1. 盟約第六条
第十七章本日より開始します。
今章から週2回(木・日)更新です。
秋人が東京駅でぽかんと口を開けている。
「すごい人だね」
「まあ、夏休みだからな」
薫は素直に頷いた。
現在は所謂盆休みの頭。彼自身もあまりこの時期新幹線になど乗ることがなかったので、人の多さに閉口した。東京駅の新幹線口は、さしずめ難民キャンプのように老若男女人で溢れていた。
「しっかし、ほんま悪いねぇ…。手間かけさせて」
とほほと音々が嘆く。
「いえ、正式なギルドへの依頼ですし、こちらとしても3つは受けると後藤さんに言った手前、遠いから行きたくないとは言えません」
事務所が夏休みの間に今年は大阪遠征である。薫は前回の轍を踏まないように、今回は仕事用のパソコン持参で臨むことにした。
「今度は休みの間に帰ってこれるといいんだが」
と薫は小さくため息を吐いた。
7月に入ってすぐ、後藤から依頼があった。
先日の偽秋人も一件とカウントしてくれたので、残りは二件。そのうちの一件として依頼したいとのことで、薫は探索者連盟日本支部へ向かった。
秋人に勘付かれるとややこしいので、彼が学校に行ってる間にである。
「すいません。今回の依頼は断りきれなくて」
出迎えた後藤の表情が暗いので、あまり楽しい依頼ではなかろうと薫はわかっていた。彼の案内でそのまま応接に通されたが、そこに見知った2人の人物がいた。
「あれ?巌さん?片伊勢さんも?」
朽木巌と片伊勢音々である。
薫が少々不思議そうに首を傾げる。しかし、2人とも苦い顔だ。
「ほんま、ごめん。本家からの言いつけで私が事情説明に駆り出されたんよ」
「本家?」
「大阪の久宝家、所謂蔵持だよ、神崎先生」
巌の眉間の皺からだいたい察していたが、それは確かにあまり受けたい依頼ではない。
「それで、お話とは?」
薫が静かに尋ねると、音々は彼女に似合わないきりりとした顔つきで薫に言った。
「久宝寺ダンジョンを閉じます。力を貸していただきたい」
そして、深々と頭を下げた。
「まあ、ぶっちゃけ言うと、もう人手が足らんねん」
音々は天を仰いでそう嘆いた。
「片伊勢は、久宝家の剣持ちの家系やけど、探索者やってんのは私と上の兄2人のみ。おまけに兄のうち1人はばちばちの後衛職。他の剣持も槍持も似たげなもんやし、本家自身もかなり細っとる。そこにきて先日の救世来神教の急襲やろ。あれ、ギルドが放送抑えたけど、私らには共有されてん。もうまじやばいやんってなったらしいわ」
あのアズと呼ばれる男の実力は尋常ではなかった。映像とはいえそれが分からない高位の探索者はいない。
「あんなのに蔵を荒らされて、もしダンジョンブレイクでも起こったら大変なことになる。久宝寺ダンジョンは街のど真ん中や。でも、それを防ぐための人員が足りん。ぶっちゃけ毎日のパトロールだけで疲弊してヘロヘロらしいわ」
なんとも情けない実情だ。
「本家もちょーっとばっかりここ三代ほどダメ当主やったしなぁ。もうこれはあかんやろってことになって、ギルドに神崎先生んとこにお願いしたいって頼んでん」
「どうして我々を?」
薫が尋ねると、音々はぽりぽりと頬を掻いた。
「朽木家の巨福呂坂閉じたん先生んとこやろ?」
「どこでそれを?」
薫が巌を見つめたが、彼は大きく首を振った。
「血統魔法で抑えているので、情報はうちからではありません」
反対に音々が済まなさそうに眉を寄せる。
「ああ、うん。それは、インストで」
「いんすと?」
「秋人くんの」
「あ、あーーーーーーーー!!!」
薫は頭を抱えた。そういえば、秋人が途中のカレーやら朽木家の道場の写真やらアップしてた。スマホで写真を撮るのが楽しそうだったので、あまり注意して見ていなかったが、知っている人からしたらモロバレだ。
「…迂闊だったな」
