5. 真実
「これで、いいですか?」
薫の声は平たんだ。
思ってた以上に秋人がかっこよく決めてくれたので、もういいだろうと言ったが、トーマスはぎりぎりと歯ぎしりして、今度は薫を指さした。
「今度はお前だ」
「ええ。私、後衛職ですよ」
薫の言葉にトーマスはニヤリと笑った。
「俺が相手してやろう」
「うわあ」
薫は心底嫌そうな声を上げた。
慌ててジョージが制しようとしたが、ダニエルが押さえつけた。
「…っ!」
抗議しようとしたジョージを今度は薫が笑って止めた。
一回ここでぎゃふんと言わせておくべきだと、薫は判断した。
「いいですよ、やりましょう。私も一応Sランクなんでね」
薫の言葉にジョージは慌てる。
「ミスター・神崎!あんなのでもトーマスはAランクの闘士系です。魔法使いでは相手になりません」
「へえ、あんなぼんくらでもAランクがとれるんですか?アメリカの基準は緩いですねぇ」
極東の島国は信用ならんと言われたお返しだ。
薫は最近覚えた収納魔法から杖を取り出す。
くるくるとそれを回して見せた。杖の先端についている魔石は秋人がSランクのお祝いにくれたものだ。魔石に合わせて作られた錫杖のような形のそれは、しっくりと薫の手に馴染んだ。
ちなみにこの魔石のお値段は聞いてはいけないものらしい。杖に加工すると言った時の後藤と職人の顔は忘れられなかった。
とんっと地面に杖を突く。
「いつでもどうぞ」
にこりと薫は笑った。
トーマスは裂ぱくの気迫を込めて拳を振るった。このいけ好かない男を嬲り殺してやりたかった。
さすがにそれは無理でも澄ました顔を苦痛にゆがめ、泣き叫ぶところが見たかった。
しかし、彼の拳は薫には届かなかった。ガンっと大きな音を立てて跳ね返される。
杖の先の魔石が緑色に輝いていた。
「卑怯だぞ!防御魔法など使うなんて!」
「いや、魔法師に向かって魔法使うなっていう方が頭おかしいでしょう」
薫が呆れて言う言葉に訓練場にいた軍人すべてが思わず頷いた。
「もういいや、はい
【審判の日】」
薫の投げやりな詠唱に、しかし彼の杖の周りに緑色の稲妻が発生した。当然、トーマスは身動きできない。
「な、なんだ、これは」
必死に足を動かそうとするも、微動だにしなかった。
稲妻がばちっと小さく音を立てる。トーマスは恐怖を湛えて青年のもつ杖を見た。
慌てたその様子で見学していた軍人たちも、自分が身動きできないことに気が付いてざわめきだした。
秋人だけが、金縛りにあった軍人の中を悠々と歩いて薫の傍に落ち着く。
彼は薫と同じパーティーメンバーなので、薫の魔法が発動中でも動けるのだ。つまり、今動けない軍人たちの中、唯一攻撃の手段をもっているのは、秋人だけとなった。
「あなたは、ニューヨーク・マンハッタン第5ダンジョンに異変があったことをしっていましたか?」
薫が尋ねる。
「…知るか!!」
トーマスは適当に叫んだが、
【否】
とどこからともなく発せられた声と共に、稲妻がトーマスの頬をかすって落ちた。
「知ってましたか?」
「・・・・・・ああ」
二度目の質問にしぶしぶ答える。
【是】
声が応えると、稲妻は発生しなかった。
「では、再三動きがおかしいと報告を受けたのに調査しなかったのは何故?」
「・・・・俺の仕事じゃあない」
トーマスは胡麻化すように答えたが
【否】
の声とともに、今度はもっと近くに稲妻が炸裂する。さきほどとは音も破壊力も強くなっていた。
「ひい」
トーマスは恐怖に顔を歪める。傍らで見ていたダニエルも青い顔をしている。
ダニエルは薫の魔法はどのようなものか報告は受けていたが、実際に見るまでそれがどれほどのものかはわかっていなかった。
これから何が行われるのかということも。
「嘘が重なると大変なことになりますよ。ほら、調査しなかったのは何故?」
「・・・・・めんどうだったから」
小さな声でトーマスが応える。
【是】
トーマスの返事に返された答えに訓練場にいる軍人たちの顔色が変わる。
「では、民間の探索者ギルドから、再三の忠告を退けたのも面倒だったから?」
「・・・・・はい」
【是】
ニューヨーク出身の兵士もいる。家族や友人が死んだり、傷ついたりした者もこの場には大勢いた。
この無責任な言葉に皆愕然としていた。
「あなたが軍法会議にかけられないと高を括っているのは、叔父さんが権力でもみ消してくれるって言ったから?」
「はい」
【是】
「トーマス!!」
ダニエルが叫んだが、彼も動けない。
「ジョージのパソコンからあなたに傍観せよってメールが送信されたように工作を指示したのは、ダニエル・フランクリン?」
「・・・・・はい」
【是】
もはやここは軍法会議にも等しい。叔父と甥は周囲を軍人に囲まれ虐殺の憂き目にあっている。
「どうして、そんなにめんどくさがりなのに隊長になりたいの?」
「・・・・・パパに、パパに言われて」
「えっ」
思わず薫が変な顔をした。
周囲の軍人も予期せぬ単語の出現に茫然としている。
トーマスの父親は今は退役したが、元は陸軍の将軍だった。遅くにできた息子を溺愛しているとは聞いていたが。
「パパが、隊長にならないとダメだって言うから!」
【是】
何とも言えない空気が流れた。訓練場は今や恥を並べて陳列している舞台だった。
皆軽蔑の目で二人を見つめる。
「ジョージを出張に出している間に、ダンジョンブレイクが起こったけど、君はあれを抑えて隊長になれるつもりだったんでしょう?どうしてできなかったの?」
「それは…」
トーマスは言い淀む。
「それは?」
薫が悪魔のような笑みを浮かべた。
「怖くて、ダンジョンが怖くて入れなかったから…」
【是】
もはやこの醜態をどうやっても秘密にすることなどできないだろうと、ジョージは思った。
こんな理由であのニューヨークの惨劇が起こったなど知りたくなかった。
「ニューヨークに住むすべての人の命や生活、財産よりあなたの功名心の方が大事だったってことですか?」
冷たい質問に、トーマスは俯いた。
「イエス」
【是】
「以上」
薫が片手を上げると魔法が霧散した。
トーマスもダニエルも俯いて微動だにしない。茫然と地面を見つめて立ち尽くしていた。
「私は審議官です。今のやり取りはすべて証拠としての効力を持ちます。」
薫が告げる。二人はびくりと肩を揺らした。
「ジョージ、もし不当に扱われそうになったら、これをもってどこかの裁判所に駆け込んで」
薫が杖を掲げると今の一部始終を録画された光の玉が現れた。
「はい」
恐ろしいものを手渡されてジョージが苦笑いである。
「どうも」
おっかなびっくりその光の玉を手に取るとすうっと体内に吸い込まれた。
「盗られないようにね。必要な時にしか出てこないよ。大丈夫、害はないから」
薫の言葉にジョージはほっと胸を撫でおろした。
訓練場の全員が、この極東の探索者二人に、心底震えあがった日だった。




