14. 無法者狩り
銀座第2ダンジョンに薫は初めて足を踏み入れた。
審判の眼の訓練のために通っていたのは、新橋第1ダンジョンで初心者向けのものだったから、今回のダンジョンが実質的に彼が探索者として初めて臨むダンジョンだ。
「先生、装備がすごいっすね」
当夜は感心半分、呆れ半分で薫を眺めた。
「節税対策です」
薫は胸を張りながらそう告げる。
彼は、ギルド推奨探索者御用達の一般店で買える最高級の装備で身を固めている。
最高級の魔法師のローブ(審議官に特化した服がないので)、最高級の魔法師の杖(審議官に特化した武器がないので)、最高級の護符、最高級のポーションなど。他にも靴やら何やらごちゃごちゃと買い揃え、さらにダンジョンからでも使えるお高い通信デバイスまで手に入れて、払った金額は●百万円。
薫のクレカでは一度に払える金額ではなかったので、最高額まで払ってから残りは振り込みにさせてもらった。
そのあと、カード会社と銀行から限度額を上げようという営業の電話が続いて閉口したが。
「俺は見栄は張らない。できないことはできる奴に任せるし、道具でカバーできるのなら道具を使う」
そうは言うものの、薫はものの1か月ほどで魔法のコントロールを覚えた。
初心者講習会の魔法指導の講義を受けた後、コツをつかんでからは早かった。
今となっては、当夜に全身の毛穴からだだ流ししているといわれていた魔力は、今はきちんと体内を循環して綺麗に整っていた。
「先生って不得手なことってあるんっすか?」
当夜がその変化に驚いていると、薫は
「自慢じゃないが、俺の人生で唯一の失敗は嫁選びだ」
と胸をそらせて宣言した。
当夜は可哀そうな者を見る目で見つめていた。それは結構な失敗だったのではなかろうかと。
薫はかなり魔力のコントロールを身に着けてはいたが、固有魔法以外はまだ初級の魔法をいくつかしか使えない。もちろん、剣も使えないし弓も触ったこともない。体術などは学校の体育で習った柔道などのさわりしか経験はない。
薫が使えるのは初歩の雷の魔法と、風の魔法だけである。これでモンスターを狩ろうというのだから無謀だ。しかも、秋人が学校に行っている間に行くというから当夜は慌てて護衛についてきた。
「行くぞ」
薫が無造作に歩き出したので、慌てて当夜は追いかける。
「ちょ、先生。気を付けてくださいよ。ここは銀座とはいえ『ダンジョン』なんですからね。だいたい、そんな『いかにも金持ってます』みたいな成金趣味な恰好してたら、モンスターより探索者崩れの初心者狩に会う方が先ですよ。」
当夜の説教を聞き流して薫はダンジョンを進む。まるで目的地があるかのような確かな足取りだった。
案の定、2時間ほど歩いたところで柄の悪そうな一団に遭遇した。
当夜は舌打ちした。この程度の相手なら瞬殺できるが、弁護士で一般人である薫の前でそれは避けたかった。
「よう、兄ちゃん。いいもの着てるじゃねぇか」
いかにもチンピラの言いそうなセリフである。案の定薫のツボに入ったようで、
「今時そんなこと言うの!?」
と息も絶え絶えに笑っていた。馬鹿にされたことに腹を立てた連中の殺気が上がる。
当夜は薫の前に飛び出して身構えた。
両手の拳には、久しぶりに装備したオリハルコン製のナックルが装着されている。人間相手には少々行き過ぎた装備だ。力を加減しないと胴体を真っ二つにしてしまうだろう。
「有り金と装備全部置いていけば、命は助けてやるぜ」
男がナイフを構える。ジョブは盗賊というところか。当夜が拳に力を込め、腰を落としたところで、薫が杖を挙げた。
【審判の日】
途端に連中は身動き取れなくなって慌てだす。
「くそ、なんだこれ」
「聞いてねえぞ」
口汚く罵る輩に、薫は冷たい視線を向けた。
「さて、質問です。あなたはダンジョンで無実の人を殺害しましたか?」
薫の問いかけに男は
「はっ、馬鹿か。知るかよ」
と否定の言葉を口にした。途端、どこからともなく
【否】
と声が響いて男に電撃が落ちた。
男は声もなく崩れ落ちた。あまりのことに男たちは言葉を失う。
「さて、質問です。あなたはダンジョンで無実の人を殺害しましたか?」
