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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第三章 代理人、海を渡る
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9. ダンジョンボス

 結局ダンジョンに潜って3日目の午前中に47階層に到達した。

 このダンジョンでここまで深く潜るのは、エヴァンスもパトリックも初めてだった。

 未踏破の階層であるにも関わらず、最短距離を走破しているのは、秋人のマッピングのおかげである。

 そして、48階層にはこのダンジョンで最強のダンジョンボスがいる。その背後に迷宮核があるはずだ。


「ここまでたったの3日で来ちまったよ」

 エヴァンスがぼやく。

 48階層に到達なんて快挙中の快挙である。軍に戻ったら英雄だ。

 しかし、エヴァンスもパトリックも、ただの1体もモンスターを殺していない。二人はただひたすらに走っただけだった。


 それでも、1日目にはエヴァンスが、2日目にはパトリックが、身体強化を保持しながら全力疾走することのコツをつかんだ。

「魔力操作の一環だな、これは」

「はい」

 それが分かっただけでも大きい。

 このダンジョンを走破して攻略する方法は、持ち帰るのは不可能だったが、身体強化の使い方としてはかなり有効だった。

 今まではもっと漠然と使っていた魔法だったが、どこを強化するか、何を目的とするかを意識的に明確にすることで、効果は歴然と変わった。


「薫、いける?」

 ボス部屋の前で秋人が薫に尋ねた。いつものボス部屋手前のやり取りと反対である。

 軍人二人は首を傾げた。薫は攻撃はできないのではなかったか?それとも今までより強い防御の魔法を使うのか?

 二人の疑問を他所に、薫は自分の胸を親指で指す。

「任せなさい」

 薫の言葉に秋人は頷いた。



 秋人が油断なく双剣を構えて一歩を踏み出す。ボス部屋に入った瞬間、ボスが現れた。


「ド、ドラゴン!」

 パトリックが悲鳴を上げる。そこには、ダンジョンで会いたくないモンスターナンバー1を誇る巨体が出現していた。


「くっ」

 秋人がドラゴンの攻撃を交わして跳躍する。軽く剣を振るうとドラゴンの表面に傷が走った。しかし、致命傷にはならない。何度かそんな攻撃を繰り返す。

 秋人は縦横無尽に飛び回り、ボス部屋の壁や床はドラゴンの攻撃で瓦礫が増えていく。徐々に走りにくくなったのか、秋人の足元がゆっくりとなり、加速が弱まる。


「危ない!」

 パトリックが叫んだ。

「おい!」

 何とかしろという具合にエヴァンスが薫を振り返る。しかし、そこに薫はいない。慌てて辺りを見渡すと、彼はひっそりとドラゴンの対面にいつの間にか立っていた。


 その瞬間、彼の掲げ持つ杖が、魔石の力を借りて大きく輝いた。


「汝の敵を打ち砕け

雷神の雷鎚(トールハンマー)】」


 薫の詠唱と共に、激しい轟音と光の乱流が爆発した。

 彼の振り下ろした杖の先に、秋人によって翻弄され、薫の真正面に誘導されたドラゴンが佇む。

 雷檄は、容赦なくドラゴンを捉え、雷鳴と共に衝撃派が周囲を吹き飛ばす。

 ドラゴンに直撃した極大魔法はドラゴンを含むすべてを灼き尽くした。



「攻撃…できたんだ…」

 パトリックがポツリと呟いた。

「火力が大きすぎて、使い勝手が悪いんですよ」

 薫は物騒な光を湛えたままの杖をくるくると回して嘯く。

「雷魔法の上級か?」

 とエヴァンスが尋ねたが、薫は首を振り

「いえ、これは審議官の固有魔法です」

 と簡単に答えた。


 これまで、人や裁判、それに類するものにしか効果がなく、戦闘には向かないと思っていた文系ジョブの攻撃力の凄まじさに、二人はただ呆れかえるしかない。


「秋人!」

 薫が呼びかけると、瓦礫の陰から秋人が淡々とした表情で歩いてきた。

「どうだった?なかなかいいコントロールだったと思うんだけど」

 薫の言葉に秋人はにこりと笑う。その顔を見て、薫はがっくりと肩を落とした。


「だめかーーーー」

「コントロールがもう少し必要かな」

「先生、厳しいです」

 薫は大きくため息をついた。

「攻撃力が大きいからね。慎重にぶつけないと周りが大惨事になるよ」

 秋人は避けられるが、おそらく普通の探索者(シーカー)では巻き込まれて大怪我をするだろう。

「望遠レンズの方が手振れが激しいのと一緒か」

「うーん、まあそうかな?」

 相変わらず二人はのんびりと会話している。

 それどころではない軍人たちは、恐る恐る死亡しているドラゴンに近寄った。


「死んでる、よな」

「おそらく」

 二人は焼け焦げたドラゴンに近づいて見分を開始した。

 雷撃でかなり痛んではいるが、ドラゴンである。鱗も血も爪も、持って帰れば巨万の富になる。

 4人でどれくらいの量を持って帰られるだろうか…とエヴァンスが思っていると、秋人と薫はドラゴンに目もくれず歩き出しだ。


「いや、ちょっと待て!これも捨てていくのか?もしかして」

 パトリックが思わず叫んだ。

 工兵隊としては持ち帰らないなどということは犯罪にも等しい。

「だって、迷宮の閉鎖が目的でしょ」

 薫は不思議そうに逆に聞き返す。

「こんな大きなもの解体して持ち出してたら、閉鎖できないじゃないですか」

「いや、待って。それは分かる!わかるけど!!」

 パトリックとしては、ここまでボスを6体倒してきてそれなりに間引いたわけだから、1週間か2週間延ばしてでもドラゴンを持って帰りたい。しかし、薫はガンとして首を縦に振らなかった。


「1週間も延長されたら困ります。私たちにも予定というものがあるので」

 薫の言葉にパトリックがなお食って掛かろうとしたが、秋人が遮った。

「ここまで一般の工兵はこれない。ということは解体はできない。諦めて」

 秋人の言っていることは正しい。

 ここまで自分たちが来れたのは、秋人の先導と薫の防御があったおかげだ。通常の探索者(シーカー)探索者(シーカー)ですらない軍人が普通のやり方で、ここまで来ようと思ったら、1年以上かかるだろう。

 さすがに、この二人に解体要員すべてをここまで送ってくれとは、いくら何でも言えない。それは分かっているが、パトリックは諦めきれなかった。

 その様子に

「鱗の2,3枚くらいならもって出れますよ」

 薫が慰めるようにパトリックに言う。

「あなたができる範囲で解体して、持って帰れる範囲で持ち帰りましょう」

 妥協案に、渋々パトリックが頷いた。

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