21. 帰国
ブラフォードの計らいでようやく秋人が薫たちと合流できたのは、それから5時間ほど経ってからだった。
薫たちは小さな傷は少しおっていたが、概ね大丈夫そうに見えたので、秋人は心底ほっとした。薫も秋人がひどい怪我などしていなくて、胸を撫で下ろした。
「よかった!無事だったか」
「こっちのセリフだよ。なんで結界から出たかなぁ」
秋人が憤慨するも
「いや、結界ごと地面の穴に落ちたんだよ」
と薫が慌てて説明する。補足するようにブラフォードが言った。
「あのホテルはこの島のダンジョンの真上に建っておりましてね。ミサイルで天井が崩れたんです」
彼の言葉に秋人も薫も嫌そうな顔をした。
「そんなところにホテル建てないでくださいよ」
「いや、探索者専用の宿泊施設はダンジョンの近くに建てるのは常識でしょう」
彼の言葉に秋人も薫も「ああ、そういえば…」と納得はした。
「レオネアは?」
秋人の質問にブラフォードは痛ましげに顔を伏せた。
「放心状態でして。おそらくはしばらく入院加療が必要でしょう」
レオネアはエファネルが消えたあと、すっかり動かなくなってしまったので、あっさりとブラフォードたちが捕縛することができた。今は精神病棟に入っているという。
「もう島から出ることはないでしょう。しっかり監視いたします」
彼の言葉を信じるしかないが、秋人は少しだけ後悔していた。もっとうまくやれたのではないかと。しかし、ブラフォードはそんな秋人の心境に気がついたのか、首を振った。
「エファネル様の肉体と精神は、救い出した時にはもうほとんど死んでいたそうです。あの状態で保存していたのはレオネア様の強い希望でした。どのみち、今回の急な回復と無理な魔力の放出で死は免れなかったでしょう」
「うん…」
秋人が小さく頷く。それは年相応の子供のような、ひどく力無い顔だった。
「我々は彼女に尋ねるべきだった。延命を望むのか、死を望むのか。まさか、あの状態でも意識を保っているとは思わなかった。それを怠ったばかりに貴方にひどい負担を強いてしまった」
ブラフォードは頭を下げた。
「だが、少なくても私は貴方に感謝している。一人のひどい目にあった一族の女性を、心安らかに送ってやることができた。貴方のおかげだ。ありがとう」
「僕はうまくできたでしょうか?」
秋人がぽつりと呟くとブラフォードは大きく頷く。薫が秋人の頭を撫でた。
「よく頑張ったな」
「ん」
最近ではこういう子供扱いをされると不機嫌になっていた秋人だったが、今は少し恥ずかしそうではあったが素直に頷いた。
ブラフォードは微笑ましく思って少し笑って、二人に帰国便の用意ができたことを告げた。
「これ以上滞在を延長させたら、春休みが終わって目玉が飛び出るような違約金が発生してしまうところでした」
と彼が心底ほっとしたように言ったので、秋人と薫は苦笑するしかなかった。
秋人と薫、それから冬由の3人はブラフォードが手配したチャーター機で東京へ向かった。
アルデバルダの上空を一周回った時、ふと秋人は何かに呼ばれた声を思い出した。
「そうか、あれはあなただったのか」
秋人が小さく呟く。あの夜呼ばれた声はエファネルの声だった。
「僕を呼んだのはどうしてだったんだろう」
殺して欲しかったのだろうか? それとも?
