5. 進路相談
巌と一馬を所長室に案内して、応接のソファに座る。
出されたお茶に口をつけて一心地ついてから巌が切り出した。
「秋人くんは元気ですか?」
「はい。すっかり」
「それは、よかった。それで相談というのは?」
初回のことがあるので、一馬は無言で身構えている。すっかり苦手意識を持たれているなあと薫は内心でため息を就いた。
薫にはあまり探索者の伝手がない。
正直なところギルドを挟まずに探索者の常識を教授してもらえる数少ない手札なのだ。できれば仲良くしてほしい。
「実は、秋人の進路のことなのです」
「高校受験ですね」
「はい」
薫は腕を組んだ。
「私も彼もあまりそのあたりの事情に詳しくないですし、中学校の方も探索者の進路相談などはあまり前例がなくて」
「探索者訓練学校へという話はされませんでしたか?」
一馬が尋ねる。
「名前は出たんですが、先生はあそこは探索者に『なる』ための学校だから、すでに探索者である秋人には向かないだろうと」
「賢明な先生で助かりましたね」
巌と一馬は大きく頷いた。
「そこ分からない先生が多いんですよ。我々も時々苦労しています」
一馬がため息をついた。
「神崎先生はあまりご存知ないかもしれませんが、我々のように一族もろとも探索者を生業にしているような家は、日本にままあるんです」
「はい」
「そして、そういう家の子は割と小さい頃にダンジョンでジョブを得ているんです」
「えっ」
薫は思わず声を上げた。
「秋人みたいな子供が沢山いるんですか!?」
「いえいえ、彼のように探索者になってしまうのは例外です。ダンジョンで親や親戚に守られながら24時間過ごしてジョブを得るんです。私もそのようにしてジョブを得ています」
「…ああ、そういうことですか」
「はい」
苦く笑う名門の探索者の二人を、薫は少し悲しそうに見つめた。
「探索者には向いているジョブと、向いていないジョブがあります。大人になってからその見極めをするより、子供の頃に選別してしまう方が効率が良いんです」
「なるほど」
「しかし、これは残酷なことです。ほんの小さな頃に将来が決まってしまうのですから」
赤城はこの判定の儀式で、探索者に相応しいジョブを得ることができなかった。故に歪んだ性格になり、あんな事件を起こした。
しかし、反面、彼が名家の出身にも関わらず相応しいジョブを得られなかったことで、屈辱的な扱いをされていた一面もあったと後の調査で判明した。
そういう部分が疎かになっていたと朽木の当主は告げた。
「我々のような家では探索者になるもの、ならないものの判定は10歳頃に行われます。その後、探索者を目指す者はジョブに相応しい鍛錬をすることになります。さすがにダンジョンで探索者として働くのは18歳以降と決まっておりますので、この8年間の修行は親族や系列の道場や施設で行われます。」
「訓練校ではないのですね」
「はい。訓練校のレベルはとうに習得済みですので、行っても意味がないのです。」
「あ、なるほど」
薫は頷いた。そうして高度な訓練をおこなっている名家の探索者は、ランクを上げていくのも早いのだろう。スタートの地点で大きく異なるのだ。
「それに、どれほど探索者に相応しいジョブを得たとしても、長く続けられるとも言い切れないのが探索者です。」
一馬は言う。
「正直なところ、精神的、身体的理由で辞める者も多い世界です。しかし、訓練校しか行ってないものはその後の人生がかなり厳しいのが現実です。我々はできるだけ一般常識を身に着けるために、普通の高校や大学に通うように指導しています」
探索者をやめた後、身を持ち崩す者も多いと聞く。なまじ、魔法が使えたりするので一般人相手に犯罪行為を行う者も後を絶たない。
「朽木家はそういう引退者の就職を斡旋したりもしているんですが、やはり探索者しか知らない者と、他にも社会があることが分かっている者の間では、成功率が段違いなんです」
一般常識と探索者の常識の違いに戸惑い、馴染めずに破滅していく者を彼らは沢山見てきた。
「ですので、朽木家は最低でも中学、高校は普通の学校に通わせているんですが、まあたまに例外的にどうしても探索者として学生の頃から働く羽目になる場合もあるんですよ」
巌がため息交じりにそう告げる。
「例えば、今一馬の子供は9歳ですがね、私と一馬がもしもダンジョンで死んだ場合、朽木の家を継ぐために、筆頭でダンジョンの征伐に向かわなければならないのです。そういうようなシチュエーションの場合、学生でも探索者として働く可能性があるわけです」
名家の跡取りも大変だなと薫は思った。
「なので、そういう事情をある程度飲み込んでもらえるように、朽木家の者が理事として入っている学校がいくつかあるわけでして」
巌がおもむろにアタッシュケースからPCを取り出した。
「こことか、こことかですね。あと、この辺りも」
リストをさっと取り出すと、データを薫のアドレスまで送信してくれた。
「どこを受験するか教えていただけましたら、事情を上の方に通しておきますので、秋人君が探索者として仕事をする時でも公休扱いになるかと思います」
「ありがとうございます。助かりました」
薫は素直に頭を下げた。薫と秋人の悩みはあっという間に解決してしまった。




