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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第三章 代理人、海を渡る
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10. 迷宮核

 48階層のダンジョンボスを倒したところで、背後の壁が崩れた。

 パトリックはまだドラゴンのあちこちを見て回っているが、エヴァンスは壁が崩れた先の方に興味があった。もちろん、日本人二人もそちらに足を向ける。


「おい、オルソン准尉。それは後回しだ」

 エヴァンスが役職付きで呼びかけたが、パトリックは聞こえていないようだった。仕方なくエヴァンスは彼を放っておいて、二人の後を追った。


 壁の向こうは一面ガラスの彫刻のような物で埋まっていた。ダンジョンの最下層、迷宮核のある部屋はこのようにガラス体でできている。持ち帰ったところ、分析不可能な素材で、迷宮産のレアな素材として高値がつくものだった。


「すげえ」

 エヴァンスもAランクの探索者(シーカー)なので、ダンジョンの最下層に入ったことはあるが、それらは閉鎖しないと決定されたダンジョンばかりで、いつでも迷宮核を破壊できるように整理されている状態だった。このように自然な状態の最下層は初めてだった。

 さらに、このニューヨーク・マンハッタン第5ダンジョンは、元々は閉鎖せず利用されていたダンジョンだったが、その当時は32階層までしか存在していなかった。


 その事を二人に話すと、

「ああ、ダンジョンは進化すると階層が増えるから。ここはもともとはCランクだったものが、Aに近いBまで進化したんですね」

 秋人がぼそりと呟いた。

「たぶん、間引きの量が不足していたか、最下層を見誤ってたかのどちらかだと思います。」

 秋人はガラス体の一部を手に取り、

「これでいっぱいの部屋を見つけて、ここが最下層だって思っちゃう場合があるけど、まれにそれはフェイクで、最下層がさらに下にあることありますよ」

「まじか!?」

 エヴァンスは驚嘆した。聞いたことがない話だ。


「はい。迷宮核を中途半端に破壊すると、根が残って抜け殻だけが残る。抜け殻を本体だと思って、閉鎖しないで破壊装置だけつけて監視しているつもりになりますが、実際は本体は逃げて…こんな風に別の部屋を作って根を張っていたります」

 秋人は一部のガラス細工を薙ぎ払った。

「奥に隠れているのが本物の迷宮核です」


 ひっそりと、迷宮核が咲いていた。ガラス細工の薔薇のような花。


「これが、迷宮核か」

 エヴァンスがごくりとつばを飲み込んだ。

 美しい彫刻のように見えるが、実際は攻撃力さえある、ある種のモンスターだ。

「離れていてください。」

 秋人の言葉に彼は少し下がった。その横で薫が杖を掲げ持つ。杖の先に配置されている魔石がくるくると回りだす。防御魔法を展開しているのだとわかった。



 秋人は迷宮核に双剣を構えて近づいた。さきほどまで使用していた剣ではなく、魔法剣だ。

異界閉鎖(クローズ・ワールド)