秋人の問いかけに、しかし薫は首を傾げた。
「単に孫の顔が見たかっただけじゃないか?冬由ちゃんの顔もしっかり見てたし」
「そうかな」
「祖母ってのは孫の顔を見たがる生き物なんだよ。早苗さんもそんなこと言ってただろ?」
秋人は早苗の顔を思い出した。エファネルと違ってしっかりおばあさんらしい老女の顔を。
「そうだね。帰ったらお見舞いに行かないと」
「あ、土産買い損なったな」
チャーター機なのでトランジットもない。
「フランスのルーブルになら跳べるけど」
秋人の言葉に薫は頭を抱えた。
「土産のために飛ぶのはだめ」
「だめかー」
うーんと唸っていると、客室乗務員の女性がすっとカタログを手渡してきた。
「お土産のカタログです。注文していただけると成田に到着時にお渡しできますよ」
「すごいサービスだな」
秋人と薫が驚嘆する。
「航空会社としては、割と一般的なサービスでございます」
にこりと彼女は微笑んだ。
行きと違ってスムースな旅になった。
往路ほど豪華ではないが、親切な乗務員のおかげで快適な空の旅だった。
そうして3人はなんとかかんとかしながら、成田に降り立った。
ようやく帰ってきたのだ。日本に。
帰国後すぐ後藤に連絡をして、とりあえず冬由の身柄を相談した。彼女を薫が預かることを当初あまり歓迎していなかったが、薫が後藤の耳元で何事かをごにょごにょ言うと、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、
「調査の準備が整うまでですよ」
と前置きしつつ認めてくれた。
「なんだかんだで、もうすぐ新学期だな」
タクシーで探索者連盟日本支部から自宅へ戻りながら薫がため息を吐いた。
「クラス替えかあ」
秋人も同じくため息をつく。
「せっかく友達になって話す人増えたのに、また一から始まるのかぁ」
「まあ、何事も経験だからな」
秋人の憂鬱に薫は苦笑を禁じ得ない。薫にも経験があった。雰囲気の良いクラスは変わる時とても切ない。次もいいとは限らないということも不安要素の一つだった。
冬由はそんな弱腰の秋人を鼻で笑った。
「クラス替えとか平和なもんね」
との言葉に薫が首を傾げた。
「冬由ちゃんも学校決めないとな」
「え?」
彼女が驚きの声を上げた。
「私を学校に行かせるつもりなの?」
驚嘆するも、薫はそれこそ当たり前と言う顔で頷いた。
「12歳は義務教育だよ。行かない方があり得ない」
「私、逃げるわよ!」
冬由の腕にはリングが嵌っていない。薫が外してしまったのだ。
「家に帰ったらリング作るからちょっと待っててね」
という誰宛の言葉か分からない微妙なことを言い出したのが秋人だ。
「だってこれ付けてたら、帰らなくていい言い訳になるでしょ」
と嘯く。冬由は思わず視線を逸らした。窓の外を景色が流れていく。このまま自分も流されていいのか、悩みがつきなかった。
帰宅すると
「お帰りなさい」
と桜子が待っていた。薫が食べたいと言っていた肉じゃがとか筑前煮とかの和食がテーブルに並んでいる。
「はじめまして!私霧崎桜子と言います。薫の婚約者です。冬由ちゃん、よろしくね」
とニコリと笑って自己紹介を済ませた。冬由は桜子のふわりと漂う強者のオーラに圧倒されて、コクコクと細かく頷いていた。相当恐ろしいらしい。チラチラと横目で桜子の位置を確かめては、できる範囲で一番遠いところにポジショニングしている。
「あれ?当夜は?」
秋人が尋ねるも、桜子は「うーん、まだ修行中」と曖昧な返事をする。どうやら、アークエンジェルも一枚噛んでいるらしいが、相当厳しくやってるようである。
帰ってきたら色々と話がしたいなと秋人は思った。
さて、新学期である。秋人はやや緊張して組み分けの張り出してある紙を見上げた。
「あれ?」
組み分けのメンバーを何度も確認する。それから2-Bの教室へ早足で向かった。
扉を開けると、そこには1ーBと同じメンバーがまるっと残っていて、全員が微妙な顔で秋人を見ていた。
「ああ、なんかな。護衛が大変だからバレてるならそのまま同じクラスにしてください、ってことになったみたいだぜ」
と智輝が告げる。
1ーBがクラス替えしなかった対外的な理由は、例のデステニーワールドでの惨事の時、クラス全員があの場にいて、トラウマやPTSDになった子も多いので、全員メンタルケアも兼ねて今季はそのまま繰り上がることにしました…ということにしたらしい。
しかし、本音は新たにバレる人数を増やしたくないギルドの意向と、すでに秋人があの3S探索者であることがバレているので、学校側も対処しやすいという理由で1ーBは繰り上がりでクラス替えなしということになったらしい。
「その…なんかごめん」
秋人は教室中に向かって、深々と頭を下げた。
秋人の高校2年生が始まる。
クラス女子A「如月くんと同じクラスというのは、いいんだか悪いんだか」
クラス女子B「望みがあるような、ないような」
クラス男子A「如月と同じクラスというのは、いいんだか悪いんだか」
クラス男子B「望みがあるような、ないような」
智樹「ラッキーだったな、秋人。お前クラス替えしたらコミュ障だから大変だもんな」
秋人「智樹、本当のことでも言っちゃいけないことってあると思うよ」
というわけで、第十四章終了です。ちょっと悲しいお話になってしまいました。というかだんだん残酷描写の注意書きが念の為じゃなくなってきたなぁ…。
第十五章もストックぎりぎりですので、あんまり推敲できてないですが、とりあえず明日から始めます。
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