薫は同じ顔、同じ声で再度同じ質問を、別の男に投げかけた。
「は、はい」
男は明らかに怯えている。
【是】
判定の声が聞こえ、静寂が訪れた。
答えた男はほっと胸を撫でおろしたが、薫は男を拘束した。
「何する!?」
「いや、だって君、今無実の人を殺したって言ったじゃないですか。ダンジョンでは無法な振る舞いを見かけたら、一般人にも逮捕権が発生するんですよ」
手際よく取り出した手錠で、男の腕を捕える薫に当夜はあきれ顔だ。
「あ、私審議官なので、あなたの口述はばっちり証拠として提出できるので、覚悟してくださいね」
薫が笑顔で告げると男の顔が歪んだ。
「さて…さくさくっといきましょうか」
薫の言葉に男たちは顔色を無くした。
結局、ダンジョンの道端に放り投げておくわけにもいかないので、薫が持っていたお高い通信機を使用して、ギルドの職員に引き取りにきてもらった。
「先生ってこうなることわかっててやっているんですか?」
当夜が困惑気味に尋ねた。
「ふふ、これでレベルが43に上がったね」
続きをやりましょう…と薫がにっこりと笑った。
歩き回ること半日、つられた無法者は20人を超え、薫のレベルは45まで上がった。
「固有魔法は便利だなぁ」
薫の明るい声に当夜は無言で顔を歪めた。
こんなに何度も使えるのは、薫が尋常ではない魔力量を持っているからだ。
普通の探索者ではこうはいかない。辛うじて、探索者として登録している当夜のレベルは16。この年齢では高い方だが、名門の出身としては物足りない数字だった。
それは彼がダンジョンを嫌っているからで実力が不足している訳ではない。その彼だって固有のスキルを1日に何度も利用するような真似はできない。しかし、薫は難なくそれをこなしている。
こつこつ修行するのが馬鹿らしくなるような技量だった。それが、偶然の産物であることは、二人から聞いて知っていたが、それでも当夜からしたら、薫の魔力は理不尽の極みだった。
薫は無法者狩りという悪夢のような方法でレベリングし続けた。しかし、無法者以外も出てくるのがダンジョンだ。
当然通常のモンスターにも対応が必要になる。当初、当夜はその任に当たるつもりだったが、出てきたモンスターも薫は難なく倒していた。
初級の雷の魔法でも膨大な魔力を一点に注ぎ込むことで、かなりの攻撃力を有している。なまじ、魔法について詳しく知らない分、薫の魔法攻撃は独特だった。魔力のごり押しである。
通常の魔法使いはまだ魔力が少ないときに初級の魔法を覚えるので、初級の魔法にはこれくらの魔力を使うと感覚を刷り込まれるが、それがない薫は初級魔法にはありえない魔力を注ぎ込むことで攻撃力を底上げしていた。
薫はそうして、何回か彼が言うところの『無法者狩り』を行って、レベルを48まであげていった。
3月の半ばを幾日か過ぎようとした頃、薫と当夜は習慣となった『無法者狩り』とモンスターハントを行いつつダンジョンを進んでいた。
本日の薫はいつもにまして、ためらいなく目的地があるかのようにサクサクと進んだ。
「先生、どこか行きたいところがあるんっすか?」
当夜の質問に薫はニヤリと笑みを浮かべた。
「もうじき到着ってその前に…」
薫は一つの瓶を取り出した。
「ま、まさかそれは!」
当夜がぎょっとして見つめる薫の指先には1本の虹色に光る液体を湛えた瓶が握られていた。
「まりょくかいふくやくーーーーー」
某青いネコ型ロボットと同じ口調で薫が告げた名前に絶句する。
「しかもおたかいやつーーーーー」
薫が言うと、当夜が頭を抱えた。
「1本ひゃくまんえーん」
薫は瓶を開け、一気に煽った。
「くうう、美味しい!流石お高いだけはあるな。」
この前ダンジョンで飲んだポーションはかなりまずかったが、実は金さえ払えば美味しいものはあるのだ。高いだけで。
あの時、秋人は金をほとんどもらえていなかったので、必要最低限度のランクの商品しか持っていなかっから、かなり不味かったのだ。
ちなみに現在、秋人は薫に言われて美味しいポーションと、魔力回復薬を必要な分、収納魔法に保管している。
「さて、一丁やりますか。Sランク昇級」
薫は両手をパシンと打ち合わせて気合を入れた。




