8. 襲来
当然、秋人たちは学生なので球技大会以外のクラブ活動も行うわけで、美術部は三年の部長が卒業したので、繰り上がって新三年生の美香が部長、二年生の秋人が副部長だ。
新一年生も何名か入ってきており、美術部はなかなか活気に満ちていた。
「如月君目当ての女の子がもっと増えるかと思ったけど、意外とそうでもなかったわね」
とは華の率直な感想だ。
「入部の動機を本人に聞き取らせてるからね」
と輝美が苦笑をこぼした。
去年の半ばくらいから、秋人目当てで入部希望を出す女子が増えたのだ。しかし、秋人自身に入部の目的を聞く圧迫面接をさせた結果、彼目当ての新入希望は通ることはなかった。
秋人との対面での面接で、偽の動機を言えるような度胸のある子がいなかった上に、秋人への好意をいきなり公開で告白させられるハメになり、その場で撃沈するという場面が数人分行われ、あっという間に彼女たちは逃げ出したのである。
今も美術部の悪魔の所業は、伝説となって語り尽くされている。
さて、その日は次の文化祭への作品の話や、夏の合宿についてのミーティングもあったので、作品作りではなく話し合い的な活動に終始した。
中途半端な時間で終わり、秋人は美香を誘ってカフェデートに向かうことになった。
「じゃあ、帰ろうか」
と秋人が誘うと美香は嬉しそうに頷いた。ちゃんとRINEで姉にも今日は遅くなると連絡済みである。
どこのカフェに行こうか、何を食べようかなどと話し、行きつけのカフェで始まった初夏のパフェを食べに行くことになった。
しかし、校門を潜ったところで、不意に秋人は強烈な不快感を覚えて美香を背後に庇った。
「下がって!」
この魔力には覚えがあった。
秋人は背後に学校を庇う形で相手の攻撃に備えたが、どこまでできるかと額に汗をかいた。最悪、かなりの攻撃力を使わないと、この相手をねじ伏せることは難しい。でも、それは自分の正体が学校中に知れ渡るということだ。
じりっと秋人は構えて、その相手に対峙した。
「秋人!!」
叫び声とともに目の前に現れた人物に、秋人は全身で身構えた。秋人がここまで警戒する人物はそうそういない。美香は大人しく秋人の背後に止まった。足手纏いなのは重々承知しているからだ。
しかし、件の人物が秋人の警戒をまったく気にせず秋人に抱きついたので、美香は驚いて目を見開いた。
銀色の髪が美しい大人の女性だった。
「あいたかった!」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられて秋人は混乱する。攻撃されるかと身構えたのに何がおこっているのか理解できない。
「え?何?どういうこと?」
慌てて相手を引き剥がす。
「きちゃった」
にこりと笑う顔に邪気はない。以前は隠しきれていなかった悪意も、まったく存在していない。ただ、子供のように無邪気な笑顔だけが浮かんでいた。
「レオネア…さん?」
秋人が恐る恐るその名呼ぶと、彼女はぱっと顔を輝かせた。
「いやだ!おばあちゃんってよんで?」
いや、無理だろ…と秋人が心の中で呟いても誰も否定しないだろう。しかも、レオネアのカタコト日本語が胡散臭さを倍増している。
「秋人くん?」
恐る恐る美香が秋人の背後から顔を覗かせると、レオネアはさらに嬉しそうに微笑んだ。
「あなたがあきとのこいびと?あきとのことあいしてくれているんでしょ?すてき!!」
レオネアが美香にも抱きつこうとして、秋人がそれを遮った。
秋人的には当然の行為だった。なにしろ自分は彼女に殺されかけたのだ。大事な美香に近づけるなど言語道断である。しかし、レオネアは呆れたようにため息をついた。
「あん。あきと、すごいどくせんよくね。でもそういうそくばくはよくないね。おんなのこにきらわれるよ」
「はあ?」
秋人の顔が引き攣る。
「龍は龍珠に異性が近づくのは嫌がるけど、私は女性だから大丈夫!血縁なんだし心配ないわ!」
流石に話す内容が難しかったのか、レオネアが英語で秋人を嗜める。
秋人は混乱していた。一体彼女に何が起こっているのだろうか。秋人が混乱する中、不意に背後の美香が動いた。
「はじめまして?秋人くんのご親戚の方ですか?工藤美香です」
と流暢な英語で自己紹介を開始してしまったではないか。彼の恋人はかなり外国語が堪能だということを、この時まで彼は知らなかった。
「美香!」
慌てて遮ろうとするも、レオネアは上機嫌に笑顔で返事をしている。
「まあまあ!ご丁寧に!わたくしはレオネア。秋人の血縁です。どうしても彼がどんな生活をしているか見たくて来日しました。わたくし、とってもあなたに会いたかったの!」
「私にですか?」
「秋人がすごく自慢してたから、どんな人か見てみたかったの」
美香は思わず秋人を見つめた。
「何を言ったの?」
「あ、う…いや、それは」
ごにょごにょと秋人が誤魔化すと、美香は困ったように笑った。
そんな二人の様子をレオネアはじっと見ていた。
「素敵な女性ね。優しそうだし美人だわ。よかった!安心ね」
レオネアが心底ほっとした顔で笑う。その笑顔に秋人はますます混乱した。
自分たちはこういう間柄ではなかったはずだ。
もしも、エファネルが生きていたとしたら、彼女となら…そうなっていたかもしれないが。
「学校の中も見てみたいんだけど」
レオネアが言うと美香は少し困った顔をした。
「校内は許可がないと難しいです」
「そう…」
しゅんと肩を落とすレオネアに、美香は完全に同情している。
「あ、でももうじき球技大会があるんです。その時は父兄も見学に来れますよ」
「まあ、そうなの!」
と秋人が混乱している間に話が進んでしまっている。慌てて秋人が遮ろうとするも、美香が嬉しそうにレオネアを見つめた。秋人の親戚に会えて嬉しいらしい。
「今からパフェを食べに行くつもりだったんですが、レオネアさんもいらっしゃいますか?」
「パフェ?苺ビュッフェかしら?」
「いいえ。ビュッフェはこの時間にはもう終わっちゃってるんですが、カフェならまだ空いてますよ」
「行きたい!秋人!行きましょう!」
と女性二人で話がついてしまった。
秋人はどうすることもできず二人に連れられて、お気に入りのカフェに向かうのだった。
美香「初夏のパフェは新茶とグレープフルーツで爽やか風味だって。レオネアさんはどれにしますか?」
レオネア「こ、このチョコレートパフェってすごいのね。本当にこんなに高さがあるの?」
美香「はい。これは蝋で作った偽物ですが、ここのカフェはこれと同じようなのが出てきますよ」
レオネア「日本って素晴らしいわね」
秋人「誰か助けて…」