「プラベの方のアカウントで桜子さんがフォローしててん。それで、私も秋人くんのアカウントに気がついてフォローしてん。そんで日付見て、場所見て、あ、この前の朽木のダンジョン閉じたの秋人くんたちやったんかーって。ごめん、思わずぽろっと兄貴の前で言ってもうてん。マジでごめん」
「あー、まあ、それは仕方ないですね」
薫がなんとも言い難い顔になる。全部ではないが薫の監督不行き感も否定できない。
さらに、音々のそれは秋人の正体について述べたわけでもなく、誰かに話すつもりでもなかったから魔法契約に引っ掛からなかったのも運が悪かった。(こういうところの融通が利かないのが魔法契約の欠点だ)
「それで、うちも頼もうって話になったらしくて」
音々がしょぼしょぼと続ける。薫は難しい顔になった。
巌が薫に代わって音々に告げた。
「片伊勢嬢、うちのダンジョンが不思議な閉じ方をしたのは、今をもって原因はわかってない。秋人くんに頼んだからといって同じ現象が起こるとは限らないぞ」
巨福呂坂ダンジョンはダンジョンとしては閉じたが形は残った。今も資源などは回収できる状態だ。もちろん掘り尽くせばなくなるだろうが。
通常のダンジョンが、閉鎖すると存在自体がなくなることを考えれば破格の状態だ。
これは秋人が例の祝詞を使ってダンジョンを元の異界に還したために起こった現象で、秋人の消耗が激しい方法だ。今後はあまりおすすめしないと新潟の姫からも忠告されているので、薫はおおっぴらにする気はない。
「ああ、うん。それはね。ギルドからも散々言われたしね。うちも渋々認めてはいるねんけどさあ。如月秋人を寄越せって聞かなくて」
音々が深々とため息を吐く。よほどしつこかったのだろう。後藤も辟易した顔をしていた。
「第六条を使って要望されたので、お断りできなかったのです」
「第六条?」
薫が知らない単語が出てきた。
「50年前にダンジョンが顕現した時に、我々蔵持とギルドが交わした盟約です。こちらが一族を派遣する代わりに、ギルドは蔵持からの要請を断れないというものです」
巌が淡々と告げる。
「今回の久宝家からの要望はこれを利用しているので、ギルドは受けざるを得ないのです」
後藤は薫に頭を下げた。
「ただし、現在秋人くんは休眠中で強制はできません。そのことも伝えております」
後藤は苦しそうに言った。
「…あまり秋人を関わらせたくない案件ですが、おそらくその場合、先方は私を指名してきますよね?」
「はい」
先日の会見の中身を知っていれば、秋人を引っ張り出すには薫を指名するのが一番だと誰しも思うだろう。最近、そういう依頼が複数あったのも事実だ。不要なものは後藤が断ってくれているが、今回は例の盟約が効いているので難しかった。
「わかりました。夏休みになるかと思いますが、それでも構いませんか?」
と薫が渋々頷くと、後藤と音々は目に見えてほっとした顔になった。ただ、1人巌だけは厳しい表情のままだ。
「神崎先生…」
それから、意を決したように薫に呼びかけた。無言で先を促す薫に、彼は一つ頷く。
「今回は私を臨時のパーティーメンバーとして連れて行ってくださいませんか?」
「は?」
「久宝家の当主は厄介だ。私が一緒に行けば多少風よけになるでしょう」
「いや、しかし…」
いくらなんでも朽木家の当主を臨時メンバーとはいえ、神崎家に入れるのはどうだろう。
「なあに、ただの隠居ジジイですよ。あ、後藤さん、ランク更新してください。Sに上がります」
と巌はにこやかに爆弾を落としてみせた。
後藤「巌さん、昇格されるんですか!?」
巌「はい。資格はありますが、今までは蔵があったので上がらなかっただけですので」
後藤「いや、しかしせっかく奥様と2人でのんびり東京暮らしとお聞きしてたのですが」
巌「ええ、残念ながら私も妻もあまりそういうのんびりした暮らしは合わなかったようで」
薫「(ああ、だからうちにしょっちゅう遊びにきてたのか)」
次回更新は6/4(木)です。




