11. 無意識の警戒
「あっくん、あのさ…」
突っ伏したまま当夜が秋人に呼びかける。
秋人は無言で当夜を促した。
しばし、言いにくそうに逡巡していたが、意を決したように顔を上げる。
「あっくん、たぶん無意識だと思うけど、初対面の探索者に、魔法をあの調子で当てるの良くないと思うよ」
「え?ダメ?」
秋人が驚いて聞き返す。
これは秋人にとっては当たり前の習慣で、まさかダメ出しされるとは思っていなかった。
「うん、たぶん全然気が付いてないと思うけど、ある程度のレベルがないと。下手したらショック死しちゃう強さだからね、それ」
「え?そうなの?」
秋人の顔色が青くなる。隣の薫も青くなった。
「え?どういうこと?」
薫が尋ねると、当夜は困った顔で薫を見た。
「たぶん、あっくんダンジョンでソロ活動だったから、常に周りを警戒している癖がついているんだと思う。魔力のあるものに対して反射的に相手の力量を図ってるんだよね?」
「うん」
秋人が小さく頷く。
ダンジョンの中、攻撃してくるのはモンスターだけではない。
質の悪い探索者の一部も殺意をもって襲い掛かってくることはある。
特に秋人は子供で弱そうに見える。
もちろん、普通の探索者なら秋人に近づこうなんて思わないが、彼の容姿が少年なこともあり、得物を奪おうと襲ってくる者もいる。
先手必勝。秋人はダンジョンの中では殺気に反して先制攻撃をしている。その癖が地上でも抜けないのだ。
今まではほとんど魔力のない一般人との細々としたやりとりだけだったので、困らなかったが、今の環境ではそれなりに探索者と対面することも多い。
下手なことになれば、地上で殺し合いが始まってしまう可能性すらあった。
秋人はしょんぼりとうなだれた。
「あー地上ではってことだから。あっくん、ダンジョンでは全然問題ないからね」
「うん、わかった。教えてくれてありがとう」
あまりにも秋人がしょげ返ったので、当夜の方が慌てた。日本の至宝を凹ませたなどと伯父にばれたら首と胴が離れてしまう。
薫は秋人との初めて出会った時のことを思い出した。
「じゃあさ、俺は、なんで生きてるの?」
確か一応、自分から秋人に攻撃をしかけたはずだった。
当夜は秋人をちらっと見たが、困った顔で笑っている。秋人は薫に甘い。ものすごく甘い。
ため息をついて当夜が説明しだした。
「先生はさあ、ちょっと特殊なんだよねぇ。魔力はまじであり得ないくらいあるんだけど、まあったく、これっぽっちも、まともに使ってないからさ」
「これっぽっちも?」
「「これっぽっちも」」
秋人と当夜の二人に頷かれて、薫は閉口する。
「あの時、薫は魔力はあったんだけど、…何というか殺気が全然なかったんだ」
秋人は初めて薫に出会ったダンジョンの底を思い出す。
まったく慣れない武器、それも何かの骨を手に、飛び出してきた相手はモンスターでも探索者でもなく、単なる一般人で自分の姿を見て安堵のあまり泣き出した。
普通の人がいきなりダンジョン最下層に突き落とされたら、そりゃこうなるよな…と秋人は思った。
呑気に、なんとなく、ああ普通の人ってこうなんだと思った。
それが、秋人にはただ何となく眩しかった。
ありがとう、助かったと言われて嬉しかったのだ。
生きていてもいいのだと言われたような気がした。
薫の傍にいたら、自分も『普通』になれるような、そんな気がした。
「先生はもうちょっと魔力の使い方を覚えた方がいいと思う。今はなんというか、毛穴という毛穴から駄々洩れしてる感じ」
「ええ、なんか気持ちわる」
「あはは」
当夜の言い分に秋人は笑い声をあげた。確かに薫の魔力の使い方はそんな感じだ。
「その使い方で、固有魔法をあれだけガンガン打てるのは、先生の魔力量がすっげえ馬鹿みたいに多いからだからね。普通はあんな風にはできないからね」
当夜の呆れ半分の言葉に、秋人も頷く。
薫は今は審議官の固有魔法、3つしか使えない。あとは、ちょっとだけかじった身体強化魔法で、これも無駄に多い魔力にブーストをかけて無理やり使っているので、大変非効率だった。
「初心者講習会とかギルドでやっているから受けに行った方がいいよ」
当夜の説教に、薫は頷くしかなかった。
自分のアパートに戻って、当夜はすぐにベッドに転がった。
食事は神崎が用意してくれたので、ありがたく一緒にいただいた。あの先生は料理がプロ並みに上手いのだ。
彼はさきほどの秋人の驚いた顔をもう一度思い出す。
そして、伯父たちが秋人にもった第一印象も同時に思い出す。
「別に壊れてねえし」
当夜は秋人のことが好きだった。
優しく穏やかな少年だ。ただ時々恐ろしく暴力的になる。
しかし、それはいつだって、理不尽に攻撃を受ける可能性がある時だけだ。
初対面で無遠慮に魔力を叩きつけられた時は、恐ろしさのあまりに気絶してしまったが、あれはおそらく本人的に普通の出力だったのだ。
地上で無防備な状態の探索者に当てていいものではなかったが、知らなかったのだから仕方ない。
おそらく、次からは「地上では」うまくやるだろう。魔力操作の器用さは折り紙付きだ。
「問題は先生だよな」
神崎は特殊すぎてアドバイスできない。ジョブも変わってるし、探索者になった経緯も変わってるし、本人の性格もぶっ飛んでる。
「まあ、でも飯は上手いし、いい職場だったな、ラッキー」
当夜には兄がいる。
兄は探索者に向いているジョブを得ることができなかった。
当主の弟の家、その長男としてあからさまにがっかりされる姿を何度も見てきた。
それでも、兄は諦めなかった。個人の資格で探索者になり、休みの日にはダンジョンに潜っている。
無駄な努力をと嗤う輩も多いが、当夜は兄を尊敬している。努力家で立派だと思う。
「俺はお前が羨ましい」
『拳闘師』というジョブを得た当夜に、兄はひっそりと囁いた。兄を置いて跡取りになれとも言われた。そんなものを御免だった。
当夜は素手でモンスターを殴り殺すジョブを得た。皆が良かった、これでうちも安泰だと笑っていた。兄が唇を噛んで俯いていたのを見た。
でも、殺すことに躊躇いがある。
たとえモンスターといえども、生きて動いているように見える物を殴り殺すのは、当夜の性格的に難しかった。命がかかればそんなこと言っていられないとわかってはいるけど。
今回の申し出を伯父が持ってきた時、当初兄へとの話だった。父も母もいい話だと喜んでいたが、兄はいよいよ探索者になることを諦めなくてはならなかっただろう。
兄に代わってこの職を手に入れたのは、兄にとっても自分にとっても僥倖だった。当夜は二人に感謝している。
なので、できたらあの二人にも、自分がきたことがよかったと思われる、そんな存在になりたかった。




