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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第十四章 代理人、招集される

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19. 人として

 その部屋は温度がかなり低く保たれていた。差し詰め大型冷凍庫である。

 薫は小さく身震いする。仕方ないなぁという顔で冬由が魔法を唱えると、薫の体温が正常に戻った。

「防寒の魔法とか、耐熱の魔法とか習ったほうがいいわよ」

 と彼女が呆れ顔で言うので、薫は面目なさすぎて深く頭を下げた。

 

 部屋の真ん中には水槽のようなものがあった。電力が通っているらしくうっすらとモニターなどが光っている。

「なんだこれは?」

 冬由が眉を顰めた。同じく覗き込んだ薫も不快げに目を細める。

 

 水槽には一人の女性が埋葬されているようだった。埋葬というかまるで実験サンプルのようだ。

 一人の女性の頭部があり、そこから延髄の骨や肋骨など上半身の体躯の部分の骨格が続いている。しかし腕や下肢はない。そして、不自然に心臓が一つ、肋骨の間に浮かんでいた。標本のように、固定されているのだ。

「ひどいことをする」

 薫は怒りを滲ませた声でそう呟いた。人の遺体をこんな風に保管しておくなんて不愉快極まりなかった。人としての尊厳の問題である。


「今は時間がないが、秋人を救出したらきちんと埋葬しに戻ってこよう」

 薫が自分に言い聞かせるようにそう呟く。本当はこの水槽を今すぐでも壊して、どこかへ運んであげたかった。

 

 

「薫…」

 冬由が何かに気がついたのか、声を震わせて彼の名前を呼んだ。そういえば、さっきから名前を呼ばれているなとふと薫は場違いなことを思った。しかし、そんな呑気な考えは次の冬由の言葉で吹き飛んだ。

 

「薫…この人、生きてる」

 冬由の言葉に薫は思わず水槽から一歩下がった。

「え?」

「魔力がある。死体に魔力は宿らない」

 冬由は流石に人体実験系の標本などを見たことがある。ある程度場慣れしていたから、薫ほど不愉快には思っていなかったが、それでもこれは狂気の沙汰だ。

 

「頭と心臓だけで生きてるなんて信じられない」

 冬由の言葉に薫ははっとして水槽の中の女性を見つめた。

「脳と心臓が弱点だ」

 と秋人が語っていたではないか。

 

「龍神族か」

 薫がぽつりと呟くと、冬由がえっと短い声をあげて薫を見た。その名前は自分たちの教義の中にたびたび出てくる神の眷属の名だ。一般人に知られている固有名詞ではない。

 しかし、薫は確信を持って再度呟いた。


「彼女はおそらく龍神族だ」

 誰かに捕まってこんな悍ましい姿にされたのだろうか。だがしかし、彼女が秋人と同じ存在なら自在に再生可能なはずなのだが、こんな風に自分の体を止めている理屈が分からない。

 それ以上に、もしも秋人がこんな扱いを受けたとしたら、おそらく自分は正気ではいられないだろう。

 薫は唇を噛み締めた。彼女が龍神族なら、広い意味で秋人の血縁だ。こんな風に標本にされて無理やり生かされているなんてあってはならない。

 

「電力の停止ボタンはどれだろうか」

 薫の言葉に冬由がぎょっとした。

「ちょっと待って!そんなことしたらこの人死んでしまう」

「これが生きてると言えるのか?」

「勝手なことしないで!龍神族だよ!私たちにとっては神様みたいなもんだ」

「神様がこんなサンプルにされてても、君はそんなことが言えるのか?」

 冬由の顔が歪んだ。人ととしての尊厳と教義の合間で揺れ動く。

 

「では彼女に聞いてみればいい。生きたいか、死にたいか。答えられるのか?」

「植物人間状態になった患者さんだって答えられないじゃない!でもあなたは勝手にその人を殺すの?」


 薫は一瞬考えた。確かに冬由の言い分にも一理ある。この状態でもいつか医学が発達すれば復活できるのだろうか。そのためにこんなところに保管されているのだろうか?

「でも、これは違うだろう」

 薫はそっと水槽を覗き込んだ。よく見ると面差しが秋人に似ている。ということは冬由にも似ていると言うことだ。

「もしかして、彼女はレオネアの娘か?」

 薫の顔が歪む。彼女が自分の娘をこんな姿にしたのかは分からない。けれども、確かなことはレオネアはこんな状態の娘でも生きていてほしいと願っているということだ。

 

 

「君は生きたいか?死にたいか?」

 薫は思わず尋ねた。答えが返ってくるとは思っていなかったが、聞かずにはいられなかった。あまりにも痛ましく憐れだった。

 秋人がこんな姿になっても、生きていてほしいと自分も願うのだろうか?これは果たして生きていると言えるのだろうか。

 

 だが、変化がその時おこった。

 頭部の瞳が開いたのだ。

「ひっ」

 冬由が思わず腰を抜かして地面にへたり込んだ。

 

【わたしは…】

 その口が動いた。声は薫の脳裏に直接響くようだった。念話という認識はこの時薫にはなかったが、そういう類のものだった。

【救わなければ…】


 彼女がそう呟くと同時にガラスの砕けるような音が連続で鳴り響いた。都度、彼女の体が再生されていく。

 骨だけだった上半身に内臓や筋肉、血管などが再生され皮膚が表面を覆う。下半身はもっと簡単にまるでどこからか調達してきたように、再生された。体ができあがると同時に水槽のガラスが砕け、中から彼女が起き上がった。

 

 薫は何も言えず、ただ呆然と一部始終を見つめていた。早送りで映画をみているように彼女の体が急速に再生されるのを口をぽかんとあけて見ていたのだ。


「あなた、なまえは?」

 彼女が肉声で薫に話しかけた。

「神崎薫です」

 薫が思わずそう答えると、彼女は美しく笑った。

「生きたいか、死にたいか…聞いてくれたのはあなただけだった」

 地面にへたり込んでいる少女を優しい顔で見つめた。

「この子を守ってね」

 ふっと優しく笑うと彼女は唐突に消えた。

 

 薫と冬由は呆然と冷たい氷室でしばらく動けなかった。

薫「び、びっくりした」

冬由「びっくりとかのレベルじゃないでしょう」

薫「いやでもなんというか秋人と一緒にいると免疫がつくというか」

冬由「私、お前が一番怖いわ」

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