 双剣から魔法がほとばしり叩き込まれる。

 そして、秋人の操作する剣に引きずられるように、迷宮核が引き抜かれ、その全体が顕わになる。

 想像するより根が深く長い。空中に引き出されたそれは、秋人の手の中に綺麗に収まった。


「うおおお、やったぜ」

 エヴァンスが叫ぶ。薫もほっと安堵の表情を浮かべた。かなり魔力を使うのか、さすがの秋人も少し疲れた顔をしていた。



「それをよこせ」

 冷たい声がして三人が驚いて振り返ると、拳銃を片手にパトリックが立っていた。


「え?」

 秋人が驚いて立ち竦む。

「それを、こちらによこせ、如月秋人」

 彼の声は冷ややかで、さきほどまでドラゴンに夢中になっていた人物とは思えなかった。


「何を言っているんだ!パトリック准尉!」

 エヴァンスが叫ぶ。

「迷宮核を手に入れた場合、権利は二人にあるってことは知ってるだろ?隊長にもそう言われたじゃないか!」

 パトリックはうるさそうに首を振った。

「うるさいな、脳筋め。いいか、ここはニューヨーク・マンハッタン第5ダンジョンだ。アメリカ陸軍の物だ。中のものはすべてアメリカに権利があるに決まってるだろう!」

 パトリックの目には狂気があった。


「お前らを始末して迷宮核を持って帰れば、誰が持ち帰ったかなんて誰にも分からないからな」

「お前、まさか…統合作成本部長に唆されたのか?」

 エヴァンスが歯ぎしりしながらそう言うと、パトリックはフンと笑った。

「あんな男には興味がない。僕に指示を出したのはもっと上の方だ」

「お前!」

「エヴァンス軍曹。残念だよ。君が付いてくるのは作戦にはなかった。おかげで有能な君まで始末する羽目になった」

 パトリックが拳銃をエヴァンスに向けて発砲した。轟音があたりに響く。

 撃たれたエヴァンスに目もくれず、パトリックが秋人に目を向けたが、秋人と自分の間に薫が立っていた。その手には通信機が用意されている。


「無駄ですよ、ミスター。電子機器は収納魔法に入れて1時間もしたら電池が切れてしまうんですよ」

「え、そうなの?」

「そういう細かい事情ご存知なかったのは残念ですね」

 パトリックが嘲笑の笑みを浮かべた。

「うーん。病院用意してもらおうと思ったのに」

 薫は眉を寄せた。


 迷宮核を取り除けた時点で防御魔法を切ってしまっていたので、エヴァンスはもろに撃たれている。映画でしか見たことがないような口径の拳銃だった。撃たれた場所によっては致命傷である。


「さあ、迷宮核をお渡しください」

 パトリックの言葉に薫は首を振った。

「嫌です。迷宮核もダンジョンのドロップ品も秋人に所有権がある。それはアメリカ合衆国が我々に認めた権利だ。君にそれを覆す権利はない」

 きっぱりと薫が告げた。

 しかし、パトリックは己の右手を突き出す。そこには大口径の拳銃が握られている。


「これが見えないのか?言っておくが、お前が魔法を展開するより、私の射撃の速さの方が早いぞ。これでも、探索者(シーカー)になるまでは五輪の選手だったんだ」

 パトリックの言葉に薫は眉を寄せた。

「なんで、選手辞めたの?五輪の金メダルはとってないでしょ?」

 薫の言葉にパトリックは眉を寄せた。

「なる気なんてなかったさ!合宿先でのダンジョンブレイクでなってしまったんだ!俺のそれまでの努力は水の泡だ!」

 男の手が震える。

「でも、これで…お前たちを殺して迷宮核を持ち帰れば、おれは特例で選手に復帰できるんだ。提督が約束してくださった」

 パトリックの目は血走り、頬は興奮で上気していた。


「それは、ないと思いますけどね」

 薫は皮肉気に笑った。

「あなた一人のために、そこまでのルール違反はしないでしょ。せいぜい、私たちを殺した罪を被せられて、軍法会議のちに死刑くらいが関の山です」

「黙れ!」

 パトリックが威嚇のために薫の足元に弾を打ち込んだ。跳ね上がったガラス体の欠片で、薫の頬に血がにじむ。


「はは、足元に打ち込む芸当が、貴様だけの専売特許だと思うなよ」

 パトリックの言葉に薫は無言で肩を竦める。

「さあ、早く。迷宮核をよこせ」

「断る」

 薫の答えは明確だ。パトリックの拳銃が薫の心臓に向けられた。


「君たちアメリカ陸軍の軍人は、すべて私の契約に縛られている。私と秋人に危害を加える行為をダンジョンで行った場合、その行為は君と、君に命令した者に返る。それは契約を破棄するか、それを上回る魔法で上書きされるかでしか逃れられようがない」

 淡々と薫は告げた。


「撃ちたければ撃ちなさい。但し、倒れるのは君と、君の本当の上司だ」

 パトリックの腕が震えている。薫の言葉の真価を図りかねているのだ。

 しかし、一瞬目を閉じてから、見開き、地面に伏して倒れているエヴァンス軍曹を視界に捉えてから、その腕の震えは止まった。


「どのみち…」

 パトリックは撃鉄を起こす。

「どのみち、俺にはこれしかもう道は残されていない!!」

 叫び声と共に引き金が引かれた。

「薫!!!」

 秋人の悲痛な叫び声が、迷宮の最奥に木霊した。

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