできても、とびかかることはできない。
瞬発力と跳躍で威力を高めるのが秋人の我流の剣だ。動きを封じられての攻防は初めてだった。
「マーリン様!」
女性が悲鳴を上げた。彼女にとって、マーリンは絶対的な強者だったが、今互角に撃ち合っている相手がいる。それは彼女にとってはあり得ない光景だった。
秋人の剣が速さを増す。マーリンの杖がそれを弾き返す。
あまりにも早い攻撃で、薫はまったく目で追うことができなかった。流れ弾のような魔力の残滓に当たらないように、防御魔法を己に掛けるのが精一杯だった。
いよいよ周囲が瓦礫だらけになろうかというタイミングで、一瞬の隙が二人に生まれた。その瞬間に、二人の間に一人が割って入った。
秋人の剣とマーリンの杖をどちらも片手ずつで抑えている。
「ひゅうっ」
薫は思わず口笛を吹いた。
「凄いすごい、さすが『煉獄のジョージ』」
薫はぱちぱちと手を叩く。ジョージは額に冷や汗を流しながら
「ヤメロ」
と怒鳴った。
本気で死ぬかと思ったが、ぎりぎりなんとかなった。
おそらく飛び込んできたジョージに気が付いて、二人が攻撃を緩めてくれたらだろう。ジョージは二人が正気でいてくれたことに胸を撫でおろした。
改めて、ジョージは小柄な少年に向かって頭を下げた。
「秋人、本当にすまなかった。俺の不手際だった。薫があれだけ警戒していたんだから、俺ももっと気を付けるべきだった。お前が怒るのも薫に訴えられるのも当然だ。だが、マーリン殿は最高峰の治療魔法師でもある。支部に頭を下げてようやく引っ張り出してきたんだ。薫の怪我の治療をしていただこう」
その言葉に、秋人は剣を降ろした。
怪我して5日から1週間経つと治療魔法でも傷が残ったりするのだ。タイミングとしてはぎりぎりである。
秋人の横をマーリンがすり抜ける。薫に近づくことを秋人は凄まじい圧をもって警戒しているが、攻撃はしなかった。何かしたら素早く首を落とせるように用心してはいたが。
毛を逆立てた猫のようだとジョージは思ったが黙っていた。
「どれ」
薫の頬の傷にそっと手を寄せた。
「ふむ…大丈夫。傷も残らん」
マーリンの手から治療魔法が放たれる。
「これで、元通り。」
ニコリと老人は笑った。薫は傷があった頬を擦って痛みがないことを確認する。
「別に、あれ結構かっこよかったんだけどな」
とは思っていたが、秋人が気にしていたようだったので、されるがままに治療されていた。
「改めて、探索者ギルドアメリカ合衆国支部、ギルドマスターのマーリン・オルブライトと申します。よろしく」
老人は微笑みながら片手を差し出す。薫は躊躇なく握った。
「それでは、交渉と参りましょう」
薫の言葉に老人は笑い、女性は不安そうな表情を浮かべ、ジョージは嫌そうに顔を顰めた。秋人は、薫の機嫌がよさそうで嬉しかった。




